吸血貴族、嗅ぎつける
「ハァ、ヤバいくらいに疲れたでヤバス……」
浮宙戦艦ヤバト、作戦司令室。部下を正面に立たせたまま、ヤバスチャンが司令用の椅子に深く腰掛け大きなため息をつく。真祖吸血鬼の強靱な肉体をもってしても、疲労が溜まらないということはないのだ……特に精神には。
「で、あの二人はどうしたでヤバス?」
「ハッ。ギャルフリア様は奇魚族の女性と一緒に町の住人に顔を見せて回っており、一通り終わり次第こちらにお越しいただけるとのことです。
マグマッチョ様の方は、心の傷を癒やしたいということでひたすら腕立て伏せをしておりました。こちらももう少し筋力を消費したら行くとのことです」
「筋力を消費……? ま、まあいいでヤバス。なら先にこちらで情報を整理しておくでヤバス。最初はヤバトの動力でヤバスが……どんな感じでヤバス?」
そう言って、ヤバスチャンはこの場で唯一の正規乗員であるヤバスガワに声をかける。外部協力者の船員達は招集が間に合わなかったため、今はヤバトには誰一人として乗っていないのだ。
なお、それで動かせるならどうして外部から人員を集めたのかという問いを口にするものはいない。様々な種族が一致団結して戦うという事実は、多少の効率など問題にならないほどに大切なことなのだというヤバスチャンの教えを無視するような愚か者がこの船に乗れるはずもない。
「整備のヤバブリン達から話を聞きましたが、やはり損傷が激しいようですね。一応工房まで戻るくらいはギリギリできるようですが、その後は修理というよりは作り直しになるようです」
「そんなヤバい顔をするなでヤバス。今回は無理をして飛ばしたのだから、仕方ないでヤバス」
「わかってはいるのですが、どうにも……」
悔しげな顔を見せるヤバスガワに慰めの言葉をかけるも、その表情が晴れることはない。
未だ未完成のヤバトを高速で飛ばすためには、どうしてもヤバス式魔法機関の出力が足りなかった。そのため極めて強引な手段としてたまたま近くにいたマグマッチョを機関内部に放り込み、その力で無理矢理にヤバトを動かしたのだ。
「ヤバトはヤバスチャン様と我らの夢の結晶。次こそは必ずヤバスの力だけで飛ばして見せます!」
「うむ、ヤバいくらいに期待しているでヤバス。では次、町の被害状況はどうでヤバス?」
「住民に関しては、おおよそ九割が無事を確認できております。ただ戦闘のみならず避難時の混乱で負傷した者も多いため、周囲の安全が確認できてもしばらくはヤバト内部で静養させた方がよいかと思われます。
それで、建造物の方なのですが……」
「ん? どうしたでヤバス?」
不意に部下が言いづらそうに言葉を切ったことで、ヤバスチャンが首を傾げつつ続きを促す。
「その……敵の破壊活動による被害も勿論大きかったのですが、何と言うか……ギャルフリア様の使われた魔法による被害が甚大でして……」
「あー……」
渋い顔をする部下の言葉に、ヤバスチャンはギャルフリアを見つけた時のことを思い出す。遠目に確認したところで慌てて近づいて止めたが、もしあのまま放置していたなら、きっと町は更地になっていたことだろう。
「ここは魔王軍にとっても重要な食料生産拠点でヤバス。予算は引っ張ってくるから、復興にもヤバい位に力を尽くすように」
「畏まりました。ヤバブリン達は動員しますか?」
「ふーむ。いつまでも隠し続けられるものでもないし、この際だから公開してしまうでヤバス。ここでヤバい位に役に立てば、他の四天王から無理を言われて使い潰されたりはしないはずでヤバス」
しばしの思案の後、ヤバスチャンはそう結論づける。実際自分の町を直すために尽力するのだから、ギャルフリアがヤバブリンを無体に扱うとは思えない。またあれだけ説教をされた今、マグマッチョも軽々に部下の命を使い捨てにしたりはしないだろう。
(問題があるとすればボルボーンでヤバスが、アイツは相変わらず姿を見ないでヤバス。一体何処で何をしているのか……)
「おう! 遅くなったぜー!」
「ごめーん!」
と、そこで司令室にギャルフリアとマグマッチョがやってきた。同格の四天王ということでヤバスチャンは席を立ち、全員が立った状態で改めてここまでの事を説明していく。
「てことは、マグマッチョのおかげでみんなが助かったってワケ? マジ凄いじゃん! チョーありがとー!」
「ハッハッハ! もっと褒めてもいいんだぜ? 俺様の筋肉があればこのくらい朝飯前だけどな!」
「わかった。じゃ、ママにも行っておくね」
「うおっ!? いや、それは…………」
「ふふふ、ジョーダン! でもママもきっとありがとーって言うと思うよ?」
「そ、そうか? ならまあいいけどな! ガッハッハ!」
高笑いするマグマッチョと、感謝するギャルフリア。そうして情報の共有を終えると、「今日は色々あったからゆっくり休んで欲しいでヤバス」という言葉を受け、二人が司令室を出て行く。
それを見送り、部下達も全員退室したところで、ヤバスチャンはようやく大きく息を吐いて体から力を抜いた。
「フゥー……やっと終わったでヤバス」
今思えば、一〇〇人もの敵兵が魔王軍の索敵に引っかかることなくこんな辺境まで辿り着いたこと自体が奇跡のような出来事だ。そんな突発的な襲撃に対し、この戦果は十分に誇るべきものだろう。
「人的被害が最小限に抑えられたのはヤバいくらいに僥倖だったでヤバス。とはいえ町の被害を考えると、これは当分海産物は駄目でヤバスな。ああ、基地に帰ったら猫妖族共に文句を言われそうでヤバス……ヤバス?」
ふと、そこでヤバスチャンの脳内に閃くものがあった。にわかに姿勢を正すと、真剣な表情で考え始める。
「人間一〇〇人はともかく、魔導鎧一〇〇着はまだそれなりに貴重なはずでヤバス。なのにそれを犠牲にするつもりで部隊を派遣して、得られた戦果が海産物の産出減だけ? 犠牲に対して報酬がヤバすぎるでヤバス」
勿論、ヤバスチャン達が助けに来なければ、もっと犠牲は増えていたことだろう。だがこう言ってはなんだが、この町に住んでいたのは一般人だ。全員死んだところで魔王軍の戦力が減ることはないし、食糧供給に関してもこの町だけでどうこうなるようなものではない。実際海産物が減ることが悲しいくらいで、これで魔王軍が飢えるなどということは無いのだ。
「なら、何でこんな無謀な作戦を敢行したでヤバス?」
人間側が負けているならばわかる。起死回生の一手、勝利の可能性を繋ぐ奇策として死を覚悟した特攻隊で食料生産に痛手を与えるのは反撃の手段としてありだろう。
だが、今現在人間軍は魔王軍をジワジワと押している。ならば戦力を無駄に分ける必要も危険を冒す理由もない。今のまま全軍で押し続ければもっとも少ない被害で勝利が手に入るのだから当たり前だ。
だというのに、何故こんなことをしたのか?
(一部の者が功を焦った? ありそうではあるでヤバスが、そんな奴らが途中で引き返すことなく魔族領域を横断するでヤバス? それとも……)
ヤバスチャンのヤバ色の脳細胞に、無数の可能性が浮かんでは消えていく。その全てに確実な証拠はなく、同時に否定するだけの根拠も無い。
「むむむ、今の段階では情報が足りなすぎるでヤバス。気のせい、考えすぎということもなくはないでヤバスが……」
そこで一旦言葉を切り、ヤバスチャンが上を見上げる。そこにあるのは天井だけだが、意識は遙か高みへと登っている。
「フッフッフ、これは何やら、ヤバ気な陰謀の匂いがするでヤバス」
ニヤリと笑うヤバスチャンの口元には、獲物を狙う鋭い牙がキラリと輝いていた。





