父、絵を合わせる
『まったく、何故貴様は朝起きるだけで騒ぎを巻き起こせるのだ?』
「儂のせいか!?」
何とも賑やかな見送りをへて町を歩くニック。相変わらずの呆れ声を出すオーゼンに軽く抗議しつつも大通りを進めば、すぐに今日の目的地、町の中心にそびえ立つ巨大な賭博場の前まで辿り着いた。
「おおお、遠目で見ても凄かったが、近づくとより一層凄いな」
『何とも下品な豪華さに見えるが、賭博場ということであればむしろ理に敵っていると言うべきか? あの七色に光っていた貴族ほどではないのが救いだが』
「あれはなぁ……とりあえず荘厳さよりも派手さを強調しているというのは、遊び場としては正しい選択ではないかと儂は思うぞ」
高さこそ八メートルほどだが、横はどれだけ大きいのかわからない円形の建物。テカテカとした金色の外壁には所々に宝石のような石が埋め込まれており、建物の外部に間隔的に設置された照明の魔法道具が放つ光を反射して昼でもなおそれらがキラキラと輝いている。
そんな人の欲望がそのまま形になったような建物にたった一つだけ大きく口を開けた出入り口の前には早朝だというのに大勢の人だかりができており、入り口に立っている係の者の案内によって一人また一人とその中へ吸い込まれて行く。
『人の業を感じる光景だな。まあ我らとてそこに挑まんとする一人ではあるのだが』
「だな。では並ぶか」
そう言って周囲を見回し、ニックは列の最後尾に向かう。幸いにして人の進みは思った以上に早く、一〇分ほど待つだけでニックは無事賭博場の中へと入ることができた。
「いらっしゃいませ。お客様、会員証はお持ちでしょうか?」
「会員証? いや、ここに来るのは初めてで何も持っておらんが」
「失礼致しました。初めてのお客様にはあちらで当施設の案内をさせていただいておりますので、まずはそちらに行っていただけますか?」
「わかった」
係の者の言葉に従い、ニックは冒険者ギルドの受付のようになっている場所へと足を運ぶ。そうしてそこにいた係員に声をかけると、その男性は一礼してからこの場の利用方法を説明し始めた。
「この施設内では、ここ以外では現金はご利用になれません。なので最初はこちらで貨幣とチップを交換して頂きます。交換比率は銅貨一枚につきこちらの白いチップが一〇枚となります」
そう言って男が見せたのは、一般的な硬貨と同じような大きさ、形の真っ白い物体。手にしてみると妙にツルツルした質感をしており、重さは銅貨の半分もない。
「不思議な材質だな。一体何でできているのだ?」
「申し訳ありません。偽造防止のため、そういう質問にはお答えできかねます」
「ああ、それはそうだな。すまない、忘れてくれ」
「ご理解ありがとうございます。では続けますが、このチップはこの賭博場内部でのみ利用可能で、外への持ち出しは原則として禁止させていただいております。またこの白チップのみ一〇〇枚で上位である青チップと交換となり、それ以上に関しては青一〇枚で赤に、赤一〇枚で黒に……という一〇枚単位になっておりますのでご注意ください。
また、換金に関しては最低限青チップからとなりますので、そちらもお気をつけ下さい」
「む? ではそれに満たないチップしか手持ちにない場合はどうなるのだ?」
「お帰りの際にこちらにチップを預けていただければ、初回のチップ購入時に発行致します会員証にその枚数が記録されますので、次回来店時にそちらから引き出すことが可能です。
なお預け入れと引き出しはいつでも可能ですので、思わぬ大勝ちをした場合などは大量のチップを紛失する前に一度お預け入れいただくことをお勧め致します」
「なるほどなぁ。色々と考えているものだ」
その後も細々とした注意事項を聞いてから、ニックはとりあえず銅貨一〇枚を白チップ一〇〇枚に交換し、全てを手持ちにしてその場を後にした。一緒に貸し出された布袋にカラカラとチップを踊らせながら、ニックは改めて場内を見回していく。
「本当に色々あるな。さて何処から行くか……お主は何か気になるものはあるか?」
『そうだな。一番気になるのは、あの壁の端に並んでいる奴だろうか? あれは何だ?』
「うむん? いや、儂も初めてみるな……よし、ではそこから行ってみるか」
オーゼンの要望に応え、ニックは賭博場の壁際に二〇台ほど並んでいた不思議な縦長の箱に近づいていった。
「ふーむ、これは一体……?」
「お客様、こちらは初めてですか?」
謎の箱を眺めて唸っていたニックに、近くに居た係員が声をかけてくる。
「ああ、そうなのだ。これは一体どうやって遊ぶのだ?」
「こちらは『回転絵合わせ』という遊具でして、縦に回転して流れる絵柄をその下にあるボタンを押すことで止め、それが一列揃うと賞金が出る……という感じですね。白一枚から遊べますので、実際にやってみるのが一番わかりやすいかと」
「そうか? では……」
説明を受け、ニックは手持ちの白チップを一枚『回転絵合わせ』なる魔法道具に投入する。すると魔法道具からチャラチャラと音が鳴り始め、正面にある絵柄が高速で回転を始める。
「ふむん?」
ポン、ポン、ポンと、ニックが回る絵柄の下にあるボタンを押していく。するとあっさりと果物の絵柄が揃い、魔法道具の下からカランと白いチップが一枚落ちてきた。
「凄い! 一発で当たりましたね!」
「ああ、当たったが……入れた分と同じ枚数しか出てきておらんのだが?」
「ああ、それは揃えた絵柄によって倍率が変わるからです。では、ごゆっくりお楽しみください」
パチパチと手を叩いて祝福してくれてから、これ以上は説明することはないとばかりに係員がその場を離れていく。その後ニックは三〇回ほど『回転絵合わせ』を遊んでみたが、その表情は今一つ優れない。
『随分と難しい顔をしているが、どうしたのだ?』
「いや、これがなぁ……入れた枚数と同じだけ出てくる絵柄だけは狙って押せば止められるのだが、それ以外はどうも揃わないようにできているようなのだ」
『そうなのか? 確かに貴様が何度も失敗するのは不自然だとは思っていたが』
ニックの動体視力をもってすれば、この程度の高速回転は止まっているのと変わらない。そんなニックが何度も狙いを外しているのを不思議だと思っていたオーゼンだったが、その説明によって疑問の一部が氷解する。
『だが、周囲には貴様の外した絵柄を揃えている者もいるようだが?』
「うむ。故に何か揃うようになる条件があるのか、あるいはそれこそ運だけなのか……その辺を調べてやりこむのがおそらくこれの楽しみなのだろうが、儂にはどうにも合わぬようだ」
ニックからすると、賭け事というのは酒場の隅で誰かがやっているもの……つまりは対人戦である。なので運は勿論相手との駆け引きこそが賭博の醍醐味だという思いがあるため、魔法道具とにらめっこするこの『回転絵合わせ』には今一つ興味が惹かれなかった。
『ならば次は人と勝負するものか、あるいはもっと技術が生きるようなものを選べばよいのではないか? 見たところそういうものもあるようだぞ?』
「ああ、そうさせてもらおう。あそこのカードもいいが……お? 奥の方で的当てをやっているではないか! よし、まずはあれにしよう」
『的当て……嫌な予感しかせんが、程ほどにするのだぞ?』
「わかっておる! ちゃんと加減するから大丈夫だ!」
オーゼンの助言を笑って流しつつ、ニックが意気揚々と的当ての方に歩いて行き――
「対象、見つけました」
そんなニックの背を遠くから見つめ、一人の男が襟元につけた魔石に向かって小さくそう呟いた。