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皇帝、思い悩む

「くそっ、やられた!」


 ザッコス帝国、皇帝の私室にて、マルデが不快感を露わにして言葉を吐き捨てる。如何にこの場は自分しかいないとはいえ、普段冷静なマルデにとってこれはかなり珍しいことだ。


 だが、わかっていても抑えきれない感情というものはある。今回がまさにそれであり、魔族領域から送られてきた最新の情報を見たマルデは思わず執務机に拳を叩きつけることまでしてしまった。


「敵地の奥深くに少数で乗り込んだ部隊が、発見した町をその場で襲撃、被害を与えるも全滅……? チッ、何故今なのだ!?」


 移動にかかる時間を考えれば、この部隊が最初からこの町を襲撃の対象としていたのは間違いない。そこにどんな意図があったのかまではわからないが、自分のところにゲコックがいるように、他の国にも魔族の協力者、あるいは内通者などがいて、それにそそのかされたのだろうことは想像できる。


 それはいい。功を焦った馬鹿が相手を侮り失敗したのか、それとも得た情報に踊らされたのか、どちらにしろ大した問題ではない。問題なのは魔族の町を強襲した(・・・・・・・・・)という事実そのものだ。


「これでは勇者の評判を落とす計画が……っ」


 マルデは元勇者であるフレイの人気をなんとかすることを諦めてはいない。そしてその為の計画として、魔族の町の襲撃にフレイを関わらせることを考えていた。


 いくら和平を求めているとは言え、魔王軍は未だ健在であり降伏の意思など見せてはいない。ならば魔族の町を攻めることそのものを咎めることはフレイを含めた誰にもできない。


 それを利用する。即ち魔族の町を奇襲で襲撃し、そこで非戦闘員……それこそ女子供、老人から赤ん坊に至るまで徹底的に虐殺するのだ。


 これは魔族との徹底抗戦を望む勢力に交渉すれば簡単に実行できる。フレイが何を言おうとも、彼らにとって魔族は未だ魔物と同じく、ただ一人とて見逃すことのできない駆除対象なのだ。それを殺すことに罪悪感など一片たりとも感じないどころか、むしろ嬉々として赤ん坊すら殺してくれることだろう。


 だが、そうなればあの元勇者はそれを見過ごせない。フレイ達が近くにいる状況を選んで奇襲をかけ、そんな惨劇が繰り広げられているとさりげなく伝わるようにすれば、きっと彼らは魔族を(・・・)助けにやってくる。流石にこちらの兵士を殺すとは思えないが、無力化する程度には交戦してくれれば十分。『請願』という裏技はもう使えないのだから、力尽く以外で止める方法など存在しないはずだ。


 するとどうなるか? 世間には「元勇者が魔族を守って人間に剣を向けた」という情報のみが喧伝される……というか、そうするように仕向ける。その衝撃的な事実はあっという間に民の間に広がり、やっと取り戻したフレイ達の名声は即座に転落することだろう。


 勿論しばらくすれば「実は魔族の虐殺を止めるための行為だった」という更なる事実が伝わるだろうが、それを耳にする頃には既に民の心はフレイ達から離れきっている。これまで以上に強い隠し札でもなければそれを挽回することなど今度こそ不可能であり、そうなればフレイ一行はよくて厄介者、悪ければ裏切り者の烙印を押されることになる……というのがマルデの立てた計画だった。


(だが、先手を打たれてしまった。何処かの馬鹿が先走ったせいで、魔族の間で『人間の兵士が襲撃してくる』という危機がより身近なものとして定着してしまう。そうなってしまえば……)


 非戦闘員を避難させないためには、敵に存在がばれないようにごく少数で行動しなければならない。あるいは逃げられないほどの大軍で囲むかだが、そちらは人員の関係上不可能だ。


 そして、そんな少数で敵を圧倒しなければならない。拮抗する程度の戦力ではそもそも非戦闘員に手を出している余裕が生まれないし、万が一劣勢にでも陥れば、逆に「兵士達の窮地を救った元勇者」の評判を高めてしまうことになる。


 つまり、敵が油断していなければならない。まだまだ戦闘が起きているのは魔族領域の入り口付近で、奥地の方では「人間の軍が攻めてきたらしい」くらいのぼんやりとした警戒心しか持たない状況であればこそ、この作戦は有効だったのだ。


 だというのに、魔族領域の一番奥、海に面した町への襲撃。この事実が知れ渡ってしまえば、もはや何処の町でも油断などしないだろう。きっちり警備を固め、非戦闘員の速やかな避難の手筈が整えられてしまえばこの作戦は成り立たない。


 マルデがやっと立案した計画は、実行する前から失敗が確定してしまったのだ。


「糞が! 糞が! 糞がっ! これ以上余にどうしろというのだ!? 余とて無限に策が浮かんでくるわけではないのだぞ!?」


 帝国の意図的な敗北から魔導鎧の普及までずっと順調だったマルデの計画が、ここに来て次々と破綻している。その度に巻き返しの策を考案してきたが、それもそろそろ限界だ。


「…………いっそ使う(・・)か?」


 何もかもを覆す、決定的な一手。その誘惑がマルデの脳内をかすめるが、すぐにマルデは強く首を振ってその想いを振り切る。


「いや、駄目だ。この程度で自棄になって最後の切り札を切る馬鹿が何処にいる。あれは最後の詰め以外では使えない。そんなことはわかっているだろうに……」


 自分に言い聞かせるように、マルデは口に出してそう呟く。席を立ち、魔法によって冷やされている水差しの中身をコップに注いで一口飲めば、喉を通り過ぎる水が沸き立つ感情まで冷やしてくれた。


「ふぅ…………そうだ。余は敗者でいい。今までもずっと負けを演じ続けてきたのだ。ならば今更一度や二度負けたところで何だと言うのだ?


 認めろ、マルデ・ザッコス。お前は自分が思っている以上に凡人だ。決して優れた存在などではない。だからこそお前はあんな夢(・・・・)を実現するために血の涙を流して努力し……だからこそ、最後に勝つことができるのだ」


 誰も居ない部屋の中で、誰でも無い自分にその本音をぶちまける。弱者としても強者としても誰にも頼れない立場であるが故に、マルデは今日も孤独な戦いを続け……そして、それと同じ頃――





「ふーむ、失敗でアールか。これはちょっと予想外でアール」


 魔王軍どころか、魔王その人にすら秘匿している秘密拠点。その一室にて骨男が小さくそんな呟きを漏らす。骨で出来たその顔に表情などというものはないが、その声には若干の揺らぎが感じられる。


「今のよくない流れを断ち切る一手だったのでアールが、またしてもヤバスチャン……仲間が優秀過ぎるというのもこういう時は考えものでアール」


 当初の予定では、町を襲われ仲間や家族を惨殺されたギャルフリアが人間に対する敵意を爆発させ、和平に流れがちな今の空気を完全にたたき壊すはずだった。そこにはヤバスチャンが救援に来ることすら計算に入っていたが、あの短時間で駆けつけられる兵力だけではどうやっても人間軍の虐殺は防げないはずだったのだ。


 だが、不可能は可能になった。存在を知ってはいたがまともに動くはずが無いと放置していた空中戦艦を、マグマッチョを動力にするなどという反則技で無理矢理に動かしたのだ。


 それによって大量の兵員を高速で運ぶという想定外を実現し、結果ギャルフリアのいた町の人的被害は驚くほど少なく、ギャルフリア自身にもさほど人間に対する敵愾心は芽生えていない。無論町を襲われたことを怒ってはいるが、人間全体というよりもあくまでも襲ってきた兵士への敵意のみで収まってしまっている。


「いざとなればワガホネが直接動くしかないでアールが、それで足りなく(・・・・)なったら目も当てられないでアール。ということなので、お前の出番でアール」


 落ちくぼんだボルボーンの視線が目の前で跪く一人の騎士に向けられる。魔導鎧に酷似した、だがそれよりも遙かに洗練された全身鎧を身に纏う配下に対し、ボルボーンは試すような口調で語りかける。


魔導兵装(オリジナル)ほどの性能はないにしても、それを身につけていればあんな紛い物の玩具に後れを取ることはないでアール。つまり、事が成るか否か、ひいてはお前の望みが叶うかどうかは、お前の能力次第と言うことでアール」


「必ずや、ボルボーン様のご期待に応えてみせます」


「コツコツコツ。期待しているでアールぞ、アームよ」


 冷たい骨の声に、蛙人族(フロギスト)の戦士アーム・ジョーは、ただ静かに頭を垂れて応えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは情勢が混迷を極めそうですねー [気になる点] 色んな種族は過去の文明の生き残りが各々で作った種族だけどその中でもボルボーンのようなアンデッドは由来がまだ不明なんですね [一言] 腕と…
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