父、脱ぐ
「うん? モディールのお嬢さんじゃないか。どうした、何か用か?」
「何か用かじゃありませんわぁ! これは一体どういうことですの!?」
何処かとぼけたイワホリのその言葉に、モディールと呼ばれた女性がカツカツと足音を鳴らしながら歩み寄ってくる。切れ長の目はきつくつり上がっており、一七、八と思われる美しい女性の顔には怒りが溢れている。
「町で騒ぎを聞きつけて、まさかと思ってやってきてみましたが……今回は私の石像を彫ってくれる約束でしたでしょう!? それがどうしてこの方の裸を見ることになっているのですか!?」
「ああ、そういえばそうじゃったのう。すまんすまん」
「すまんでは済みませんわ!」
困り顔で頭を掻いてみせるイワホリから視線を外し、次いでモディールはニックの方をキッと睨み付ける。
「貴方も貴方です! 一体どんな汚い手段を使ったのかわかりませんが、最低限順番くらいは守るべきではありませんこと!?」
「お、おぅ? いや、儂は別に――」
「言い訳なんて男らしくありませんわ! 礼節を弁えた大人だというのなら、一言『割り込んですみませんでした』と謝罪してこの場を立ち去りなさい!」
「ちょっ、待って下さいモディールさん! ニックさんがここにいるのは、お師匠様がお願いしたからなんです!」
凄い剣幕でニックを責め立てようとするモディールに、我に返ったジョッシュが慌てて二人の間に割って入り、体と同時に言葉も差し挟んでいく。
「町で見かけたニックさんに、お師匠様がどうしてもって頼み込んで来ていただいているんですよ。だからニックさんが順番に割り込んだとか、そういうことじゃないんです!」
「……それはつまり、私の体がこの方の体の魅力に劣るということですか?」
「えっ!?」
「だってそうでしょう? 私の石像を彫るはずだったのに、それを差し置いてでもこの方の石像を彫りたいと思われたのであれば、イワホリ様にとって私よりこの方の方が魅力的だったということではなくて?」
「そ、それは……」
「納得がいきませんわぁ!」
思わず口ごもるジョッシュをそのままに、モディールは大きな声でそう叫ぶとニックに向かって指を突きつける。
「貴方、今すぐ私と勝負なさい!」
「勝負!? 一体何をするつもりなのだ?」
「勿論、イワホリ様に私の磨き上げた体を見ていただくのです!」
そう言うなり、モディールがその場で服を脱ぎ始める。あっという間に下着まで脱ぎ捨てると、一糸纏わぬその姿を見せつけるようにモディールが堂々と立ち姿を決めた。
「さあ、どうです!? 私の体をしっかりとご覧なさい!」
「ちょっ、お主いきなり何をしておるのだ!? 年頃の若い娘が人前で裸になるなど……」
「あら、この方は何を仰っているのかしら? この場には芸術家であるイワホリ様と、そのお弟子さんであるジョッシュ、後は勝負の相手である貴方しかいないでしょう? ならば何処に裸になることを躊躇う理由があるのです?」
「少なくとも儂とお主は初対面だぞ!? 初対面の男の前で肌を晒すというのはどうなのだ?」
「初対面であろうが一〇年来の友人であろうが、そんなことは関係ありませんわ。私は私のこの体に誇りを持っておりますもの。
さ、それよりイワホリ様。私の体はどうですか?」
ツンとニックから顔を逸らし、モディールがイワホリにそう問い掛ける。するとイワホリは真剣な表情でモディールの周囲を歩き回りながらつぶさにその細部まで見つめていく。
「ふーむ。確かにかなりいい感じに仕上がっておるのぅ。若く瑞々しい肌の張りと艶、腕や足の太さや腰の肉付き、胸や尻の形もよく整えられておる」
「そうでしょう? 肌はともかく、胸とお尻の成長に関しては自分ではどうしようもない部分も多かったので、そこはその他の部位を鍛えることでどうにか調整しました。個人的にはもう少しだけ胸が小さく、お尻は逆に大きくなってくれたら楽だったのですが」
「ま、それは仕方ないのぅ。もう一〇年すれば垂れ下がる肉すら魅力となるが、若いうちはやはり肌がピンと張っていた方がいい。自分の体型をしっかりと把握し、そのうえでそれを最大限生かすように鍛えられておる。相変わらずいい体じゃ」
「ありがとうございますイワホリ様」
名工からのお褒めの言葉に、モディールが満足げに微笑んで答える。実際ニックの目からしても、モディールの裸体はそれそのままで芸術品であるかのように美しく整っているように見える。
そんなモディールが次に挑発的な笑みを投げかけてくるのは、当然ながらニックだ。
「さあ、私はもう見せましたよ? 次は貴方の番ですわ」
「わ、儂か!?」
「他に誰がいるというのです? ほら、さっさと貴方も裸になりなさいな」
「ぬぅ…………」
話を振られ、ニックが渋い顔になる。若い娘がこれほど堂々と裸体を晒しているというのに、ここで自分が脱がないのは何とも格好が付かない。が、衆目の前で裸になるのを半ば強要されるというのは流石のニックでも初めての経験であった。
「……………………」
三人の視線が集まるなか、ニックはとりあえず鎧などの装備品を脱ぎ、足下に置く。ついで上着を脱いで上半身裸になったところで、チラリとモディールの方に視線を向けた。
「やはり下も脱がねば駄目か?」
「当然でしょう? 心配しなくても、貴方の股間になど興味は……いえ、それも含めて全身の釣り合いを見るのですから、興味が無いとは言えないのかしら?」
「ぐぬぅ……」
小首を傾げて考え込んでしまったモディールに、ニックの手の動きがやにわに止まる。とはいえそれで許されるということもなく、結局意を決してニックは己の全てを曝け出した。
(こんな姿を娘に見られたらどう思われるであろうか? いや、しかし石像となると確かに裸体のものが多いし、儂の気にしすぎなのであろうか?)
先に脱いでいるモディールが裸であることを全く気にしていないこともあり、ニックの感覚が徐々に狂っていく。一度そう考えてしまえば、それまであった羞恥心が急速に薄れていくのがわかる。
「こんな感じだが、どうだ?」
「ふーん。凄くよく鍛えられた体だとは思いますけれど……」
「ですね。単純な見栄えで言うなら、以前に手本とした方の体の方がよかったような気が……」
情けなく局部を隠すようなこともなく、普通に立つニックの体を見てモディールとジョッシュがそんな感想を口にする。以前マチョピチュでも指摘されたことがある通り、ニックの体はあくまでも実戦のために鍛え上げられたものであるため、「魅せるため」に鍛えた体からするとどうしても見劣りしてしまうのだ。
もっとも、それはあくまで表面的なことだ。ナイスマッチョコンテストで永世筋肉王に認定されたように、その内側には「魅せる」という条件を満たすことのできる筋肉もビッチリと身についている。見てもらう側であるモディールや、まだまだ修行中のジョッシュには見抜けないその本質を、しかし石像に人生を賭けた芸術家の目は眩いばかりに映し出す。
「素晴らしい……」
「む?」
「お師匠様?」
「イワホリ様?」
目から涙を溢れさせ、イワホリがフラフラとニックに近づいていく。光に惹かれる蛾のように、本人の意思を超越した魂の欲求が、イワホリの足を動かし手を伸ばさせる。
「どれほど……どれほどの経験を重ねれば、これだけの肉体を得られるのじゃ? 見える、見えるぞ。ワシには見える。幾千、幾万、幾億の傷の果てに積み重なった筋肉の姿が、はっきりと見える……まさに奇跡じゃ……」
イワホリの手が、そっとニックの厚い胸板に触れる。その厳かな手つきは祈りにも似て、その顔には歓喜の微笑みが浮かぶ。
「これまでのワシの芸術家としての日々は、この日のためにあった。この御仁の石像を作るためにこそ、ワシは今日まで研鑽を積んできたのじゃ。
ああ、神よ。奇跡にして必然たるこの出会いに、心から感謝致します……」
「……………………」
イワホリの口からあふれ出すその言葉に、モディールは悔しげな目をしてその顔を逸らした。