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父、実験する

 無人島生活、三日目。その日も穏やかな目覚めを迎えることができたニックは、水辺まで行って軽く身支度を調えると、早速本日の探索を始めた。そうしてすぐに昨日は存在しなかった気配を捉えると、迷うことなくそちらに向かって歩いて行く。


「今日の獲物枠は、こいつらか……?」


「キキーッ!」


 辿り着いた場所に居たのは、二〇匹ほどの猿っぽい魔物の群れ。以前戦ったパンキーモンキーと違って、こちらはごく普通に首も頭もある猿だ。そんな猿たちが、ニックの姿を見るなり一斉に鳴き声をあげて襲いかかってくる。


「おおっ? これはなかなかすばしっこいな」


 体が小さいこともあり、昨日のヒョウっぽい魔物よりもこちらの方が更に早い。足下や背後、頭の上など全方位から一斉に飛びかかってきた猿モドキの動きにニックは軽く驚いた声をあげる。


「とは言え、如何せん軽すぎる」


「キーッ!?」


 ニックが軽く腕を振り回すだけで、まとわりついてきた猿モドキは木の葉のように吹き飛ばされていく。それでもせめてもの抵抗として鋭い爪をニックの腕にひっかけるが、ドラゴンの牙でも貫けないニックの皮膚が猿の爪で傷つけられるはずもない。


「ふーむ。相変わらずの攻め一辺倒か。せめて群れを統率する者でもいれば多少は違ったのだろうが……」


『ハァ。これも強敵のはずなのだがな……』


 あっさりと魔物の群れを撃退したニックに、オーゼンはわかっていながらも何処か呆れた声を出さざるを得ない。


 今回現れたこの猿は爪に凶悪な病原体を宿しており、軽く引っかかれるだけでも致命傷となる強敵であった。これはニックが「無傷で勝利」の実績を積み重ねたが故に出現した魔物で、もし病に感染した場合は島の中のとある場所に隠れるように生えている薬草を使わない限り、一週間ほどで苦しみながら死んでいくことになる。


 もっとも、どれほど強力な病原体であってもかすり傷一つつけられない相手にはどうすることもできないし、もし万が一ニックがこの病を受けたとしても、数日「ちょっと熱っぽい」くらいで終わってしまうのだが、それは誰も知らないことである……閑話休題。


「ま、とにかくこれで終わりだな。この大きさでは捌いて食う気にもならんし、今日は果物で誤魔化すか」


『そうか……ん? 待て。まだ一匹生き残っておるぞ?』


 その場を立ち去ろうとするニックに、オーゼンが少しだけ慌てて声をかける。見れば足下に倒れている猿モドキのうち一匹だけがほぼ無傷で気絶していた。


「ああ、それはいいのだ。ちょっとした実験だからな」


『実験?』


「そうだ。昨日までは全滅させていたが、生き残りがいた場合はどうなるのかを調べておこうと思ってな。そのまま残るのか、あるいは消えるのか。残る場合は新たに別の魔物が追加されるのかなど、早い内に調べておかねば後々困るであろう?」


『そ、そうか。それは……貴様にしては頭を使ったな』


「ハッハッハ。儂だって色々考えているのだ。では果物で腹を満たしたら、後は適当に散策するか。今日こそ岩塩が見つかるといいのだが」


『うむ……………………』


(この男は、何故こうも間が悪いのだろうか……)


 笑いながら歩き出してしまったニックに、オーゼンは内心ため息をつく。もし今日も「追加の魔物」を全滅させることができたならば、報酬として「島内にある資源の場所を一つ知る権利」が与えられたのだ。


 無論、本来想定された使い道はこの病を治すことのできる薬草のありかを調べることだが、別にそれ以外に使えないわけではない。無傷で勝利したニックが岩塩のありかを知りたいと求めれば、すぐにその答えが得られるはずだったのだ。


(この男ならばこの程度の魔物に後れを取るはずがない。だからこそこれで岩塩を手に入れさせることができると思ったのだが……何ともままならぬものだな)


 何も知らないという前提で考えるならば、ニックの行った実験は極めて賢明なものだ。普段のオーゼンならば手放しで褒めてやりたいくらいだったが、答えを知っているが故にオーゼンの中にモヤモヤした気持ちが溜まってしまう。


 そんなオーゼンの気持ちを余所に、その後半日ほどかけてニックはじっくりと島中を歩き回ってみたが、結局最後まで岩塩を見つけることはできなかった。いや、正確には存在していることに気づかなかっただけなのだが、どちらにせよ手に入れられなかったことに変わりはない。


「ハァ、今日は結局果物だけか。これは何とも侘しいな」


『たまにはそんな日もあるだろう。まだ試練は始まったばかりだしな』


 日暮れにはまだ時間があるが、然りとてもうそろそろすることも無い。しょんぼりした顔つきで拠点に戻ったニックに、オーゼンはせめてもの慰めの言葉をかける。


「島の周りにはこれほど海が広がっているというのに、塩が手に入らんとは……せめて海に魚でもいれば、捕まえて焼けば塩の味がするだろうに」


 襲撃時以外には虫さえいないこの島の外周には、当然ながら魚の気配も存在しない。そのくせ海に入って少しでも沖に進むと途轍もない数の牙を持つ魚が襲いかかってくるうえに、それらは倒すと光の粒子になって消えてしまう。


 ニックの鋼の肉体ならばそれを無視して進むこともできたが、ひたすらに水平線しか見えない海を進むことに意味を見いだせなかったので、ニックが海を探索するのはそれが最初で最後となった。


「…………待て。ならば海水に肉を漬け込んでおいて、後で焼いて食えば塩味がするのではないか? おお、これは大発見だ! 次に肉を手に入れたならば、是非ともやらねば!」


『…………我は何も言えぬが、まあ好きにするといい』


 パッと表情を輝かせるニックに、オーゼンはまたも複雑な気持ちになる。海に肉を入れると件の肉食魚が湧いてきてあっという間に食い尽くしてしまうのだが、それもまた試練の内容の一つなのでオーゼンが説明することができないのだ。


(いや、それともこの男であれば、つきっきりで肉を観察し続ければあの魚の群れすら駆逐して肉を守り切ることができるのではないか? そこまでするかどうかはこの男の肉にかける情熱次第だが……)


『なあ貴様よ。そんな貴様に我から一つ助言をしよう』


「む? 何だ突然?」


『いいから聞くのだ。大事なものからは決して目を離すな。無くすだけなら取り戻せるが、失われれば二度と元には戻らぬ。面倒であろうとも常に寄り添い面倒をみてやるのだ。そうすればきっと報われる日が来るはずだ』


「お、おぅ? 本当に何だ突然?」


『何でもない。貴様はただそれを覚えておけばいいのだ』


「……わかった。しかと心に留めておこう」


 突然意味深な言葉を告げられ戸惑うニックだったが、相棒の言葉を深くその胸に刻みつける。まさかそれが「塩味の肉を食べるための方法」だなどとはわかるはずもない。


 だからこそ、ニックはそっと腰の鞄からオーゼンを取りだし、顔の側に持ってくる。


『な、何だ!? 貴様こそ突然どうしたのだ!?』


「はは、何でもない。なあオーゼン」


『む?』


「立場上お主は儂に協力できぬとわかっているが、それでもあえてこう言おう……共に力を合わせて頑張ろう、とな」


『フッ、何を言うのかと思えば……当たり前だ。我は貴様の相棒なのだからな』


 笑顔のニックに堂々とそう答え、オーゼンはすぐ側にある友の温もりにこれ以上ないほどの心地よさを感じる。


「さて、では夜までの時間をどうするか。獲物がいないのでは狩りもできんし、そろそろこの拠点に少し手を加えてみるか?」


『おお、それはいいな。いつまでもこんなみすぼらしい拠点では休まるものも休まるまい。とはいえどうするのだ?』


「ふーむ。儂も本職の大工というわけではないから、まっとうな家を建てるのは難しかろうが……とりあえず木材をきちんと四角い柱として切り出し、それを組み合わせてみるのはどうだろうか?」


『悪くはないかも知れんが、釘などで固定せねば崩れてしまうのではないか?』


「そこはほれ、いい具合に穴を開けて棒を突っ込んだりすれば……」


『そのいい具合こそが難しいのだと思うが?』


 新たな拠点の改築計画を、二人は楽しげに語り合う。ゆっくりと暮れていく三日目の日差しは、何とも言えず暖かいものであった。

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