父、修繕する
「お手伝い、ですか?」
翌日の朝。起きてきたケガリと朝食を取りつつ……ちなみにキンジョーは昨夜のうちに自宅に帰っている……話をするなか、ニックはそう話を切り出す。その裏にあるのは勿論キンジョーからの護衛依頼だが、秘密にしてくれと頼まれている以上それを明かすことはできない。
「うむ。所謂一宿一飯の恩義という奴だな。それにあのローリングシープーというのがどうにも気に入ってしまったから、できればもう何日かここに滞在したいと思うのだ」
「それは構いませんけど……でも、いいんですか? お給金とかはお支払いできないんですけど……」
「いらんいらん! お主と一緒に何日かここで暮らさせてくれれば、それで十分だ」
「そういうことなら」
ニックの申し出を、ケガリは少しだけ考え、少しだけ遠慮しながらも承諾してくれた。手早く朝食を済ませると、ニックとケガリは連れ立って厩舎の方へと歩いて行く。
ちなみにだが、今のニックは当然ながら武装はしていない。腰の鞄と魔法の鞄だけは身につけているが、それ以外はごく普通の布の服だ。
「それじゃ、早速お願いしてもいいでしょうか?」
「勿論構わんぞ。儂は何をすればいいのだ?」
「できればなんですけど、厩舎の屋根の修繕をお願いしたいんです」
この厩舎は、ケガリの祖父であるホーボクが、そのまた祖父から受け継いだ物だ。故にもはや手の入っていないところなど何処にも無いくらいに修繕を繰り返しており、あちこちに板がつぎはぎされている。
「お父さんが家に居た頃はこまめに直してくれていたんですけど、町に出てしまってからはお祖父ちゃんが手の届く範囲だけを直してくれていて、そのお祖父ちゃんも亡くなってしまったので、私とお母さんじゃ修繕ができなくて……お父さんが帰ってくるまで保つかなって、よく話してたんです」
「なるほど。確かに女手でこれを直すのは大変だろうな。よし、任せろ!」
ケガリの話を聞くやいなや、ニックがぴょんとその場で跳ねて三メートル近い高さにある厩舎の屋根に飛び乗る。そうして足下を見てみれば、確かに屋根の至る所に穴が開いているのが確認できた。
「おお、これは酷いな」
「あの、おじさん!?」
「ハッハッハ、大丈夫だぞ? この程度心配は――」
「そうじゃなくて! その、板とか釘とかを持って行かないと!」
「……ああ、そうだな」
『貴様という男は本当に……何故勢いだけで動くのだ』
「むぅ」
腰の鞄から聞こえてきた呆れ声にしょっぱい顔でひと唸りしてから、ニックはひょいと屋根を飛び降りる。その後はケガリに案内されて納屋から必要な材料を手に取ると、もう一度屋根に飛び乗って改めて破損箇所を調べていった。
「むーん。やはり状態が悪いな。これでは修繕したところですぐに駄目になってしまうだろう」
腐った板を剥がしてみれば、その下にある柱にも腐食の後が見て取れる。それはニックの素人目でも、間に合わせの修繕を繰り返すのがそろそろ限界なのがわかってしまうほどだ。
「とは言え、どうしたものかな……」
馬などの一般的な厩舎に比べ、ローリングシープーはその体……正確にはほぼ体毛だが……が大きいため、厩舎もかなり大きい。つまり金がかかっているということであり、おいそれと建て直せるようなものではないだろう。
ニックからすれば大した額ではないが、流石に昨日会ったばかりの相手に「危ないから建て直せ」と金貨を渡すのはお互いにとってよくないだろうし、かといって建築士でもないニックが必要最低限を超える修繕を勝手に行えば建物が崩落してしまう危険性もある。
「…………とりあえずこれで妥協しておくか」
言ってニックは納屋から持ってきた板を魔法の鞄にしまい込み、代わりに中から赤い樹皮をした丸太を取り出すと、その場でいい具合に切断して板にする。
『おい貴様よ、それは何だ? いや、木材だと言うのはわかるが、貴様が取りだしたからにはただの木材ではないのだろう?』
「お主は儂を何だと思っておるのだ!? 期待を裏切るようで悪いが、こいつはただの木材だ。まあ今しまい込んだものに比べれば幾分か丈夫で腐りづらいものではあるが、逆に言えばそれだけだぞ?」
『む、そうか。ではそれを修繕に使うと周囲の木材を侵食して全てが非常識な頑丈さを宿すとか、そういうことはないのか?』
「あるわけなかろう! そういう木に心当たりが無くもないが、あれはおそらく魔物だろうしなぁ」
『使うなよ!? 絶対に使うなよ!?』
「自分の所有物ならともかく、他人の物件の修繕にそんなもの使うわけなかろうが……っと、これは釘も駄目か。ならこっちを使うとしよう」
納屋から持ちだした釘では赤皮の板に刺さらなかったため、釘の代わりに取りだした黒い金属の棒を適当な長さに切断しては打ち込んでいく。そうしてあらかたの穴を直し終えると、ニックは再び屋根から飛び降りた。
「おじさん! どうでしたか?」
「うむ。とりあえずは修繕しておいたが、この先どのくらい大丈夫かは何とも言えん。できるだけ早いうちにきちんとした職人に見せるのをすすめるぞ」
「ああ、やっぱりそうなんですか。お父さんもそんなことは言ってたんですけど……」
「ふーむ。ま、そこはお主達家族でじっくり話し合うといい。誰かが怪我をする前にな」
「はい、お父さんやお母さんともよく話してみます」
ニックの忠告に、ケガリが真剣に頷いて答える。その後は修繕に使っていた道具を片付け終えると、空を見上げて天気を確認してから改めてケガリがニックに声をかけた。
「それじゃ、そろそろシープー達を連れてお散歩に行きましょうか」
「お、そうか! 今日も昨日と同じ場所に行くのか?」
「いえ、今日は反対方向ですね。同じ所ばかりに行くとそこの草を食べ尽くしてしますから」
「ああ、言われてみればそうか。では昨日出会えたのは本当に幸運だったのだな」
「ですね。私としては恥ずかしいところを見られちゃいましたけど……あれ?」
僅かに顔を赤らめるケガリの横を、不意に小さなローリングシープーが転がり抜けてくる。それはニックの体にポフンと当たると、ニックに向かって可愛らしい鳴き声をあげた。
「メァー!」
「む? こいつは……」
「あ、この前おじさんが触った子ですね。ふふ、おじさんに懐いてるみたい」
「そ、そうなのか? おぉぉぉぉ……」
ポフポフとぶつかってくる小さなローリングシープーに、ニックの顔が思わずほころぶ。そのまま抱き上げようと手を伸ばしたが、そこでケガリが待ったをかけた。
「あ、抱っこすると転がらなくなっちゃいますから、背中……というか、体の横? とにかくそこに軽く手を添えて、転がしながら一緒に歩くのがいいと思います」
「む、そうか。こんな感じか?」
「メァー!」
「そうそう、上手です! この子も喜んでますよ。はーい、他のみんなも、お散歩行くよー?」
「「「メェェェェェェェェ!」」」
ケガリの声に反応して、その辺をフラフラコロコロしていた他のローリングシープー達も一斉にニック達の方に移動してくる。
「じゃ、行きましょう!」
「おう!」
「「「メェェェェェェェェ!」」」
昨日と同じ気持ちのいい快晴の下、大量の毛玉を引き連れたニックとケガリは、意気揚々と村の外へと散歩に出かけていった。
現在、作者の右腕が謎の激痛に見舞われており、症状の改善があるまでは感想返しができない可能性があります。
日々の更新に関しましては今章の終わりまでは予約投稿済みですが、状況によっては以後の更新が停滞するかも知れません。申し訳ありませんがご了承ください。