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娘、悩む

「むーん。何か嫌な流れね……」


 魔族領域内における、遠征軍の野営地。軍属ではなく、また女性が二人いるということもあって他の兵士達とは少し離れたところに張られた天幕の前にて、フレイはたき火を棒でつつきながらそんなことを呟いた。


「気持ちはわかるけどぉ、貴方がそんな顔をしたってどうにもならないでしょぉ?」


 むくれ顔をするフレイに、ムーナが手鍋の中のスープを掻き混ぜながら言う。フレイ達は魔法の鞄(ストレージバッグ)があるのでやろうと思えばできたての料理を取りだしてその場で食べることもできるのだが、そんな周囲の神経を逆なでするようなことはしない。


 同じような物を食べてこそ、連帯感が生まれる。そしていくら魔法の鞄(ストレージバッグ)とはいえ出会う兵士全てに毎回ご馳走するほどの料理を詰め込んでいるわけではないので、ならばと他の兵士達と食事の質を合わせているのだ。


「フレイ殿のお気持ちはわかりますが、やはり戦争ですからな。むしろこの空気の方が普通なのでしょう」


 と、そこに両手に薪を抱えたロンがやってきて会話に加わる。現在この野営地には六〇人ほどの兵士がおり、彼らが集めてきたものを食料と引き換えに分けてもらってきたのだ。


 当たり前の話だが、薪を集めるのが面倒だったわけではなく、そうして兵士達と交流を持つことが主目的である。


「そりゃあわかってるわよ? 今日だって魔王軍と戦ったわけだし……でも、ほら。最近はちょっと違うじゃない?」


 少し前まで、魔導鎧で武装した人間軍は魔王軍に対して常に優位で戦いを進めていた。よほど無謀な数に挑みでもしない限り、戦えば全戦全勝。負傷者こそ出るが死者は極めて少なく、しかも後方からは少しずつとはいえ絶え間なく援軍がやってくる。こうなればもはや勝利は時間の問題だと、戦場にいる多くの兵士達が楽観視していた。


 そしてそんな余裕は、兵士達の態度にも影響を与える。油断し弛緩した空気は占領した町や村の魔族達の緊張を和らげ、厳しい締め付けや取り締まりを必要としないことで日常生活が守られるとなれば、下手に抵抗するよりも大人しく軍門に降ろうと考える魔族達も増え始めていた。


 つまりは、それぞれの本音や思惑はともかく、少なくとも表面上は割と平和に魔族領域への侵攻は進んでいたのだ。それこそこのまま行けばやがて和平への道が繋がるのだろうと、誰もが思ってしまうほどに。


 だが、そんな状況が一変する事件が起きる。


「黒騎士……ですか」


 口にくわえたスプーンをピコピコと振ってみせるフレイに、薪を降ろしたロンがたき火の側に腰を下ろして答える。


「そうそう。何なのアイツ!? 魔王軍の新しい四天王とか?」


「さあねぇ? でも厄介な相手には違いないわぁ」


 完成したスープを二人に配ってから、ムーナもまたたき火の側に腰を下ろす。そうして食事をしながらも三人は話を続けていく。


「謎の黒い魔導鎧に身を包んだ戦士。その力は我らを遙かに超え、たった一騎でこちらの兵士一〇〇人を相手取ったとか……」


「ちょっと前まで人間側がやっていたことを、そっくりそのままやり返されてるって感じよねぇ」


 人間……基人族が魔導鎧の力によって魔族を蹂躙したように、今度は見たこともない魔導鎧を身に纏った魔族が人間の兵士を蹂躙している。今はまだたった一人しかいないその敵が、しかしこれから増えないなどと誰が言えるだろうか。


 自分達がそうであったように、もしあの魔導鎧を量産されれば、戦局が一気にひっくり返る。それを恐れた上層部では和平など諦めて一気呵成に魔族を殲滅すべきだという意見が力を盛り返してきており、現場の兵士達の間にもいつ目の前に黒騎士が現れ、自分達がまた「狩られる側」になるかと怯懦と緊張の心が広く蔓延し始めている。


「アタシが近くにいる部隊はまだマシだけど、そうじゃないところだといっつもピリピリ緊張してて、降伏した魔族達も落ち着かないって話が出てるみたい。ロンの言う通り戦争してるんだからこれが普通だろって言われちゃえばそうなんだけど……でもなぁ。ちょっと前まで平和はもうすぐって感じだったのに……」


「いっそこちらに攻めてきてくれれば対処しようもありますが……」


「こないのよねぇ。どういうわけか」


 憤懣やるかたないというフレイの態度に、ロンとムーナは困ったような声を出す。


 それほどに強い黒騎士だが、どういうわけかフレイ達の前には一度としてその姿を現したことはない。黒騎士が現れたという情報を聞きつけてそちらに移動すれば全く逆の方向から新たな遭遇情報が届き、ならばと待ち構えてみてもやはりその場には現れない。


「あれ、絶対アタシ達の事避けてるわよね? でもどうやってるんだろ?」


「神出鬼没ということですから、こちらには発見されていない高速移動の手段がある、あるいは転移系の魔法道具でもあるのか……最悪はあの魔導鎧に転移の能力が備わっていることですか」


「それは勘弁して欲しいわねぇ。そうなったら本気で勝ち目がないわぁ」


 どれほどの制約があったとしても、個人で空間転移ができるなどとなればその脅威度は計り知れない。自分達も『王の鍵束』という転移手段を持っているからこそ、恐ろしさは身に染みてわかる。


「ま、どっちにしろこっちから攻めるってのは無理よね。あー、ホントどうしたもんだろ?」


「これが基人族の町を襲っているとかであれば、『鍵』で跳ぶこともできるのですが……」


「あとはまあ、私達自身を囮にする手はあるわよぉ? それぞれが単独行動すれば、黒騎士も釣られて出てくるかもねぇ」


「駄目よ。こっちは向こうの強さも能力もわからないけど、向こうはこっちのことよく知ってるはずだもの。単独行動で釣られるなら確実に倒せるって算段があって出てくるんでしょうから、むざむざやられるだけじゃない」


 どうにもよい手段が思い浮かばないまま、肉と野菜のたっぷり入ったスープはその量を減らし、やがて食べ終わってしまう。やむなく会話を打ち切って後片付けをするフレイだったが、胸の内のモヤモヤが消えることはない。


(ハァ……父さんだったら、こんなの一瞬で片付けちゃうんだろうなぁ)


 もしも自分に(ニック)ほどの力があれば。それはフレイが今まで幾度も考えてきたことで、その度に否定してきた考えでもある。


(比べるだけ無駄よね。アタシはアタシで父さんは父さんなんだし。でも勇者って言うなら、もうちょっと強くても……って、これも違うか。アタシ十分強いんだし)


 年齢を考えれば、フレイの強さは十分に抜きん出たものだ。戦いにだけ明け暮れた歴代勇者に比べれば弱いと言わざるを得ないが、それはまだ成長の余地を残しているということでもある。


(考え続けろ。歩き続けろ。前に進んでいる限り、いつか必ず何処かには辿り着くんだ。それが望んだ場所じゃなかったとしても、努力は決して無駄にならない)


 目指す目標がある。求める未来がある。信じ合える仲間がいる。そして致命的に失敗してどうしようもなくなっても、最後の最後には父がいる。


(うん。アタシはきっと、歴代で一番恵まれた勇者だ。いや、もう勇者じゃないけど……とにかく、これで結果が出せなきゃ嘘ってもんでしょ! 大丈夫、何とかなるなる!)


 空元気も元気のうち。無責任な言葉だろうと、自分に言い聞かせる分には問題ない。


「見てなさいよ黒騎士! このアタシが絶対アンタの思い通りになんてさせないんだから!」


 やる気を見せるフレイと、そんなフレイを温かく見守るロンとムーナ。三人だけの元勇者パーティは、こうして新たな困難に立ち向かう決意を固めるのだった。

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[一言] 別に勇者じゃないなら一緒に行動すれば良いのに。
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