父、やっと呼ばれる
本日、拙作「威圧感◎」の書籍版3巻に関する追加情報と新たな番外編の投稿に関する話を活動報告にてあげております。是非ともそちらにも目を通していただけたら嬉しいです。
大臣の娘から呼び出された日から、更に数日。城に逗留すること一〇日目にして、遂にニックが謁見をする日がやってきた。
「ふむ。どんなものだ?」
「とても良くお似合いですよ」
部屋に持ち込まれた姿見の前でポーズを決めるニックに、ハニトラがほぼ本音で褒める。当初謁見用にと用意された服はやはりというかニックの体には大きさが合わず、結局ニックは今朝まで自前の服を着回していた。
だが、一〇日という期間があったおかげで今ニックが着ている服は彼のためだけにきちんと仕立てられた特注品だ。当然サイズもピッタリであり、今のニックは普段の野性味溢れる様相からやや清楚で落ち着いた装いに変わっていた。
『くっくっく。魔像にも衣装とは良く言ったものだな。なかなか様になっているではないか』
「ぬぅ……どうもこう、袖口がヒラヒラしているのが気になるな」
「そこは貴族の様式に合わせたとのことですから、我慢してください」
笑いを押し殺すようなオーゼンの言葉を無視し、何となくしっくりこない手首周りをしきりに気にするニック。大きさは問題無かったとしても、動きやすさより華美さを優先させた服は微妙に体に馴染まない。
それでも今日こそは遅刻することなど許されるはずもないので、ニックは幾度か手首を回し、肩と腰の動きを確認したところで妥協することにした。
「まあよかろう。では行くとするか」
「それでは私がご案内致しますので、着いてきてください」
そう言って歩き出すハニトラに先導され、ニックは今日も長い廊下を歩く。今回は今までとは方向から違い、曲がり角の多さも段違いだ。
「……ところでニック様。この数日の生活はいかがでしたか?」
「うん? 特にそれまでと変わったことはないぞ? 朝食を済ませれば訓練場で体を動かし、兵達と共に汗を流して飯を食い、日暮れの頃には部屋に戻って湯浴みと夕食。その後はちょいと本を読んで寝るだけだ。お主も知っておろう?」
「そうなのですが……その、何か不都合なことなどはございませんでしたか?」
「いや、何もなかった。本当に何もなかったぞ」
「そうですか。それは……ようございました」
言葉の裏を正確に理解した上でのニックの答えに、ハニトラは微妙な声でそう返事をする。それはこの場にいる誰もが「このままで終わるはずが無い」ということを理解しているからだ。
『あの時の感じからもっとチマチマと嫌がらせをしてくるかと思ったが、何もしてこないのは意外だったな。とは言え安心はこれっぽっちも出来んが』
オーゼンの呟きに、ニックもまた気を引き締める。小さく手を出してこなかったということは、大きな必殺の一手を持っている可能性が高い。それが物理的な力であればどんな物でもはねのけてみせる自信がニックにはあったが、権謀術数の類いであれば分が悪いことは自覚できている。
「では、こちらでお待ちください」
程なくして、ニック達はひときわ豪華で大きな扉の前にたどり着いた。両端には武装した兵士が立っており、その視線は真っ直ぐ正面に向けられている。
「名前を呼ばれて扉が開きますので、そうしたら中にお入りください」
「うむ。わかった。ありがとうハニトラよ」
「……あの、ニック様」
礼を言ってもう少し扉の前に歩み寄ろうとしたニックに、不意にハニトラが声をかける。
「その……どうか、ご武運を」
「はっは。任せておけ!」
この先に待っているのは間違いなく「戦い」だ。ならばこそのハニトラの言葉に、ニックは破顔して力こぶを作って見せる。その様子をみて嬉しそうにハニトラがはにかんだところで、扉の向こうからニックを呼ぶ声が大きく響いた。
「キレーナ王女をお救いした者、ニックよ! 王の御前へ歩み出るがよい!」
「どうやらお呼びのようだ。では、行ってくる」
最後にもう一度ハニトラに声をかけてから、ニックは大きく開け放たれた扉から謁見の間へと足を踏み入れた。周囲には何人もの武装した兵士や騎士、貴族の姿も沢山あり、その全てが中央を堂々と歩くニックに注目している。
「平民のくせにああも堂々と……恐れを知らぬとはこのことですな」
「なに、あの見た目です。頭が悪すぎて己の立場を理解することすらできないのでしょう」
「然り然り。武勇とは知と礼節が伴ってこそ。あのような蛮族まがいの男、いかに強かろうと――」
周囲から聞こえるのは、ニックを嘲る貴族達の声。そこに好意的なものはひとつもなく、ほぼ全員がニックを見下している。
『とても王族を救った人物に対する対応とは思えんな。これもあの大臣の娘……というか、大臣本人の差し金か? なるほど普通の者であれば、萎縮して足を踏み出すことすら出来ぬだろうな』
そんな貴族達を観察して、オーゼンが言う。だがそこには焦りや困惑は一切無い。この程度のことでニックが動揺するとはつゆほども思っていないからだ。
そして、それは正しい。身長二メートルを超える筋肉質の大男が、まるで己が王であるかのように力強く迷いなく深紅に染め上げられた王の敷物の上を歩み進んでいく。そのあまりに威風堂々とした立ち振る舞いに、悪口雑言を囁いていた貴族達の声も次第に小さくなっていった。
「そこで立ち止まり、跪くのだ」
ゆっくりと歩き続けるニックがほどほどの距離を進んだところで、王座の側に立っているでっぷりと腹の出た男が声を出す。それを受けてニックはその場に立ち止まり、膝を突いて頭を下げた。
「面を上げよ」
次いでニックの頭頂から、今ひとつ威厳に欠ける声が聞こえる。言葉に従いニックが顔をあげると、そこには王座に座る初老の男性の姿があった。
「よくぞ参った、ニックとやら。余はコモーノ王国国王、ジョバンノ・コモーノである」
王の名乗りに、ニックは何も言わない。ただの平民が許可も無く王に直答すれば、それだけで処罰の対象になり得るからだ。
僅かにでもニックの心証を削りたかった大臣の娘ココロは、両脇の列のなかで失態を犯さなかったニックに軽く歯噛みをしたが、当の大臣はすまし顔のまま変わらない。
「さて。キレーナから話は聞いておる。我が娘を救ってくれた功績を称え、余から報奨を与えようと思うが……ハラガよ。何がよいと思う?」
「そうですな。この者が発揮した武勇を鑑みれば、城の兵士として召し抱えるのはどうでしょう? 氏素性の知れぬ根無し草の冒険者には破格の待遇かと」
「ふむ。妥当なところだな。では、そちを我が城の兵として雇おう。今後は忠勤に励むがよい」
あらかじめ決められていたであろうそのやりとりに、ニックはやっと見えた敵の狙いの一端に小さく笑った。
(なるほど。そういうことか……)
思えば、この謁見の間に入った時からおかしいと思っていた。大臣達は自分を勇者の父、ジュバンの名を持つ名誉貴族だと知っていたはずだ。なのにそれを隠していたのはこのためだったのかと、ニックは一人納得する。
「どうした? 早く返答せよ」
黙したままのニックに、大臣が急かすように声をかける。確かにただの冒険者であれば、城勤務の兵士は破格の出世だ。それにただの平民であれば、王から与えられる褒賞に意見など言えるはずもない。
つまり、これはなし崩し的にニックを国内に取り込もうという算段をなのだ。了承すればニックはコモーノ王国の兵士となり、大臣の立場なら意のままに命令を下すことができる。
だが断れば大きな角が立つ。国王の面子を潰したとなれば、仮にジュバンの名を出したとしてもこの場での印象は最悪だ。最初にジュバンと名乗っていれば逆に兵になれと言う王の言葉の方が問題になるが、それをさせないためにこそ一連のやりとりがある。
(儂が名乗り返さないことを読んでいたか? なかなかに食えぬ男よ)
『断ることが前提の報奨。だが受ければそれまでか。なかなかによく考えられた策ではあるが、さて貴様はどうするのだ?』
挑発するようなオーゼンの言葉に、ニックの答えは決まり切っている。
「申し訳ありませんが、その報奨は受けかねます」
真っ直ぐに国王を見つめながら言ったニックの言葉に、謁見の間はにわかに騒がしくなった。





