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陶酔剣士、奥義を放つ

「ふぅ……ふぅ……ふぅぅぅぅ…………」


 細く長い息を吐き、ナルシスが精神を研ぎ澄ませる。ただ目の前に立っているだけの相手がこれほどの圧力を放ってくるなど、若冠二八歳にして金級冒険者である天才剣士ナルシスにとって初めてのことだった。


(侮られてる……って訳じゃないよねぇ。これはボクに対する最適解だ)


 剣を構えるナルシスに対し、ニックは両手をダランと垂れ下がらせている。構えるどころか拳すら握っていないその姿勢は一見すれば舐められているとでも勘違いしてしまいそうだが、そうでないことはナルシス自身が一番よくわかっている。


 唯一気になるのは腰の剣を引き抜いてすらいないことだが、これっぽっちもつけいる隙の無いニックの立ち姿を見れば、そこに不満を抱く余地はない。


(これじゃボクの強みが打ち消されてる……本当に嫌になるね)


 ナルシスの技の真骨頂は、光と共に生み出される実体を持った幻影による多包囲からの同時攻撃。ならばこそニックが普通に構えてくれたならば、その側面や背面からの奇襲は大きな意味を持つことになる。


 だが、ニックはそれをしない。構えを取らずただ立っていることにより、全方位へと均等に注意を払い、どんな方向から攻撃されても即応できるように意識を広く持っている。それは逆に言えば何処か一方向に力を集約すれば敵の守りを抜ける可能性が高いということでもあるが……


(……無理だね。慣れないことはやるべきじゃない)


 これほどの敵を前に、己の得意とする戦法を捨てるなど愚の骨頂。時間差で全方位から剣乱豪輝(ソードファントム)を撃ち出し、隙を突いて全霊を込めた突きをお見舞いしたとしても、きっとそれでは届かない。どれほどの陽動をしようとも、かつてハイドライアをあれほどあっさり倒した男がナルシス本人から意識を外すことなど想像もできないからだ。


(どうすればいい? どうすれば勝てる……?)


 ナルシスの頭の中を閃光が駆け巡り、瞬きするほどの時間で何通りもの戦術が浮かんでは消えていき……


「…………フッ」


 答えは決まる。最初からわかっている。背後の石切場すら霞むほどの巨大な敵を前に、成すべきことなどただ一つ。


(ボクの最強の技を以て、ただ一撃で終わらせるのみ!)


剣乱豪輝(ソードファントム) 『一輝十閃(シャイニング・テン)』!」


「ぬっ!?」


 高らかな宣言と共に、ニックの周囲に一〇体の輝く幻影が生み出される。初手にて切り札を発動できたのは、偏にギガントピーダーとの戦闘で仕込みを終えていればこそ。


「征け!」


 ナルシスの号令に合わせて、一〇の幻影が一糸乱れぬ動きでニックに向かって剣を突き出す。幻影であるが故に実体ならばぶつかってしまうような間合いでも互いの体を重ね合い、全周から繰り出される突きは逃げ場など何処にもなく……だからこそニックは逃げない。


「ふぅん!」


 即座に腰の魔剣を抜き放ち、ニックの巨体がその場で高速回転する。魔法を断ち切る魔剣『流星宿りし精魔の剣(インスターグラム)』の刃は一切の抵抗を感じさせることなくナルシスの生み出した幻影体を切り裂き、光の粒子となって掻き消えていく。


 無論、剣乱豪輝(ソードファントム)とてただやられたわけではない。ニックが動いた瞬間に攻撃対象を振り回される腕に変更し、相手の力すら利用して光る細剣をニックの腕に突き刺していく。


 消える、消える。だが消える前に、幻影体はニックの手首、神経の集中している場所に剣を突き立てる。圧倒的な技量を以て一〇体の幻影全てが寸分違わぬ位置に剣を突き込んだ結果は……魔剣を握るニックの手首に僅かな赤い点を残すのみ。


 致命の一撃を一〇度繰り返してなお、必殺どころか剣を落とさせることすらできない。だがナルシスは焦らない。焦っている暇などない。何故ならナルシスの体は、ニックの遙か頭上にあったからだ。


(ここだっ!)


 心の中で叫びながら、ナルシスは細剣の切っ先を下に向け、己の全体重を込めた渾身の突きを見舞う。


 一〇の幻影で敵を穿つのが表の奥義であれば、その光に紛れて本体で宙に飛びだし、上からの奇襲をかけるこれこそが剣乱豪輝(ソードファントム)の裏の奥義。一輝十閃(シャイニング・テン)の二つ名を持つナルシスが真に倒すべき敵にのみ使う、閃光に隠した一一番目の最後の刃。


 その動きに、当然ニックは顔を上げて反応する。だが幻影体の光を見続けた者の目に、太陽の光を背に受け完全な『影』と成り果てたナルシスの向ける切っ先を視認することなどできるはずがない。


 故に必中。そして必殺。勝利を確信したナルシスが最後に見たのは……ニヤリと笑う筋肉親父の顔だった。


「そう来ると思っていたぞ」


「っ……………………」


 聞こえるはずのないニックの言葉に合わせて、取っておいた(・・・・・・)ニックの左の拳が急降下してくるナルシスの顔面を横から殴りつける。その一撃は鼻を折り歯を砕き、ベキリともベシャッとも取れる音を立てて切り出された石壁にその体を叩きつけた。


「……………………」


 ずるりとその場に落ちたナルシスは、ピクリとも動かない。それを勝負の終了と見なして、ニックは手にした魔剣を鞘に収め、全身から軽く力を抜いた。


『おい貴様よ、やり過ぎではないか?』


「馬鹿を言うなオーゼン。これ以外の勝ち方をしたら、それこそ一生恨まれてしまうわ」


 ナルシスに近づき魔法の鞄(ストレージバッグ)から高級な回復薬を取りだしてかけながら、ニックはオーゼンの問いに答える。


 ニックの技量であれば、ナルシスの剣を摘まんで投げ飛ばすことも、その体を受け止めて柔らかく投げ飛ばすこともできた。だがそれは遙か格下の相手に対してすることであり、真の戦士に対して取るべき対応ではない。


「うっ……」


「お、気がついたか。ならば残りは飲むといい」


 と、そこでうめき声と共にナルシスが意識を取り戻し、ニックは手にしていた回復薬をナルシスに差し出す。するとナルシスは緩慢に腕を持ち上げてそれを受け取り、何とか口に運んでその中身を嚥下した。


「ぐっ、うぅぅ……随分手ひどくやられたみたいだね……」


「ハッハッハ、まあな」


 笑うニックを前に、ナルシスは全身に走る鈍い痛みを我慢しながら唇の端を釣り上げる。


 正直に言えば、痛くて痛くてたまらない。今この瞬間も叫び声をあげて転げ回りたいほどに苦しくて辛い。だがそれでもナルシスは、まずこれを確認せずにはいられない。


「聞きたい……最後に剣を使わなかったのは何故だい? つまらない情けをかけたって言うのなら……」


「違うな。というか、お主は根本的に勘違いしておる」


 剣呑な光を宿すナルシスの目をまっすぐに見つめ、ニックは腰の魔剣をポンと叩いてから拳を握ってみせる。


「儂は剣士ではなく、格闘家だ。この剣を手に入れたのはお主と出会う少し前であったしな」


「そうなのかい!? はっ、それはまた……」


 ニックの言葉に、ナルシスは思わず苦笑いを浮かべた。言われてみればニックの剣筋はかなり雑であったし、そのくせ体の使い方は達人どころではない完成度だった。


「そうか。だからキミは……」


「フッフッフ。心配せずとも、お主は儂が拳を振るうに値する戦士だった。これから先が楽しみなくらいにはな」


「…………次は勝つよ?」


「いつでも挑戦してくるがいい! 儂は逃げも隠れもせんからな」


 不敵な笑みを浮かべるナルシスに、ニックは満面の笑みを浮かべてそう答えるのだった。

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[一言] 戦士同士の闘いは善きものですわぁ… まさかど素人があれ程の魔剣を所持しているとは考えられないからしゃーないw それで居て体術に関しては肉体含め最高練度だから見極めろって言われても難しいっス…
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