父、引き連れる
『何だお前は!? 何故我の邪魔をするのだ!?』
「何故と言われても、自分の連れに手を出されて黙って見ているわけがないであろう?」
『ぬぅぅ、余計なことを! これは我らローリングシープーの問題だ! 人間のお前には関係ないだろうが!』
「そういうわけにも……待て。お主儂の言葉がわかるのか?」
「メヒィ?」
会話が成り立っていることに気づいて問うニックに、黒いローリングシープーの王が意外につぶらな目をパチパチと瞬かせつつ首を傾げる。
『そう言えばそうだな。偉大なる我らはお前達の言葉を相応に理解しているが、愚かなお前達は我らの言葉など全くわからなかったはず。これは一体どういうことだ?』
「それは儂の方に仕掛けがあるのだが……ともあれ、言葉が通じるというのであればまずは話し合いをしようではないか」
『何を勝手な! お前達など我の黒毛で今すぐにでもぐるぐる巻きに――』
息巻いて毛を操り、王がニックを引き倒そうとする。だがニックの巨体は小揺るぎもせず、逆に王の方がニックへと引きつけられていく。
『ちょっ!? な、何で!?』
「話をしようではないか」
体毛を引っ張られズリズリと近づいて来た王の眼前に、ニックが己の鼻先を突きつけてニヤリと笑う。その迫力は比類無きものであり、王の細長い口の端がペロリとめくれた。
『そ、そうだな。我は平和主義者であるから、話し合いは大事だな、うむ』
「そうかそうか。話が合いそうなのはお互いにとって幸いであった。で、お主の望みはここにお主達の国を作ることらしいが……何故この者達を連れていこうとするのだ? お主がお主に従う者達だけでそうするというのであれば、別に儂はそれをどうこう言うつもりはないぞ?」
魔物が集落を作るとなれば、本来ならば大問題だ。だが王はともかく通常のローリングシープー達が脅威となるのはあまり想像ができない。少なくともこの辺にさっきのような木を組み合わせた家らしきものを作り、そこに入って暮らしたいというのであればそれを邪魔する理由はニックには無かった。
『何を問うかと思えば、そんなことか。我は王であるぞ! ならば下々の者達はすべからく我に従うべきであろうが!』
「それで意に沿わぬ者は力尽くか? それも確かに王のやり方ではあるだろうが、そんなことをしても後でこっそり逃げ出されるだけであろう?
それとも何か? 逃げられる度に無理矢理連れ戻すとか、最後には腹いせに殺してしまうとかか? そんなものはもう王ではなく、単なるチンピラではないか」
『ぐぬぅ、言わせておけば! そ、そもそもそいつらが我のところを去ろうとするのが悪いのだ! 我の作った隙間の何が気に入らぬ? 木々の隙間のように左右だけでもなければ、洞穴のようにスカスカでもない! 上も後ろもいい具合に挟まれる素晴らしい隙間なのだぞ!』
『そうでもないー?』
『ぴっちりしないー?』
『いつもの家がいいー!』
必死に呼びかける王の言葉に、しかしこちらのシープー達は無慈悲にそんな感想を述べる。もっとも、それも無理からぬ事だ。
『ええい、お前達は何なのだ!? あれより素晴らしい場所に挟まっているとでも言うつもりなのか!?』
「ははは、確かにケガリのところの厩舎は割とボロボロではあったが、それでも雑に木を組み合わせただけのものとは比べものにならんだろうな」
『馬鹿な!? 人間風情の作った隙間が、我の作った隙間に勝るだと!? 信じられぬ!』
「そう言われてもなぁ……あー、そうか。何ならお主も来て見てみるか?」
「えっ!?」
『えっ!?』
ニックの提案に、ケガリと王の両名が驚きの声をあげる。
「おじさん!? え、この子を家に連れて行くんですか!?」
「駄目か? 儂がいれば危険はないし、見せてやれば納得すると思うのだが」
「えっと、それ以前に話の流れがよくわからないんですけど……」
「……ああ、そう言えば儂にしか此奴の言葉はわからんのだったな」
うっかりしたと頭を掻きつつ、ニックはケガリに話の経緯を説明する。するとケガリは少しだけ考え、周囲にいるシープー達を見渡してから覚悟を決めた顔で頷いた。
「わかりました。それでこの王様が納得してこの子達を自由にしてくれるというのであれば、うちの厩舎を見てもらおうかと思います……後で襲われたりしないですよね?」
「それは大丈夫だろう。まさか王を名乗るものがそのような卑劣な行為に及ぶまい?」
『当たり前だ! まあ、そんな素晴らしい隙間が本当に存在するならの話だがな! もし嘘だったら我が黒毛がお前達を全員纏めてぐるぐる巻きにしてやるぞ!』
「好きにするがいい。では、早速行くか」
「メヒェェェェェェ!!!」
ニックの言葉に答えるように、王が高らかに鳴き声をあげる。するとニックに結びついていた分も含めた王の体毛がするすると王の側に集まっていき、あっという間に黒い毛玉へと変身していった。
「おぉぉ、こう見るとやはりお主もローリングシープーなのだな」
『何を当たり前のことを言っているのだ? ほれ、さっさと行くぞ!』
驚きと感心の入り交じった声をあげるニックを横目に、黒い毛玉になった王がコロコロと転がっていく。そうして一行はケガリの家へと移動を始め、先程せがまれた歌を改めて歌うケガリに大量のシープー達が合いの手を入れたりしつつ、森を抜け草原を転がっていくのだが……
「……あの、みんな来るんですか?」
「そうらしいな」
ニック達に着いてきたのは王のみならず、今まで野生で暮らしていたシープー達もどういうわけか一緒に転がってくる。ニックが「王の万言」を用いてその鳴き声を聞いてみれば、どうやら彼らもケガリの家にある厩舎……「素晴らしい隙間」に興味津々らしい。
「でも、こんな数は流石に入れませんよ?」
今現在ケガリの家で世話をしているシープーの数は、子供も入れて一二匹だ。生き物である以上増減するのは当然なので厩舎には最大一五匹分の部屋があるが、ついてきた野性のローリングシープーの数はおおよそ三〇匹。何をどう詰め込んだとしても入りきるものではない。
「そこはまあ、交代で一度入れば満足するのではないか?」
「ならいいんですけど……これは最近使ってない部屋もちゃんとお掃除しないとですね。おじさんにもお手伝いしてもらっていいですか?」
「ハッハッハ、任せておけ!」
『むっ! 我を汚い場所に押し込めるつもりか? 王にそのような無礼を働くなど許さんぞ!』
「大丈夫だから、大人しく着いてくるのだ」
「メヒェェェェ!」
そんな会話を交わしつつ、一行はのんびりと草原を進む。途中で昼食を取ったりもしたため、ケガリの家に辿り着いたのは五の鐘|(午後二時)を少し過ぎた頃であった。
「ほら、着いたよ! 改めて……みんな、お帰り!」
「「「メェェェェェェェェ!」」」
はにかんだ笑顔を浮かべて言うケガリに、元々ここから出て行ったシープー達は勢いよく自分の厩舎へと転がっていく。それに対して野性のシープー達は物珍しそうに周囲を転がっており、唯一黒いシープーだけはニックの方へと転がり寄ってきた。
『ここにお前の言う素晴らしい隙間があるのか?』
「うむ、そうだ。おーいケガリ! 黒シープーを入れる厩舎は何処にするのだ?」
「はーい! じゃ、今すぐ準備しますから、ちょっとだけ待っててもらえますかー?」
「わかった! 慌てなくていいからな!」
家のシープー達に合わせて厩舎の方へ走っていったケガリからの返事を確認すると、ニックは改めて王の方へ向き直る。
「ということで、しばし待つのだ」
『フンッ! こんなところにそんな素晴らしい隙間があるものなのか……?』
自信ありげに微笑みながら言うニックに、王はその場で右に左にコロコロと転がりながらしばし時間を潰すのだった。