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父、疾走する

 その日を皮切りに、ニックはケガリやシープー達と一緒に楽しく働く日々を送った。きちんと力加減を覚えたニックからすれば寝ぼすけシープーを転がすことも、悪戯シープーを捕まえることも朝飯前だ。


 厩舎の掃除や前ほどではない軽い修繕などもニックの有り余る身体能力があれば疲労を感じる余地すらなく、そうして五日ほど経つと、ニックはすっかりこの仕事に慣れきっていた。


「ふーむ。別に木こりが嫌なわけではないが、もし冒険者を引退したらこうして家畜を飼う生活というのも悪くない気がするな」


『貴様がか!? どちらが世話をされているかわからなくなりそうだな』


「言っておれ! お主の寝床をシープー……かどうかはわからんが、適当な家畜の寝藁の下にしてやってもいいのだぞ?」


『ぬっ!? 貴様、我をそんな臭いところにしまい込むつもりか!? それは虐待ではないのか!?』


「いやいや、動物と触れ合える素晴らしい環境ではないか。ふふふ、将来の選択肢として検討しておこう」


『くぅ、何と陰湿な! 見損なったぞ貴様よ……冗談であろう? な?』


 眠る前にオーゼンとそんな話をするくらいにはこの生活を堪能するニック。そのまま何事もなく残りの日数が過ぎ去るのであれば、単に楽しいだけの思い出で終わったのだが……やはりニックの周囲では、平穏は長く続かなかった。


「おじさん! 起きてください、おじさん!」


「どうした?」


 ニックがここで働くようになって、六日目の朝。酷く慌てた様子でノックすらせず部屋に入ってきたケガリに、ニックは一瞬で目覚めてそう聞き返す。


「あの子達が! ローリングシープー達が一匹もいなくなってるんです!」


「何だと!?」


 ケガリの言葉に、ニックは着替えをする時間すら惜しんで厩舎の方へ駆けていく。するとそこには昨夜まで居たはずのシープーの姿が影も形もなかった。


「これは……どういうことだ?」


「わかりません! わかんないよ……何で、どうしていなくなっちゃったの……?」


「ふむ。周囲に荒らされた様子がないから、魔物に襲われたとか不届き者に攫われたという可能性は低そうだな。だがそうなると自分から出て行ったことになるが……」


 ローリングシープーの厩舎には、彼らを閉じ込めるための仕組みは一つも無い。それは完全に閉じ込めようとすると割と大がかりな設備になってしまうことに加え、シープー達自身がこの厩舎を「自分の家」と認識して自主的に戻ってくるのだから、閉じ込める意味がそもそも無かったからだ。


 なので出て行こうと思えば出て行けるのは間違いないのだが、問題は何故突然シープー達が心変わりをしたかである。


「私……あの子達のこと大好きで……ひっく……お父さんとお母さんとお祖父ちゃんと一緒に、毎日一生懸命……いっじょうげんめいおぜわじだのに……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、ケガリが嗚咽を漏らす。その背にニックがそっと手を添えると、ケガリがニックに抱きついてその腹に顔を埋めてきた。


「あだじ、なにがだめだっだの……? みんなみんな、かぞくだっだのに……」


「ああ、そうだな。お主の気持ちは、きっとシープー達にも通じていたはずだ」


「だっだら、なんで……?」


「それは儂には答えられぬ。だから……今から聞きに行くとしよう」


「……おじさん?」


 ニックはそっとケガリの体を自分から離すと、ニヤリと笑ってみせてから力を込めて大地を蹴る。瞬間その巨体は天高く飛び上がり、あっという間に遙か高空まで辿り着く。


「『王能百式 王の羅針』!」


 事前に言葉を交わさずとも、相棒との心は一つ。ニックの手に現れた羅針球に浮かぶ針は違うことなく一点を示し、ニックがそちらに意識を集中すれば、かなり離れた草原を白い毛玉が転がっているのが見えた。


 そのままふわりと着地すると、あまりの出来事に泣くことすら忘れて唖然としている目の前の少女にニックは笑顔で声をかける。


「見つけたぞケガリ」


「お、おじ、おじさん!? おじさん、今、と、飛んで……!?」


「話は後だ。儂は今からシープー達の跡を追うが……お主はどうする?」


 驚き戸惑うケガリだったが、ニックの言葉に表情が変わる。濡れた瞳をグッと腕で拭い去ると、ギュッと拳を握りしめてニックに決意の目を向ける。


「行きます!」


「よし! ならばすぐに準備をするのだ。戸締まりを忘れるなよ?」


「わかりました!」


 そうケガリに促しつつ、ニックもまた寝室に戻り着替えを済ます。何があるかわからないため、今回はここしばらくしていなかった完全武装だ。


「準備、終わりました!」


「うむ、では行くか」


 そんなニックの前に、こちらもまた仕事着に着替えたケガリがやってくる。そんな少女の体を、ニックはひょいと胸に抱きかかえた。


「ひえっ!? お、おじさん!?」


「ちと急ぐのでな。怖かったら目を閉じているといい」


「あ、はい!」


 子供である自分の足が遅いことを、ケガリはちゃんとわかっている。だからこそ自分を抱きかかえるニックの行動に疑問を抱かなかったし、足手纏いになっていることを少しだけ申し訳なく思っていたのだが……そんな余裕は一瞬で吹き飛んでしまう。


「ひゃぁぁぁぁー!」


 速い。あまりにも速い。ニックの駆ける速度はケガリの想像など瞬きする間に遙か彼方へと置き去りにしてしまった。


(こ、怖い! 怖い、けど…………でっかい獣に乗って走ったりしたら、こんな感じなのかな……?)


 耳元を吹き抜けていくゴウゴウという風音と、溶けて流れていくように現れては消えていく景色。現実感の感じられない圧倒的な体験に、ケガリはまるで自分が夢の中にいるような錯覚すら覚えて、却ってその心が落ち着いていく。


(凄く太い腕……お父さんの腕も太かったけど、おじさんはもっと凄いや。鎧も……お父さんのよりずっと高そう。今まであんまり気にしなかったけど、ひょっとしておじさんって凄い人なのかな?)


 もしこの瞬間放り出されたら、きっと自分など嵐に舞う木の葉のように吹き散らされてバラバラになってしまうだろう。なのに自分の体に回された腕は何処までも強くて逞しくて、世界中のどんな場所よりも安心できる気がする。


(まるでお伽噺のお姫様になったみたい。王子様……って言うには、おじさまはちょっと歳を取りすぎだと思うけど。この見た目なら、どっちかって言うと王様よね)


「追いついたぞ」


 そんな事をケガリがボーッと考えていると、不意にニックが足を止めそう告げる。そうしてそっと地面に降ろされると、ケガリのすぐ目の前でローリングシープー達が今も何処かに向かってコロコロと転がり続けていた。


 その姿を……大切な家族の姿を目にしたことで、ケガリの中で落ち着いていた焦燥感が一気に噴き出していく。


「みんな! 待って、みんなどうしたの!?」


「メェェェェ!」


 意外と速い転がり速度に、ケガリは走りながらそう声をかける。するとシープー達は鳴き声をあげて答えたが、転がる速度が緩むことはない。


「何で!? 何で出て行っちゃったの? 何が気に入らなかったの? 私、頑張るよ? 寝藁だってもっとふかふかにするし、お散歩だってもっと一緒に遊ぶし、毛だって……お祖父ちゃんにはまだ適わないけど、でももっともっと頑張って、もっとふんわりできるようにするから!」


「メェェェェ……」


「だから止まって! ねえ、お願いだから止まって! 帰ろう? みんなの家に、私達の家に、お願いだから一緒に帰ろう……!」


「メェェェェェェェェ!」


 ケガリが必死に声をあげるも、シープー達の動きは止まらない。最後にはギュッとその体毛に抱きついたが、いつもならふんわりと沈み込んでいくはずの毛がケガリの体をポヨンと跳ね返す。


「みんな、私の事……嫌いになっちゃったの……………………?」


 明確な拒絶の意思を感じ取ってしまい、ケガリが足を止めガックリとその場に崩れ落ちる。そんな彼女の横をシープー達は通り過ぎていき……


「メァー!」


 だがたった一匹、他よりも随分と小さい子供のシープーがケガリの前にコロコロと転がってきた。

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[一言] 白馬の王子様ならぬ はだk…金獅子の王様ですね分かります
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