父、見つけたり見つけなかったりする
久しぶりの……と言っても食べなかったのは昨日一日だけなのだが……肉を堪能したニックは、その後予定通り島内の探索を行った。それによりいくつかの果物の群生地と、小さな川や湧き水などの水源三カ所を発見することに成功する。
そうして日が暮れる少し前、拠点となる野営地へと戻ってきたニックは、たき火を前にして今日の成果を改めて整理しておくことにした。
「都合四カ所も水源が見つかったのであれば、水に関しては問題はあるまい。流石にそれ全部が枯れたり汚染されたりといったところまで想定してしまうと身動きがとれなくなってしまうからな。
食料に関しては、果物は多少節約しておおよそ二〇日分といったところか。これだけならばやや厳しいが、今朝のように突発的に食える魔物が出現するのであれば必要十分とも言える。
ただ問題は、あの後襲ってきた魔物は全て消えてしまったということだな……」
朝に出会った消えない魔物は自分から襲撃した形だったが、その後森を探索中に出会ったものと少し前に夕食を終えたところで襲ってきた魔物は、最初の狼たちと同じように倒すと光の粒子になって消えてしまった。
「居場所を探してこちらから出向けば消えないのか? それとも一日に狩れる数に限りがあるのか……この辺は要検証だな。後はやはり塩が欲しいが、岩塩というのはどういうところにあるのだろうな? お主は知っておるか?」
『む、我か? 何処と言われると困るな……金属の鉱脈と同じで、ある場所にはあるとしか言い様がない。無論そこにある理由はきちんと存在するが、それを語っても貴様には理解できんだろうし、何よりそれがわかったとしても島中の地質を調べて回るくらいなら、直接岩塩を探してしまった方が早いだろうしな』
「そうか。むぅ、『羅針』が使えればすぐにわかるのだがなぁ」
『これが試練である以上、楽はできんということだ』
残念そうな顔をするニックに、オーゼンは淡々とそう答える。
ちなみにだが、当然オーゼンは何処に岩塩があるのかを知っている。それを言えないもどかしさはあるが、それよりも強いのは「何故見つけられないのか?」という疑問である。
(まあ、薬草の見分けもつかない男だからな……)
それと知らなければ、岩塩はただの石である。舐めればすぐにわかるだろうが、普通その辺に転がっている石を舐めたりはしない。
それでも注意深く観察すれば周囲とは若干色の違う岩があるのだが、残念ながらニックの意識は市販されている岩塩……つまりは小さく砕かれたものを探すことに向いてしまっているため、大きすぎる岩塩の鉱床には気づくことができなかったのだ。
「まあ、消えない魔物がいるのであれば、いざとなれば血を飲めば一月くらいは十分しのげるであろう。こうして毛皮も手に入ったことだしな」
簡易拠点の床に敷かれた毛皮は、恐ろしく鋭いニックの手刀によって処理されたためほとんど脂が付着しておらず、密閉されているわけではない場所ということもあってほとんど臭いは気にならない。
そのうえで地面からの冷気をしっかりと遮断しニックの巨体をふんわりと支えてくれることで、みすぼらしい三角の拠点が今では立派な……とはまだまだ言えないが、それなりに快適な拠点として成立していた。
「ということで、明日の予定は岩塩を探すことと、消えない魔物の条件を調べることくらいか? それが終わればこの拠点をもうちょっと立派なものにする手間をかけてもよさそうだが……とりあえずそんなところだな」
『うむ。我は何もしてやれぬが、精々頑張るといい。応援しているぞ』
「ははは、ありがとうオーゼン。では寝るとするか」
燃えるたき火に土をかけて火を消すと、ニックは快適になった簡易拠点に潜り込む。そうしてその日も終わりを告げ……オーゼンの中に再び例の声が聞こえてくる。
『全参加者の意識喪失により、二日目の終了を確認。達成された実績は以下の通りです。
・拠点の改造 壁と床の設置
追加実績 「床に毛皮を敷く」
・水源の発見×三
追加実績EX 「全ての水源の発見」
・食料調達 二日連続
追加実績EX 「最初からある全ての食材を発見」
・襲撃を撃退 二日連続
追加実績 「全ての襲撃を撃退」
追加実績EX 「連続する全ての襲撃を無傷で撃退」
・エクストラモンスターの討伐
追加実績EX 「エクストラモンスターを無傷で討伐」
追加実績の達成報酬としてボーナスオブジェクトを配置。評価点加算により三日目の難易度を上方修正します』
(これはまた、随分と難易度が跳ね上がったな……)
試練の難易度上昇には、当然ながら法則がある。たとえば襲撃から上手く身を隠して逃れればより気配察知に長けた魔物が、罠を利用して倒せばそれらを回避、更に発展すれば解除したり自身も罠を仕掛けるような魔物が、そして正面から殴り倒せば単純に強い魔物が配置されるようになっている。
つまり、弱みを狙われるのではなく強みを潰すような強化をなされるのだ。そのため最終的には地面に穴を掘って地下室に隠れてすら発見されたり、堅牢な陣地を攻城兵器を用いて攻められたり、あるいは天空を舞いただ一吹きで全てを灰燼と為すような圧倒的な力でねじ伏せられるようになる。
なので正当な攻略法としては一つの方向性に拘るのではなく、多種多様な方法で攻め、守り、時には逃げることでどうやっても対処できないような魔物が配置されるのを防ぐことが肝要となる。
もっとも、試練は単に厳しいだけではなく、それを乗り越えた者には相応の報酬も用意されている。たとえば今日の森に「消えない魔物」が出現したのは昨日の段階で「無傷で勝利」などの実績を達成したからであり、その日襲撃してくる魔物より二段階強力な魔物が出現する代わりに食料や資源にもなるというものだ。
放置すれば一日でいなくなるため敵わないとみれば近づかないのも手だが、機会を逃さず苦労を厭わず、そのうえで力を示した者には祝福を。決して理不尽なだけではないのが、これが「王を選定する試練」であることの証明であった。
(難易度が上がれば上がるほど生存するのは難しくなるが、それを越える力があれば逆に生存を容易くする手段も手に入る。これならば明日には一〇日目前後の報酬が手に入りそうだな。そうなればきちんと美味いものを食うこともできるだろう)
明日ニックに降りかかる試練とその報酬を知っているだけに、オーゼンは内心ほくそ笑む。立ち塞がる魔物は今日よりもずっと強くなっているが、その程度のことで己の相棒が怯む姿など想像すらできない。
(平和な夜は今夜までだ。今日はゆっくり休むがいい)
通常ならば開始三日目までは夜襲は来ないのだが、高度な実績を幾つも達成したことで既に保護を受けられる難易度からは逸脱してしまっている。
(……まあ、貴様ならば夜襲などどれだけあっても物の数ではないのだろうがな)
そう思い至れば、漏れてくるのは苦笑い。所詮は魔導具、金属の体だというのに、気づけば随分と感情表現が豊かになったような気がする。外から見て知っていただけのそれらが、今では自分の内から幾らでも湧いて出てくるのだ。
(全ての魔導具の使用禁止という条件だったが、我が思考を停止しないのは……きっと貴様が我を道具ではなく、我という個として認識しているからなのだろうな。一人はそんなに寂しいか? まったく仕方のない男だ)
もし自分が人であったなら、今どんな顔で相棒を見ているのだろうか? そんな益体も無いことを考えながら、オーゼンは今夜も安らかに眠るニックの姿を静かに見守り続けるのだった。