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王選の記章、攫われる

『む、ここは……』


 ほんの一瞬の意識の断絶の後、オーゼンが目覚めたのは何も無い暗闇であった。周囲に放った魔力が一切反応することのないその場所は無限の虚空に漂うかのようであり、自分以外の全ての情報が一切入ってくることがない。


『魔封箱の中、か。これに入るのは久しぶりだな』


 とは言え、試練の内容を知っているオーゼンは自分に何が起きたのか、今どこにいるのかをしっかりと把握している。樹状に連なる膨大な情報の一番端にあったから気づかなかっただけで、その試練が発動したとわかっているのならばその内容を調べるのは極めて簡単なことだ。


 それによれば、今現在オーゼンはいつもの台座の間にて、ニックの武具や魔法の鞄(ストレージバッグ)と一緒に保管されているはずだ。魔力探知に何の反応もないのは、自分が収められているこの箱が、あらゆる魔力干渉を無効化する特殊な金属で作られたものだからである。


『しかし、わざわざ我を隔離するとは……最終試練とやらの脅威はそれほどということか。まあ確かに王候補者が死ぬことよりも、我が失われることの方が大事だからな……』


 百練の迷宮にて下される試練の難易度からもわかる通り、王候補者は死ぬこともある。だがそれは力なき王が生まれるのを防ぐためであり、やむを得ない犠牲として認識されている。


 対して王選のメダリオンは当時のアトラガルドの技術の粋を尽くして作り上げた至高の魔導具であり、その制作には莫大な時間と材料、そして金がかかる。これが失われることは絶対に許容できないことであり、どちらかと言うのであれば王候補者よりも王選のメダリオンの方が価値は上なのだ。


 勿論そんな重要なものであればこそ相当な力を加えても壊すことなど敵わない耐久性を兼ね備えてはいるのだが、逆に言えば今回ニックが引き当てた試練はその「相当な力」を凌駕するほどの脅威を孕んでいるということになる。


『「終焉の獣」とは、またとんでもないものを再現したものだ』


 創世神話に描かれた、世界の終わりを告げる伝説の獣。勿論そんなものの実在など確認されてはいないので、この試練で再現されるのは「それっぽいナニカ」でしかない。


 では何故そんなものをわざわざ再現したのかと言えば、それはこの試練の作者が「百練の迷宮」の限界値を知りたいと思ったからである。


 この「終焉の獣」の試練が発動した瞬間、まず島中に後天的に配置されたあらゆる動植物が消失する。更に自然物を破壊した場合、それらは素材になることなく光の粒子になって消えてしまう。


 つまり、岩や木や大地など、無人島を構成する自然の「見た目」だけを残して、その内部の情報が全て無くなっているのだ。それほどまでに情報資源を切り詰め、「百練の迷宮」が許容するほぼ全ての力を注ぎ込んだ敵……それは正しくこの試練が、百練の迷宮という存在が生み出すことのできる最強の存在であった。


『……まあ、あの男ならば問題あるまい』


 人間ではおおよそ達成し得ない「全竜種の無傷での討伐」という偉業を成し遂げねば発動しない、情報として存在するだけの試練。今まで散々見てきたニックの非常識さを加味してもなお、立ち向かうのは無謀だとしか言えないような敵。


 だというのに、オーゼンにはニックが負ける姿がこれっぽっちも思い浮かばない。きっとあの筋肉親父であれば、神話の獣だろうが笑いながら殴り飛ばしてしまうのだ。


『ハァ。となれば後はやり過ぎぬように祈っておこう。あれでもう少し自重を覚えれば、立派な名君に……はなれぬか? 人を使うよりも自分で動く方が簡単だと言って勝手に城を飛びだしては問題を起こしたり解決したりしそうだからな。


 ふふ、あの男の治める国か……何とも騒々しい国になりそうだ。仕える者には同情を禁じ得ぬぞ』


 ニックの一挙手一投足に振り回される臣下の姿を思い浮かべ、オーゼンは思わず笑みを漏らす。が、すぐにその苦労する臣下がどういうわけだか自分と重なり、何とも言えないしょっぱい気分になる。


『ち、違うぞ! 我は偉大にして崇高な存在なのだ! 決してあの男の下で気苦労を背負って走り回るような立場ではないのだ! ま、まあ確かに? あの男だけでは心配だから、ちょっとくらい手を貸してやることに異論は無いが……むぅ』


 自分でもよくわからない気持ちに軽く唸り声をあげてその考えを振り払い……ふと冷静さを取り戻したオーゼンは、改めて周囲の状況に目を向けた。


『……何も無いな』


 魔力を吸収し無効化してしまう魔封箱の中では、魔力探知で周囲を認識しているオーゼンには何も見えない。小さな箱の中に置かれているという情報こそあるが、本人の認識としては無限に広い世界で漂っているような感覚だ。


『……我がここに入って、どのくらいの時間が経ったのであろうか?』


 自分自身しか存在しないこの場所では、時間の感覚など無いに等しい。一秒だと思っているものが一時間、あるいは一日である可能性すらあるし、逆にここに入って既に一年経っていると言われても違和感を覚えない。


『時の流れとは、こんなにももどかしいものであっただろうか? まったく、我も堕落したものだ』


 かつて地下で誰とも出会わず待ち続けた一万年は、今思い返せばあっという間だったような気がする。だというのに今こうしてニックを待つ時は刹那が永遠に感じるほどに長い。


『もしやあの男の身に何かあった……というのはあり得んな。むしろあの男がやり過ぎて試練が正常に動作しないとか、出現した転移陣を破壊してしまったという方が……むぅ、何だか急に不安になってきたぞ』


 終焉の獣という極上の敵を前に、ニックが張り切りすぎてやり過ぎるというのは実にありそうだ。壊れた転移陣を前にアタフタしているニックの姿が浮かんできて、オーゼンのなかに軽い焦燥感が生まれる。


『……ま、まああの男のことだ。そうなったらなったでどうにかしてここまでやってくることだろう。どうするのかは想像がつかんというか、想像したくないという所もあるが……それでもあの男ならば必ずここにやってくるはずだ』


 かつて自分は、アトラガルドに忘れられ捨てられた。その事実からくる恐怖は、今もオーゼンの中に強く残っている。


 だというのに、今のオーゼンのなかにそういう気持ちは微塵もない。自分を手に取り困り顔で言い訳をするニックと、それを「油断しすぎだ馬鹿者め!」と怒る自分の姿しか浮かんでこないのだ。


『なあ貴様よ。我は魔導具であり、待つことは得意だ。実際貴様に会う前には一万年ほど待っていたわけだしな。


 だが、別に待つことが好きなわけではないのだ。寂しいとかそういうことでは無いが……断じて無いが! それでもこんな所に閉じ込められているのが退屈なのは否定できん。


 まだまだ世界を回るのだろう? この美しくも喧しい世界を、貴様と二人で共に旅し続けるのだろう? ならばこんなところでいつまでもグズグズしている暇は無いはずだ! そうであろう!? それがわかったならば……』


 まるでそこに相手がいるかのように、オーゼンは虚空に向かって語りかける。その全ては魔封箱の効果により消されてしまうのだが、そんなことは些細な問題だ。


『つまらぬ獣などさっさと倒して、早く我を取りに来い。待っているぞ、我が友(ニック)よ』


 あの男にならば、きっと通じる。その確信を以て呟いたオーゼンの声は、静かに暗闇へと沈んでいった。

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[一言] 涙腺が崩壊しました
[良い点] 不覚にも泣きそうになったわ
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