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父、肉を得る

 百練の迷宮内部の無人島生活、二日目。ニックの目覚めは極めて穏当なものであった。


「ふぁぁ……ふむ、どうやら襲撃は無かったようだな」


 てっきり夜襲があるものとばかり思っていたため、やや拍子抜けしたニックがあくびをしながら小屋もどきの三角から這い出してくる。もし敵が来ていれば即応するために吹き飛ばされる運命だった簡易拠点もまた、朝日を浴びてどこか誇らしげに佇んでいる。


『目覚めたか、貴様よ』


「ああ、おはようオーゼン。さて、では二日目を始めるに当たって、まずは今朝の食料調達と行くか」


『何だ、もうか? 随分と忙しないな』


「ま、少し確認したいこともあるからな」


 軽く体をほぐしつつそう言うと、ニックは早速森の方へと歩いて行く。まずは水辺を確認して水筒の中身を補充すると、次は昨日果物を採取したところへ向かう。


「ふむ、やはり再び実っているということはないか。ならば採り尽くしたら終わりということだろうなぁ」


『何を今更。そんなことは当たり前ではないか』


 もいだ果物が、翌日に再び実っている訳がない。呆れた声でそれを指摘するオーゼンに、しかしニックは苦笑して答える。


「ははは、確かにそうではあるが、そうでないかも知れんだろう? 儂はお主と違ってこの島のことは何もわからんのだ。ならば一つ一つ確認していくしかあるまい。


 普通の島ならば儂一人で食料を食べ尽くすことなどあり得んのだが……この分だと早めに島全体を回って食料の総量を確認しておくべきか? 水場もできれば幾つか確保しておきたいな…………ん?」


 今後の事を考えて色々と計画を練るニックの意識に、不意に引っかかるものがあった。それはあって当然のものだったため一瞬そのまま流しかけてしまったが、すぐにそれが昨日は一切なかったことを思い出し、真剣な表情をしながら気配の方へと歩き出す。


『おい貴様よ、どうしたのだ?』


「こっちの方に……おお?」


 訝しむオーゼンの声に答えるより先に、ニックは気配の元へと辿り着いた。そこには体長二から三メートルほどの大きさのヒョウが悠々と木により掛かって寝そべっているのが見える。


『新手の魔物か?』


(だろうな。昨日は確かに何もいなかったはずだが……っと、それこそ今更か)


 こそこそとオーゼンと話すニックの脳裏に、昨日襲ってきた狼の魔物のことが思い浮かぶ。あれもまた軽く森に入った時には一切気配が感じられず、襲撃の直前になってようやく存在を認識できたのだ。


 魔物としての強さから考えても、あれがニックの気配探知を欺くほどに気配を消すのが上手いというよりは、襲撃直前になって「百練の迷宮」に生み出されたと考えた方が納得がいく。


(ということは、これが今日襲撃してくる予定の魔物なのか? ならば先手を打って倒してしまうか)


 特に忍ぶこともなく、ニックはその場で無造作に立ち上がる。ガサリと音がしてヒョウ達がニックの姿を確認すると、すぐに喉を鳴らしてニックを威嚇してきた。


「別にお主達に恨みがあるわけでもないし、この地には儂しかおらん。ならば襲ってこないのであれば見逃してやってもいいのだが……」


「グァァァァ!」


「まあ、そうくるだろうな」


 ドラゴンくらいなら逃げ出すような強めの戦意を放つニックに、しかしヒョウの魔物はそれを一切無視して襲いかかってくる。ネコ科特有のしなやかな体裁きは並の戦士であれば苦戦しそうなものだったが、ニックから見れば単に走って向かって来ているだけに過ぎない。


「フンッ!」


「ギャン!?」


 ニックの拳が、飛びかかってきたヒョウの顔面を殴りつけて叩き落とす。無残に顔をひしゃげさせたヒョウは地面に横たわりビクビクと体を振るわせ、試練によって生み出されたばかりだと思われる短い命があっさりと終わりを告げた。


「ふむ。昨日の狼たちよりは強いようだが、この程度ではまだまだ!」


 好戦的な笑みを浮かべるニックに、今度は左右から同時に魔物が飛びかかってくる。牙を剥き鋭い爪を突き出したそれは並の相手が受ければ体を裂き肉を食いちぎる必殺の一撃となるだろうが、ニックはあろうことか飛びかかってきた二匹のそれぞれの前足を両手で一本ずつ掴み、思いきり引き寄せることで魔物同士を強烈に激突させた。


「「ギャヒィン!」」


 情けない鳴き声をあげて、二匹の魔物がそのまま地面に落ちる。するとそれを見ていたヒョウの一匹が、ニックに向かって己の力と存在を誇示するかのように大きな唸り声をあげた。


「グルァァァァァァァ!」


「おっ、少しは頭を使ったな?」


 ニックの意識を引きつけたそのヒョウは、周囲の木々を足場にして立体軌道でニックに襲いかかってくる。左右に加え上下の動きも加わったことで格段に攻撃がよけづらくなったが、その程度ではニックを捕らえるには至らない。


 無慈悲な拳が振るわれることで、そのヒョウもまた地面に叩きつけられる。ただしその顔は意識を喪失する一瞬前にニヤリと笑ったように見えて…………


「とはいえ、儂にはまだまだ届かんがな!」


 目を引く動きの四匹目を囮として、背後から奇襲をかけてきた五匹目。大きく開けた口がニックの太い首筋に噛みつこうとしたまさにその時、ニックの首がひょいと横に動いてヒョウの牙はガチンと何も無いところに噛みついた。


「終わりだ!」


「ギャフッ…………」


 肩口から覗く切なそうな顔のヒョウに対し、ニックがその腹部に拳を振るう。ドスンという重い音と水袋を叩いたような手応えの結果、最後の一匹はニックの手の上でぐったりとその身から力を失わせていった。


「よし、これで全部だな」


『相変わらず見事なものだ。この程度の魔物では貴様には準備運動にすらならないようだな』


「いやいや、運動くらいにはなったぞ? ちょうどいい具合に体がほぐれたし、腹も減ってきたところだ。これでこいつが食えれば文句ないのだが……」


 昨日倒した狼たちは、すぐに跡形も無く消えてしまった。『試練の塔』と同じ仕様なのであれば、「命と切り離された状態で一定時間経過する」のが消失の条件となる。


 そのためたとえば尻尾や角などを切り落とした上で本体を逃がしてもやはり消えてしまうし、当然ながら肉を焼いて食うこともできない。そう思えば何とも残念な顔つきでニックが倒した魔物の姿を見つめていたが……ある程度時間がたっても、それが消えるそぶりはない。


「……む? ひょっとしてこれは消えぬのか?」


『フフフ、そうかも知れんな』


 驚くニックを前に、オーゼンが意味深な笑い声を響かせる。


「オーゼンお主、知っていたな!? っと、そういうことならこうしてはおれん! 急いで処理しなければ!」


 ニックは手刀で素早く魔物を切り分け、肉やら毛皮やらを確保していく。その後は一旦拠点まで戻ると、すぐに火を熾してとってきたばかりの肉を焼いて食べた。


「うーむ、正直味はそれほどでもないな」


『朝から肉というのはどうなのだ? いや、貴様の体がその程度で不調を来すとは思えんが』


「冒険者ならば食えるときに食うのは基本だぞ? 貧相で悲しむことはあっても、肉を食って文句などあるものか! というか、朝から肉を食った程度で腹が不調になるようでは正直冒険者などやっておれんしな」


『……それはまあ、そうか』


 冒険者ともなれば、野外などの不潔な場所で食事をとるのは日常茶飯事だし、ニックのように魔法の鞄(ストレージバッグ)でも持っていなければ口にできるものはかなり限られてくる。ニックほどの毒耐性があるのは例外中の例外にしても、ある程度の悪食とそれを支える胃腸の丈夫さは冒険者のみならず長距離を移動する旅商人などでも必須の技能、才能であった。


「しかし、これはどうにも味が薄いな。せめて塩が欲しいが……ふむ、これを食ったら岩塩も捜し物の一つにしておこう」


『周囲を海が囲んでいるのだから、そこから塩を得ればいいのではないか?』


「一年もここで過ごせというのであればそれも考えるが……というか、そもそもどうやればいいのだ? なんとなく海水を乾かせばいいというのはわかるが」


『む? 我の中には製塩に関する知識もあるが……確かに魔法道具どころか魔法すら無しでやるにはかなり手間がかかるな』


「ほれみろ! いいか? 自分の中にある知識や常識だけで物事を語ってはいかんのだ。ちゃんと『普通』を考慮せねばな?」


『き、貴様!? 貴様がそれを、それを言うのか!?』


「むふーん。たまにはな」


『ぐぬぬぬぬ…………』


 久しぶりにオーゼンから勝利を得たニックは、その唸り声を肴に味の薄い肉をひたすらに食べ尽くしていった。

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