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父、石を切る

「本当にいいのか?」


「構わないよ。別にお金が欲しかったわけじゃないからね」


 激戦を終え、ギガントピーダーの死体の後片付けをするニックとナルシス。今回の依頼における互いの取り分をどうするかとニックが聞いたところ、ナルシスはその全てをニックに譲ると言った。


「自分で言うのも何だけれど、ボクって金級冒険者だろう? 正直なところこんな虫の素材を渡されても、換金する方が手間なんだよ。それに依頼だって『キミに受けさせてくれ』と提案しただけで、ボクが受けたわけじゃないからね」


「まあそうだが……」


「それに、報酬ならもう十分にもらったよ。キミのおかげで、ボクはまだまだ高みに行けそうだ」


 巨大な甲虫をニックに放り投げながら、ナルシスがニヤリと笑ってみせる。全力を出してなお及ばなかったニックとの戦いはナルシスにとって得がたい経験であり、同じ経験ができるのであればそれこそ金貨を山と積んでも惜しくない。


「ほら、これで最後だ……ふぅ。全くボクとしたことが、最後の最後まで美しくない仕事をしてしまった」


「ははは、すまんな。本当に助かったぞ」


「いいさ。ただ追加報酬の方は、いずれ必ず受け取りに行くからね?」


「ああ。その日を楽しみにしておこう」


 手を振って去って行くナルシスを、ニックは笑顔で見送る。踏まれても折れることなく伸びようとする若者の姿は、いつ見てもたまらなく眩しい。


『なかなかに見所のありそうな者だったな』


「ああ。見た感じではおそらく三〇にもなっていないだろうし、その歳であの強さ、その上で成長するための痛みを厭わない努力ができるなら、いずれは白金級へと届くかも知れんな。


 これは儂もうかうかできんぞ。再戦の時にガッカリさせぬよう、しっかりと鍛えねば」


『……いや、貴様は現状維持くらいで十分だと思うぞ?』


 オーゼンのツッコミを受けつつも、ニックは全ての死体を魔法の鞄(ストレージバッグ)に片付け終えて石切場を後にする。その後は冒険者ギルドで依頼の完了報告と証拠となるギガントピーダーの死体を全て売却し、その報酬を持って職人ギルドへと足を運ぶ。


「失礼する。石切場の責任者の方はおられるだろうか?」


「あーん? それなら俺だが、何か用か?」


 ニックが建物に入って声をかけると、すぐ側で昼間から鼻を赤くした男が気怠そうにそう答える。明らかに酔っ払っているその男の姿に、ニックは僅かながらも顔をしかめた。


「むぅ、昼間から酒を飲んでいるのか?」


「仕方ねーだろうが! 俺がどんだけ仕事をしたくたって、あの糞虫共がいる間はどうしようもねーんだよ! ならもう酒でも飲まなきゃやってられねーっての!」


「気持ちはわからんでもないが……参ったな。石切場の魔物を片付けたから、早速仕事を再開して欲しかったのだが……」


「何だと!?」


 困り顔で頭を掻くニックの言葉に、カッと目を見開いた男が飛びかかるように詰め寄ってくる。


「おいアンタ、今の本当か? あの虫共を片付けただと!?」


「うむ、そうだぞ。流石に血の跡まで綺麗にしたわけではないが、もうあの場に魔物はいない」


「うぉぉぉぉ!? マジか!? な、なら今すぐ俺が行って確認してもいいってことか!? 嘘なら今のうちに嘘って言えよ?」


「ははは、嘘ではないから大丈夫だ。そういうことなら儂も一緒に行こう」


「ちょっ、まっ、五分待ってろ! すぐ準備する!」


 赤ら顔から一瞬にして酔いを吹き飛ばし、男が慌てて身支度を調えてくる。そうしてニックは職人の男と共に今来たばかりの道を引き返していくと、石切場に着いたところで男が大声を上げて走り出した。


「い、いねぇ! 本当にあの糞ムカデがいねーぞ!」


「そうであろう? それで、仕事はどのくらいで再開できるのだ? 儂としてはすぐにでもここの石材が欲しいのだが」


「そう、だな……」


 ニックの問いに、男は懐かしさすら感じる石切場を見回す。ギガントピーダーによって荒らされた現場は当然ながらすぐに仕事のできる状況ではなく、色々と手を掛ける必要がある。


「材料の調達も含めて、早くても二週間ってところか?」


「そんなにかかるのか!?」


「そんなにって、足場だの滑車だのを全部組み直すんだから、そりゃそのくらいかかるさ。いつでも再開できるようにって準備してた分早いくらいだぞ?」


「むーん……」


 男の言葉を受けて、ニックはその場で考え込む。仕事を再開するだけでそこまでかかるのであれば、そこから石を一〇個切り出してもらうのに更なる時間が必要なわけで……当然ながらあと二日では終わらない。


「ならば、そうだな。儂が適当に石を切って持っていっては駄目だろうか? 無論きちんとその分の金は払うが」


「は? アンタ頭おかしいのか? 勝手に石を切り出すって、どうやるつもりだよ?」


「うむ。こんな感じだ」


 訝しげな視線を向けてくる男を前に、ニックは足下に転がっていた適当な大きさの石を手に取り、手刀を振るってそれを真っ二つにすると男に向かって差し出す。


「どうだ?」


「どうってお前……何だこりゃあ……?」


 何故腰の剣を使わないのか? 何故切断面が磨いたようになめらかなのか? わからないことは幾つもあるが、その疑問と混乱の全てを一旦横に置いて男は職人の目で切られた石を見る。


「まあ、こんだけ切れりゃあ……でも、切り出すのはこんな小石じゃねーんだぞ? てか切った後だって普通は大の男が五人がかりで縄をかけて動かすとかするんだ。それを全部一人でやるってか?」


「そのくらいなら問題ない。こう見えて力には自信があるからな!」


「……そこまで言うなら、切り出し線くらいは引いてやっても構わねーけどよぉ」


 正常な思考が戻らないうちにたたみかけられ、男はとりあえず腰に下げてきた鞄から仕事道具を取りだして、石を切り出す目安とする線を引いていく。高級とは言っても石は所詮石であり、基本的には作業を行う人件費と運搬費がその金額の大部分なので、万一失敗して多少石材を駄目にしたとしてもこのくらいならば大した問題ではない。


「じゃあ、この線に沿って切ってみてくれ」


「わかった。はっ!」


 かけ声と共に、ニックの手が素早く動く。もっともその動きは単なる職人でしかない男には見えず、僅かな風切り音が聞こえただけだったが、それによって生じた結果は受け入れざるを得ない。


「よっと」


「……………………」


 一見すれば何の変化も無い石壁。だがニックが側に近づいて軽く小突くと余計な部分がガラガラと音を立てて崩れ去り、ニックの肩に自分自身よりも巨大な石材が軽々と抱え上げられる。


「どうであろうか? なかなか上手くできたと思うのだが」


「アー、ハイ。ソウデスネ……」


「では、このくらいの石をあと九個ほど切り出したいのだが、線を引いてもらえるか?」


「ワカリマシタ……」


 自分は酒に酔い潰れて夢を見ているだけで、目覚めたら石切場には未だに魔物が住み着いてるんじゃないだろうか? そんなことをボーッと考えながらも、男は頼まれた通りに線を引いていく。そしてそれを即座にニックが手刀で切り、本来ならば何人もの職人が何日もかけて行う作業が、一時間もしないうちに完了してしまった。


「よし、これで目的は達成だな! いやー、助かった! それで、金は幾ら払えばいいのだ?」


「あ、あー……えーっと、一〇個だと……銀貨五〇枚、かな?」


「そうか! ではこれを」


 半ば反射的に通常の金額を提示してしまった男に対し、ニックは笑顔で金貨を一枚取り出す。


「金貨? 悪いんだが、釣りの持ち合わせが……」


「構わん。無理を言った礼だと思って受け取っておいてくれ。では商談成立ということで、これはもらっていくぞ」


 綺麗に並べられた一〇個の石を魔法の鞄(ストレージバッグ)にしまい込み、男の手に金貨を押しつけてニックが去って行く。その姿が見えなくなるまでボーッと突っ立っていた男は、大分傾いてきた太陽を見上げながら徐に自分の頬をつねってみた。


「……痛ぇ」


 幻のように消えた魔物。幻のように消えた石。幻のように消えた筋肉親父と……確実に存在する金貨。


「…………帰るか」


 自分が処理できる情報の限界を超えてしまい、男はそのままトボトボと職人ギルドへと戻っていった。


 なお、しばらくしてから我に返った男にその話を聞かされ、経理担当が「契約書も無しで仕事をした挙げ句、そんな滅茶苦茶な内容でどうやって帳簿をつけたらいいんですか! ああ、これ、税金の申請とかどうすれば……」と頭を抱えることになるのだが、それはまた別の話である。

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