父、勝利する
その後は予定通り拠点の崩壊した隙を突いて深夜の魔物襲撃があったのだが、当然ながらニックはそれを余裕で撃退し、明けて翌日。ニックの無人島生活一一日目は、辺りに散らばった瓦礫の撤去から始まった。
「…………いや、この程度でいいだろう。よく考えたら別にここにずっと住むわけではないのだから、そこまで綺麗にする必要もないしな」
やり始めると熱中してしまうところのあるニックだったが、流石に指先ほどの大きさの木片を拾い始めたところでふと我に返り、見切りをつける。辺りは既に新たな拠点を建てるには十分なほどに片付いており、これ以上はあまり意味がない。
『で、今度はどのような拠点を建てるのだ? あの嵐に負けぬというのであれば、かなり頑丈な作りにする必要があるだろうが』
「問題はそれだな。どうしたものか」
吹き飛ばされてしまった拠点は、素材の耐久度に頼ったやや無茶な作りだった。あれを越えるとなれば建築物としてしっかりした構造を作り上げねばならないが、あくまでも素人であるニックにはその辺のことはわからない。
「あの大風を前にしては、おそらく普通に職人に依頼して建ててもらった家でも保たぬだろう。となると軍事施設のような堅牢さを求められるわけだが……」
ニックの脳裏に真っ先に浮かんだのは、石造りの巨大な砦であった。それならば風如きでどうにかなるとは思えなかったが、ではそれをどうやって作ればいいのかと言われると全く予想もつかない。
「石を積み上げて壁を作る……といっても、単に積んだだけではすぐに崩れてしまうだろうし、どうやって崩れないようにすれば……………………んー?」
『お、どうした? 何か思いついたのか?』
「うむ。なあオーゼン。ただ石を積み上げて壁にしたのでは崩れてしまう……ということは、石を積み上げずに石壁を作ればいいのではないか?」
『……? 言っている意味がよくわからんのだが、どういうことだ?』
「ふっふっふ。それはな――」
「見よ、この合理的な佇まい! 実に堅牢ではないか!」
『身も蓋もないな……』
それから三日かけてニックが作り上げた石の要塞を前に、オーゼンは乾いた声を出す。これを建造物と呼ぶのは些か以上に抵抗があるのだ。
「では、中に入ってみよう!」
『中、中か……まあ、うむ』
二人の前にあるのは、入り口というよりも隙間だ。一辺三メートルの四角く切り出された石が二つ、間に一メートルの隙間を空けて並んでおり、その隙間が部屋への入り口となっている。
その隙間を歩き進むと、やがてそれなりに広い空間に辿り着く。部屋の中央には昼間だというのにたき火がつけられており、真っ暗な室内を暖かな光が照らしだしている。
そう、暗いのだ。何せ壁に使った石材もまた同じ大きさに切り出したものであり、こちらは隙間が無いようにピッチリと寄せて置かれている。そして天井にはこれだけは厚さを一メートルにした石の板が乗せられているため、細い入り口の隙間以外は完全に石に覆われている。これで明るいはずがない。
『何と言うか……窓くらいはつけた方がよいのではないか?』
「そうしたいのは山々だが、下手に穴を開けたら石の強度がどうなるのかわからんからなぁ。まあそれ以前の話として、この厚さでは横穴を開けたところで光など届かぬだろうが」
そもそも入り口部分は幅一メートルの隙間があるというのに、内部に光は入ってこないのだ。かといって石の強度計算などできないので、下手に壁を薄くしたりましてや穴を開けることなどできるはずもない。
かといって天井に穴を開けてしまうと、雨が降ったときにそのまま濡れてしまう。その上に更に石を重ねて塞ぐという手も無くは無かったが、空洞である中央部分にどの程度の過重がかかると石板が割れてしまうかがわからなかったので、こちらもやはり妥協した形である。
『……何故人が小さな石を積み上げて壁を作るのか、我は今その理由をひしひしと感じているぞ』
それはきっと、こんな大きな石を運ぶ手段がないという理由だけではない。小さいのを組み合わせた方が色々と加工できるからなのだ。そんな当たり前のことを改めて学ばされ、オーゼンはさめざめと悲哀の声を漏らす。
「だ、だがこれならば多少の風で吹き飛んだりはせんぞ?」
『それはそうであろうな。こんな質量を吹き飛ばす風など、そもそも人間が耐えられるものではないからな』
もしこの拠点を吹き飛ばす程の風が吹くのであれば、そもそもこの島に飛ばされずに残るものなど存在しないだろう。それはもはや試練でもなんでもなく、単なる排除になってしまう。過酷ではあっても理不尽ではないはずの試練が、この石の塊をどうにかしてくるとはオーゼンには思えなかった。
『なあ貴様よ。これは言っていいかどうか随分迷ったのだが……』
「……聞きたくないが、一応聞こう」
『これなら普通に洞窟を拠点にすればいいだけなのではないか?』
「ぐはぁっ!」
オーゼンの鋭い指摘に、ニックが思わずその場で崩れ落ちる。それはこの拠点が完成してからずっと思っていたことであり、口に出してしまえば全てが終わってしまう禁句でもあった。
『貴様の前向きに努力を重ねる姿勢は素晴らしいものだ。だがだからこそ本質から目を背けてはいかん。これは拠点ではない、洞窟の出来損ないだ』
「くぅぅぅぅぅぅぅぅ…………だ、だが、単に洞窟を利用するのと違って、これならば儂が作り上げた拠点だと言えるのではないか?」
『それはそうだが……あー、いや、そうか。今回の場合はそれが重要だったのか?』
ニックは、別にこの無人島で生き抜くための拠点を必要としていたわけではない。ただ意地になって堅牢な拠点を作り上げたかっただけなのだ。
『なるほど確かに、そういう観点で見ればこれは完成形の一つとして認めざるを得ないな。使い勝手はともかく、これは間違いなく貴様が作り上げた拠点であり、かつてないほどに堅牢であるだろう。入り口の石の片方をずらして隙間を塞いでしまえば、貴様以外には開けることなどできんだろうしな。
うむ。正に理想の要塞だ。素晴らしいぞ貴様よ』
「……オーゼンお主、さりげなく馬鹿にしておらんか?」
『嘘は言っておらんぞ? まあ多大な労力を用いてこんなものを作り上げる馬鹿は貴様以外にいないだろうとは思っているが』
「ぐぬぬぬぬ……」
あからさまなオーゼンの言葉を、しかしニックは否定することもできない。
そんな一幕もありはしたが、結局今更他に拠点を追加で作るのも面倒なので、ニックはそのままそこで生活することにした。ベッドだけは流石に木を加工して作り直し、ヒョウの毛皮を敷いて寝心地を確保する。更に枕元にそっと三角の木組みの小物を置けば新たな拠点の完成だ。
そしてその晩……
『拠点ポイントが規定値を超えたため、追加イベント「大津波」が発生します』
『これでもか!?』
「ぬぅ? 何だオーゼン、また何かあるのか?」
ニックの作り上げた拠点は、試練の判定システム的には途轍もない要塞であった。何せ莫大な質量の石材を組み上げて作った建造物である。それがまともな形で活用されたのであれば、それこそ魔物の大軍をものともしないような強力な陣地ができているはずなのだ。
「また風でも吹くのか? しかしこの拠点は風ぐらいでは……んん?」
昨日とは違う、だが確かな違和感を感じ取って、ニックは素早く拠点の外にでる。すると暗い海の向こう側から巨大な壁が迫ってくるのが見えた。
「あれは……津波か!?」
『そのようだな。で、どうするのだ?』
「ふっふっふ、まさかこんなに早く雪辱を果たす機会が来るとはな……見ていろオーゼン。我が最高の拠点の力を!」
問うオーゼンにそう答えると、ニックは予定通り片側の石を押して入り口の隙間を閉じ、自分は空へと跳び上がる。すると程なくしてやってきた津波が全てを押し流すべくニックの拠点を飲み込んでいくが……流石にあれほど巨大な石を押し流すほどの力はないらしく、しばし渦を巻いていた水がやがて引いていくと、そこには最初と変わらぬ石の塊が誇らしげにその形を保っていた。
「どうだオーゼン! 儂の拠点は最強ではないか!」
『まあ、うむ。流石にあれは流せなかったか……』
「さて、中はどうなっているか……むんっ!」
大の男が一〇〇人いても動くかわからないような巨石をあっさりと動かし、ニックが拠点の中に入っていく。するとそこもまた出て行った時と変わらぬ様子のベッドやら三角の小物やらが残っていた。ニックの鋭すぎる手刀で切り出された石はピッタリと密着し、押し寄せ渦巻く津波であってもその内部に水一滴すら侵入することを許さなかったのだ。
「ハッハッハッハッハ! 見よオーゼン! 儂の完全勝利だ!」
『そう、だな。いや、そういう試練では全く無いのだが……まあ構わんか』
嬉しそうに勝ち誇る相棒の姿に、オーゼンは静かに苦笑を言葉に含ませるのだった。