水女、唖然とする
港というほど整備されているわけではない船着き場。その向こうにある魚の生け簀などよりも更に奥に、その巨大な船は浮かんでいた。
あれほど大きな船が今まで何処にあって、何処からここにやってきたのか? 気になる事は幾つもあったが、それよりもまず真っ先に確認したいことが出来たため、ギャルフリアは一人水を操って甲板へと直接飛び上がる。
「うー……よっと!」
「うおっ!? だ、誰だ!?」
「ん? アタシはギャルフリアだよ。ねえ、ウチの町のみんなは何処にいるの?」
「ギャルフリア様!? あ、はい。町の皆様なら奥の船室の方にまとまっております」
「そっか、ありがと。あ、ヤバスチャン達もすぐそこまで来てるから」
「え、あ、はい! おーいお前等! ヤバスチャン様がお戻りだぞ!」
色の違うゴブリンっぽい船員にそう告げてから、ギャルフリアは船内へと入っていく。そうしてしばらく進んでいくと、やがて知っている顔に出会うことができた。
「あー! ウロコスとサッカナンじゃん!」
「ギャルフリア様!? お目覚めになったんですか!」
「心配してたんだぜー!」
鱗魚族のウロコスと、奇魚族のサッカナン。二人とも境界の森で共に戦った戦士であり、驚き喜ぶ二人がギャルフリアへと駆け寄ってくる。
「サッカナン! お前もうちょっと言葉遣いを気をつけろって言ってるだろ!」
「いいじゃねーか! ギャルフリア様とは子供の時から知り合いなんだしよぉ。だよな、ギャルフリア様?」
「いーよいーよ。二人とも体は平気? 森ではめっちゃやられてたけど」
「はい、何とか。ただそのせいで今回は町の防衛を担うことができず……お恥ずかしい限りです」
「それは仕方ないって。てか、それ言ったらアタシの方がずっと役立たずだったんだし」
「そんなことは……」
「ねえ、それより二人ともアタシのママのこと知らない?」
「あっ……」
ギャルフリアのその問いに、二人が露骨に表情を歪める。タカビーシャと同じその反応に、ギャルフリアは表情を厳しくする。
「その反応何? アタシのママに何かあったの?」
「それは……」
「な、なあギャルフリア様。それよりも先に他の奴らに会って――」
「ママは!? ママは何処にいるわけ!?」
サッカナンの言葉を遮り、ギャルフリアが語気を強めて言う。その睨み付けるような視線に、ウロコスが諦めの表情で答えた。
「…………動力室におります」
「おいウロコス!?」
「いつまでも誤魔化せるもんじゃないだろ。ただ、ギャルフリア様」
「……何?」
「どうか、気をしっかり持って下さい。俺達はみんな、ギャルフリア様の味方ですから」
「……………………ありがと」
何処か哀れむような視線を向ける二人と別れ、ギャルフリアは歩き出す。途中で他の知り合いにもすれ違ったが、その全員が例外なく同じような視線を向けてくることに、ギャルフリアの足は自然と速くなっていく。
(何それ。何なのこれ!? ママ……お母ちゃん……っ!)
きっと今更急いだところで、何も変わらないのだろう。早く辿り着いたなら、それだけ絶望が早まるだけなのかも知れない。それでもギャルフリアは止まることなく船内を歩き、辿り着いた動力室の分厚い扉をこじ開ける。
「おか――」
「だからそんな風に体を粗末にしたらアカンって、何回も言うてるやろ! そんなことしたらアンタのお父ちゃんやお母ちゃんがどんだけ悲しむと思うてるの!」
「いや、あの、俺様は獄炎の火山から生まれた精霊なんで、親とかは別に……」
「下らん言い訳しーなや! 火山から生まれたなら、その火山がお父ちゃんでお母ちゃんやろうが! 言うなれば大自然や! そんな凄いもんから生まれたくせに、何で自分を大事にできへんの! カーッ! そんなことじゃお父ちゃんかて恥ずかしくて山が禿げ上がるでホンマに!」
「で、でも、あの火山には木とか生えてないんで……」
「そう言う話やないやろ!」
「……………………ええ、何これ?」
ギャルフリアの目の前には、大声で説教をするオカーンとその正面で正座しているマグマッチョの姿があった。予想外にも程があるその光景に、ギャルフリアは完全に思考が停止してしまう。
「ん? お、おお! ギャルフリアじゃねーか! おい、お前今すぐ俺様を助けろ!」
「あ、コラ! まだ話は……って、フーちゃんやないか!」
そんなギャルフリアの姿を見て、オカーンが慌てて駆け寄ってくる。
「目ぇ覚めたんか! よかったわー! お母ちゃん心配で心配でずっと眠れんかったんやで! 体痛いところないか? お腹は? お母ちゃんが置いといたマチイモはちゃんと食べたんか?」
「う、うん。まあ食べたけど……てか、あれ? ママってば無事だったの!?」
「うん? お母ちゃんはずっと元気やで?」
「じゃ、じゃあこれは!? これアタシが寝てた倉庫の前で拾ったんだけど」
そう言ってギャルフリアが取り出したのは、血のような汚れのついた貝殻の破片。あの時砕いてしまったものを、ギャルフリアは大事に持っておいたのだ。
「これ、アタシがママに――」
「ん? それならお母ちゃん持っとるで? ほれ」
言って、オカーンが胸元から貝殻を取りだして見せる。それは間違いなくギャルフリアが贈ったもので、ならばこそギャルフリアの頭が混乱する。
「えっ、じゃあこれは?」
「お土産やないの? 割と人気商品なんやで、それ」
「お土産!? どういうこと!?」
「あれ、言ってへんかったっけ? お母ちゃんがフーちゃんにええもんもろたって自慢してたら、欲しがる人がぎょうさんおってな。そしたら町の子供が浜辺で貝を集めて同じように彫りもんしたのを、お店で売るようになったんよ。
子供達はお小遣い稼ぎができるし、ウチも売り上げの一部で美味しいもんが食べられるし、ええことずくめやね!」
「なーにーそーれーーーーーーーーー!!!!!!」
心の底からそう叫び、ギャルフリアがガックリとその場に崩れ落ちる。そんなギャルフリアのすぐ側に、物理的にも精神的にも小さくなったマグマッチョが近寄ってくる。
「おいギャルフリア! そんなことよりこの女を何とかしろ! お前の母親なんだろ?」
「マグマッチョ? てかアンタも何してるわけ?」
「俺様か? 俺様はヤバスチャンに頼まれてこの船を動かす力を貸してたんだが……」
「あ、アンタ! まだ話は終わってないで!」
「勘弁してくれ!」
いきり立つオカーンを前に、マグマッチョが素早くギャフルリアの背後に回り込んで身を隠す。
「いや、本当に何してるわけ?」
「知るか! 俺様がニックと戦った時の話をしていたら、突然この女が怒り出したんだよ!」
「当たり前やろ! 自爆とかそんなん一番やったら駄目な奴やん! 自分を大切にせーへん奴は、周りも大切にできへんねんで! フーちゃんと同じ四天王言うたら部下を持つ偉い人やねんから、尚更や!
偉いせいで誰も何も言ってくれへんねやったら、みんなの代わりにお母ちゃんが言ってやらな一生わからんで終わってまうんやで! だからほら、ちゃんと話を聞き!」
「わかった! もうわかったから!」
「ホンマか!? もう馬鹿なことせぇへんて、お母ちゃんと約束できるか!?」
「いや、それは……」
「わかってへんやないかい! 座り! ここ!」
「うぉぉ、来るんじゃねぇ! もう正座はこりごりなんだよ!」
「……ああ、やっぱりまだ終わってなかったか」
動力室を逃げ回るマグマッチョと、それを追いかけ回すオカーン。その光景をどう受け止めていいかわからないギャルフリアの背後から、不意にさっき別れたばかりの二人が言葉と共に姿を現す。
「ウロコス? これ何?」
「何っていうか……わかるでしょう? 仮にも四天王の方をおばさんがお説教してるとか、公言できるわけないじゃないですか」
「だよなぁ。これは流石になぁ」
「あー……うん。確かにわかりみが深いけども……」
ウロコスとサッカナンと共に、ギャルフリアは呆然とその光景を見つめる。
「まあでも、ママが無事でよかったかも」
「ちっともよくねぇよぉ! 誰か俺様を助けてくれぇ!」
「いつまでも逃げられると思ったら大間違いやでぇ! てやっ!」
「ぬあっ!? な、まさか俺様を素手で!?」
その平和(?)な光景は、ヤバスチャンが動力室に到着するまで続くのであった。