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父、酒を酌み交わす

「ふぁぁ……はい、どーぞ」


 ニックとキンジョーを夕食に招き、久しぶりに賑やかな食卓を楽しんだケガリだったが、食事が終わり後片付けを済ませると流石に眠気が押し寄せてきたのか、フガフガと口を動かしながらニック達の前に小さな皿を一つ置く。


「ん? これは?」


「ローリングシープーのお乳で作ったチーズです。おじさん達はどうせお酒を飲むんでしょうから、つまみにと思って」


「随分奮発したなケガリ。これもうそんなに残ってないんじゃねーか?」


「うーん、あと大玉一つくらいかな? でもまた子供が産まれれば作れるし、せっかくお客さんが来てくれたんだからいいかなって……あふぅ」


「ははは、無理しないでもう寝とけ。戸締まりは俺がやっとくから」


「お願いしますキンジョーさん。おじさんは、もし泊まるんだったらあっちのお父さんのベッドを使ってください。それじゃお先に失礼します」


「ああ、おやすみケガリ。貴重なチーズをありがとうな」


「ふふ、おじさんはローリングシープーを好きそうだったから、特別です……おやすみなさい」


 そう言ってふにゃりと笑うと、ケガリが少しだけフラフラした足取りで自分の部屋へと入っていく。その姿を見届けてから、テーブルで向かい合う親父二人は改めて酒瓶を開けてチーズを一切れ口に入れた。


「ふむ、独特な味だな。これならば少し辛口の酒が合うか?」


「だなぁ。とは言えここにそんな酒は――」


「ならばここは儂が出そう。もてなしの礼だ」


 ニヤリと笑ったニックが、魔法の鞄(ストレージバッグ)から酒瓶を取り出す。それに驚いた表情を見せるキンジョーだったが、注がれた酒の匂いにすぐにどうでもよくなった。


「プハァー! こりゃ美味い!」


「気に入ってもらえたなら何よりだ」


 満面の笑み浮かべて酒を飲むキンジョーに、ニックもまた笑顔で答える。そうして二人がしばし無言で酒を飲んでいると、最初に話を切り出したのはキンジョーの方であった。


「さて、じゃあどっから話すかな……この牧場は元々ホーボクって爺さんのもので、その娘であるセワズキさんと入り婿のモトヘイって奴、娘のケガリちゃんの四人でやってたんだが……あんた冒険者なら、ちょっと前から色んな国が魔族領域に兵士を送ってるって話は知ってるよな?」


「ああ、勿論知っておるが、それがどうかしたのか?」


「入り婿のモトヘイって奴が、実は元々国の兵士でな。セワズキさんに一目惚れして結婚するために兵士を辞めてこの村に引っ越してきたんだが、魔族領域への出兵のせいで国の兵士の数が随分と減っちまったってことで、どうにかして戻ってきてくれないかって国から話が来たらしいんだよ。


 モトヘイにしても別に兵士の仕事が嫌になったってわけじゃねーし、お国から頼まれちゃ断るのも難しい。なんでとりあえずは一年の期限付きで兵士に戻ったのが、去年の冬くらいだったかな? それからは三人でこの牧場をやってたんだけどよぉ……」


 そこで一旦話を切ると、キンジョーはグイッとコップに注がれた酒を呷る。ついでにチーズも一切れ囓れば、くさくさした気持ちが幾分か晴れた。


「ほんの二月ほど前さ。ホーボクの爺さんがいきなりぽっくり逝っちまったんだよ。まあ元々歳だったから仕方ないっちゃ仕方ないんだが、そうなるとセワズキさんとケガリの二人じゃ流石に牧場を回すのは手に余る。


 いや、正確には普段の世話だけならどうにでもなるらしいが、これから夏になってローリングシープー達の毛を刈る段になると、とてもじゃないが無理らしい」


「あー、確かにあの大きさの生き物の毛を刈るのは、かなりの手間であろうなぁ」


 直径二メートルもの毛玉が一〇匹以上……しかもジッとしているわけではなく意思を持った生き物となれば、その毛を刈るのにどれほどの手間がかかるのかは想像に難くない。


「そういうこった。村の者が手伝うって手もあるが、俺達は俺達で自分の仕事があるからな。なんでその時だけ人を雇うかってなって、セワズキさんが町に行ってその手続きとかをしてるから、早くてもあと一〇日くらいはケガリちゃんはこの家で一人お留守番ってわけなんだよ」


「ふむ、そういう事情か……セワズキ殿は娘を町に同行させようとはしなかったのか?」


「考えてはいたみたいだが、ただでさえ人を雇って金がかかるのに、旅費を二人分捻出するのは難しかったんだろうな。シープー達だって一日二日ならともかく、二週間も放置するわけにはいかないだろうし。


 てか、その辺はケガリちゃんが自分で言ったらしいぜ? 『あの子達を放ってはおけないから、お母さんが帰ってくるまで私が面倒を見てるね』ってよ。くーっ、泣かせるじゃねーか!」


「そうだな。実に感心な子供だな」


 酔った勢いもあって感情的に大きな声を出すキンジョーに、ニックは静かに相づちを打つ。実際に昼間ケガリの頑張る姿を見ているのだから、その胸に宿る想いは強い。


「だからよー、ケガリちゃんが得体の知れない男を連れてきてた時はどうしようかと思ったぜ」


「ぬぅ、重ね重ね申し訳ない。儂としてもまさか家にあの子一人で、ご両親が不在とは思わなかったのだ」


「いいってことよ。まあケガリにはもうちょっと警戒心を……いや、これは村の中っていう狭い常識しか教えなかった俺達大人が悪いのか。チッ、後でホーボク爺さんの墓に供え物をしとかねーと、夢に立たれて怒られちまうぜ。


 ……なああんた。あんた冒険者なんだよな? なら俺の依頼を受けてみる気はねーか?」


「何だいきなり? 依頼?」


 突然話を変えてきたキンジョーに、ニックは軽く首を傾げながら問う。


「そうだ。今話した通り、この家にはあと一〇日くらいはケガリちゃんが一人になっちまうからよぉ、あんたがよければここで護衛をしてくれねーか? 俺のなけなしの小遣いだから、大した依頼料は払えねーんだが……」


「依頼料や護衛をすることそのものは構わんが、この家やあの子に護衛が必要な何かがあるのか?」


「いんや、無い!」


 ニックの言葉に、キンジョーはダンッと勢いよくカップをテーブルに置きながら言う。その目はなかなかに据わっており、いい具合に酔いが回っているようだ。


「無いが……ここにずっと一人ってのも寂しいだろ? 俺もこうしてちょこちょこ顔を出すようにはしてるけど、どうしたって自分の仕事や家族が優先になるからな。


 ケガリもあんたに懐いてたみたいだし、セワズキさんが帰ってくるまであの子と一緒にいてやってくれねーか? あんたならケガリには出来ない力仕事だって軽いもんだろう?」


「なるほど、そういうことか。いいぞ、その依頼引き受けよう」


 キンジョーの提案を、ニックはその場で快諾する。根っからの父親であるニックからすれば、頑張っている子供の手助けをするのは自腹を切ってでもやりたいと思うようなことなのだから当然だ。


「おお、そうか! あんたみたいな立派な装備をしてる冒険者がいてくれりゃ、ケガリも安心だな! 期待してるぜニックさんよ!」


「うむ、任せてくれ! 儂が護衛をするからには、ドラゴンだろうが魔王だろうが、どんなものからでもあの子を守り抜いてみせよう!」


「そいつは頼もしいな!」


 ニックの言葉を冗談だと受け取ったキンジョーが、酒の入ったカップをニックに向かって掲げる。ニックもまたカップを手に持つと、二人はカップをカツンと打ち鳴らしてから互いに中の酒を呷った。


「ふぅ。ところでキンジョー殿、一ついいか?」


「ん? 何だよ?」


「ちょっとした疑問なのだが、何故キンジョー殿はそこまでこの家のことに肩入れするのだ?」


 さっきまでの話を聞く限りでは、キンジョーとこの家の人間には「同じ村の住人」という以外の関係性は見受けられない。いわばただ近所に住んでいるだけの相手をどうして自分の金を使ってまで気にかけるのか? そんな疑問を口にしたニックに、キンジョーがムッと顔をしかめる。


「あー…………誰にも言うなよ?」


「うむん? 言うなというなら言わんが?」


 不思議そうな顔をするニックに、キンジョーは周囲をうかがうように顔を動かしてから、身を乗り出してこっそりとそれを告げる。


「……実はな、セワズキさんは俺の初恋の相手なんだよ」


「ぬっ!? クッ、ハッハッハ! そうかそうか! それは確かに肩入れするに十分な理由だな!」


「言うなよ!? 絶対に誰にも言うなよ!? ウチのかーちゃんに知られたりしたら、それこそ次の日の朝日が見られなくなっちまうんだからな!?」


「わかった。その秘密は墓まで持って行くと約束しよう」


「絶対だからな!」


 酔い以外の理由でもほんのり顔を赤らめるキンジョーに、ニックは楽しげに笑いながら男と男の約束を交わすのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] キンジョーさんの気持ちは凄くわかります 近所のお姉さん(?)に憧れる事ってありますよね
[一言] よし、これでまたニック×子供パートだ!
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