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最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される  作者: 日之浦 拓
本編(完結済み)

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父、休憩する

 最初四つあった工房の人影は、気づけば二つになっていた。そのうちの一つ、イワホリはゆっくりゆっくりとニックの周囲を歩き回りながら、無言でニックのことを見つめ続けている。


 そしてニックもまた、何も言うことなくその場で立ち続ける。その姿はあくまでも自然体であり、緊張に身を固くすることもなければ疲労で体勢が崩れることも無い。呼吸に合わせて僅かに胸が上下していなければ、それこそ石像であるかと見まごうばかりだ。


 そんな二人の時間は、工房の窓から差し込む光が赤く染まっても終わることはない。どんどん濃くなる赤がやがて黒と成り果ててもそれは同じだ。


 月に雲でもかかったのか、工房の中に常人ならば己の鼻先すらも見えないであろう闇が満ちる。


 だが、イワホリが工房にある照明設備に手をつけることはない。暗闇だからこそ見えるもの、濃い黒のなかでこそ映える僅かな濃淡すら脳裏に刻みつけるべく、ただひたすらにニックを見つめて歩き回る。


 やがて雲が晴れ、差し込んだ月光がニックの体を照らし出す。それは英雄伝説の一節かのような神々しさを醸し出したが、その光景にもイワホリは動じない。


 あるがままを、あるがままに。二度と戻らぬとわかっていても、己の魂をニックという型に押しつけ、その歪みを自らの中に取り込んでいくことだけが今のイワホリの全て。


 赤い日差しが黒を経て、再び朝日が工房へと降り注ぐ。寝食を忘れ生理現象すら無視した長い長い一夜の果てに、ちょうどニックの周囲を一〇〇周し終えたところで、遂にイワホリがその口から声を漏らした。


「……ふぅ。よし」


 短く、だが力強い言葉。その顔は鬼気迫るほどのやる気に満ちあふれ、今すぐにでも石を彫る作業に取りかかろうと思うイワホリだったが、残念ながら体の方は年相応であった。


「ふぉっ!?」


「イワホリ殿!?」


 ふらっとその場に倒れそうになったイワホリを、ニックが慌てて駆け寄ってその腕で抱き留める。自分と同じくらい疲れているはずなのに疲労の色一つ見せないニックの顔に、イワホリは苦笑しながら言葉を続けた。


「すまんのぅ。気持ちはあるんじゃが、寄る年波には勝てんらしい。ジョーッシュ!」


「ふぁぁぁーい…………って、お師匠様!?」


 イワホリに呼ばれてあくびをしながら休憩室から顔を出したジョッシュだったが、イワホリがニックに抱かれている様子に慌てて駆け寄ってくる。


「どうしたんですかお師匠様!?」


「ははは、年甲斐もなく頑張りすぎてしまったようじゃ。悪いが寝床まで肩を貸してくれんか?」


「わっかりました! さ、どうぞ」


「うむ、頼むぞ」


「む、儂がそのまま運びますぞ?」


 腕から離れて立ち上がろうとするイワホリにニックがそう言葉をかけるが、イワホリはそれを首を振って否定する。


「それには及ばんよ。というか、オヌシも疲れておるじゃろう? もしよければそこの休憩室で休んでいかれるといい。大したもてなしはできんが……ジョッシュ、買い置きを好きに使っていいから、何か適当な食事でも用意してやってくれ」


「了解です! じゃあお師匠様を寝かせたら顔を出しますから、ニックさんは先に行って休んでいてください」


「そうか、わかった」


 助け合う師と弟子を前にそれ以上の差し出口は無粋と思い、ニックはとりあえずすぐ側に纏めて置いてあった荷物を手に取り、服を着ていく。そうしてようやく全裸から解放され、ジョッシュが出てきた休憩室へと入っていくと……


「あら、ようやく終わりましたの?」


「ぬ?」


 そこには先客として、モディールが椅子に座っていた。湯気の立つお茶を飲むモディールを前に、ニックは軽く首を傾げて問う。


「何故お主がここに? まさか一晩中待っていたのか?」


「それこそまさかですわ。ちゃんと日暮れ前には家に帰って、今日またここを訪ねてきただけです」


「そうなのか? それにしては早い気がするが」


「早いって……もう三の鐘(午前一〇時)が近いですわよ?」


「そうなのか!?」


 驚きの声をあげつつ正面の席に腰を下ろしたニックに、モディールは呆れた視線を投げかけながらテーブルの上に置かれたポットからお茶を注いで出す。


「まったく……イワホリ様もそうですが、貴方も大概どうしようもない方ですね。まさかたった一晩で『見極め』を終えてしまうなんて」


「見極め? あのジッと見られていたやつのことか?」


「そうですわ。私はこれまで三度イワホリ様に石像を作っていただいておりますけど、毎回『見極め』には二週間近くかかっていたんですのよ? それを一晩って……無茶苦茶ですわ」


「ハッハッハ、儂はまあ、ほれ。見た目通り鍛えておるからな!」


「それでもです……」


 笑顔で答えるニックに、モディールはもう一度呆れた声を繰り返す。当たり前の話だが、人はただ立っているだけでも疲労する。それが動くことなくジッとしていろというものであれば、かける時間によっては動き回るよりも辛い。


「…………やはりイワホリ様に選ばれるだけのことはあるのですね。私にはとても同じ事はできませんわ」


「それは仕方なかろう? 儂は冒険者として世界を巡り、様々な敵と戦ってきたからな。全く眠れぬ場所もあれば、油断など許さない魔境もあった。そんなところで生きてきた儂とお主では、そもそもの在り方が違うのは当然のことだ」


「当然、当然ですか……ですが、私はその『当然』という言葉を言い訳にしたくはないのです。他の誰かに出来ることであれば、それは私にもできることのはず。己の努力が足りないことを『当然』だと割り切って逃げたくはありませんわ」


 顔を伏せ暗い声で言うモディールに、ニックは顎に手を当て考えながらも答える。


「ふーむ、それは何とも難しいところだな。確かに儂と同じ努力をすれば、同じような結果を得られるかも知れん。だが人には向き不向き、才能の有無は絶対的に存在するし、費やせる時間は決して無限ではない。


 儂がお主より体力的に優れているのは、それに時間を、努力を費やしてきたからだ。だがお主もまた儂とは違う分野、方向に努力を費やしてきたのではないか? ならば優れているところと劣っているところがあることは『当然』で、それは差違であり逃げではないと儂は思うぞ」


「そう、でしょうか……?」


 ニックの言葉に、モディールは手にしたカップの中身をゆらゆらと揺らしながら小さく呟く。まるで自分自身に問い掛けるようなその言葉に、ニックは優しく微笑みながら手元のお茶を一口飲む。


「お主、見た感じではまだ二〇歳にもなっておらんのではないか? 確かにその若さならば何でも出来るし何処でも行けると思って当然だ。全てを努力で解決できると思える年頃なればこそ、できないことを努力不足だと落ち込む気持ちもわからんではない。


 だが、人生は有限だ。己が定めた方向に一歩踏み出すということは、それ以外の全ての方向に一歩踏み出す可能性を切り捨てることに他ならない。その選択の積み重ねが個性であり人生なのだから、進まなかった方向にある可能性を悔いるよりは、進んだ先にある未来に希望を馳せる方がよいのではないか?」


「未来に、希望……」


「そうだ。昨日の話からしても、お主はなりたい自分になるために努力を積み重ねてきたのだろう? ならばそれとは関係ない方向にある『できない』を悔やむよりも、理想の自分を目指し、そこに近づくことを楽しまねば勿体ないというものだ」


 そう言ってカラカラと笑うニックに、モディールが伏せていた顔をあげた。自分の倍以上も生きている筋肉親父の姿が、昨日よりも輝いて見える。


「ねえ、貴方……ニックさんだったかしら?」


「ん? 何だ?」


「もう一度、貴方の裸を見せてくれないかしら?」


「……は?」


 真剣な表情で言うモディールに、しかしニックの方は間の抜けた声をあげてしまう。それなりに人生経験豊富なニックであったが、こうまで会ったばかりの相手に裸を見せろと言われ続けたのは流石に初めてのことだ。


「ま、待て。また儂に脱げと言うのか?」


「そうですわ。今の私であれば、昨日と違って貴方の裸に何か別のものが見える気がするんです」


「それは……気のせいではないか?」


「そんなことありませんわ! ああ、ひょっとしてイワホリ様もこんな気持ちだったのでしょうか? 是非とも貴方の裸を私に見せてください!」


「お、おぅ……いや、しかしなぁ」


「ああ、貴方にだけ裸を要求するのは不当ですわね。勿論私の方も脱ぎますわよ?」


「そういうことではないぞ!?」


 一切の躊躇いなく己の服に手を掛けるモディールに、ニックは慌ててそう声をかける。上着をまくり上げぶるんと形の良い胸を曝け出したモディールの手をテーブルに身を乗り出したニックが掴んだところで、不意に休憩室の扉がガチャリと音を立てて開かれた。


「いやー、お待たせしました! って、お二人とも、何を……?」


 若い娘の服を無理矢理脱がそうとする筋肉親父。そんな風にしか見えない状況にジョッシュが突入してきたことで、休憩室の時がにわかに凍り付いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いい話だけで終わらないところが素晴らしいです お父さん危うく犯罪者に?
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