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父、寝る

「それじゃ、アタシ達の出会いを祝して、かんぱーい!」


「乾杯!」


 ふかふかと座り心地のよい長椅子に隣り合って腰掛け、ニックとソイネが手にしたグラスをカチンとぶつけ合う。そうして中身を呷ればひやりとした液体が喉を通り過ぎ、それを追いかけるようにカッと熱が駆け抜けていく。


「んぐっ、んぐっ……ぷはー! 美味しい!」


「うむ、なかなかの酒だな」


「でしょー? これアタシのお勧めなの! 飲みやすくて美味しいって他の子にも人気なんだから!」


「ほぅ、そうなのか。だがその割には他にこの酒を飲んでいる者はいないようだが?」


 多少薄暗い程度なら、ニックからすれば昼間の屋外と変わらない。その明瞭な視界で店内を軽く見回してみるも、同じ銘柄の酒瓶が置かれているテーブルは一つもなかった。


「そりゃ、これ割と高いもの。男の人が飲むにはちょっと弱いし、かといって女の子にご馳走するには値が張っちゃう。


 これが普通の酒場だったら女の子を口説くために奮発するとかもあるんだろうけど、ウチはそうじゃないしね」


 店内にいる女性は当然ながら全員が店員であり、どんなにいい雰囲気になったとしても金を払わなければその先は無く、逆にご機嫌など取らなくても金さえ払えば払った分だけ相手をしてくれる。


 ならば高価な酒で機嫌を取るより、その分の金を積んでこの後(・・・)の方を充実させたいと思う者が多いのは当然のことだ。


「勿論、それでも見栄を張ってくれるお客さんはいるけどね。ほら、たとえばあそこ」


 そう言ってソイネが目配せをした先にニックが視線を向けると、そこにはベロベロに酔っ払った小太りの男がいる。左右に半裸の女性を侍らせた男は上機嫌で酒を呷っているが、ろれつは怪しく目の焦点も合っていない。


「おぉぅ、あれは酷いな……というか大丈夫なのか?」


「へーきよへーき。あの人もう四回目だけど、強いお酒をジャブジャブ飲むのが格好いいと思ってるみたいで、毎回ベロンベロンになるまで飲むの。で、勿論きちんとお相手はするんだけど……前にこっそり漏らしてた話からすると、どうやら夜の間のことはあんまり覚えてないんだって。


 高いお金を出して馬鹿みたいにお酒飲んで、せっかくのお楽しみの時間のことは覚えてないのに、朝になったら頭痛と一緒に請求書を抱えて帰る……ウチとしては悪くないお客さんだけど、正直ちょっと同情しちゃうわ」


「なんともはや……ま、自業自得なのだろうが」


 店側が無理に強い酒を飲ませているなら話は別だが、自分の意思でそれを繰り返しているのであればそれ以外に言い様がない。それが知り合いならば諫めもするだろうが、見ず知らずの男となるとニックにできるのは哀れみの視線を向けることだけだ。


「さ、他人のことよりアタシ達はアタシ達で楽しみましょ! オジサマの格好いい冒険譚、聞きたいなー?」


 甘えるようにニックにすり寄り、上目遣いでソイネがそうおねだりしてくる。それに応えてニックが三つほど冒険譚を語り終えると、トロンと目を潤ませたソイネがニックの腕に数度唇を押しつけてから口を開いた。


「ねえ、オジサマ? もうそろそろ上にいかない?」


「ん? 言われてみれば寝るには丁度いい頃合いか。そうだな、では行くか」


「はーい。じゃ、行ってくるね」


 立ち上がったニックの腕にしなだれかかりながら、ソイネがまだ残っていた同僚に一声かける。如何にも金持ちそうな冒険者と全身から色気が溢れている女性という、客と店員のどちらの視点から見ても「当たり」を掴んだ二人に未だに相手の決まっていないソイネの同僚や興奮に鼻を膨らませている男性客からのねっとりした視線を受けつつニック達が階段を上がると、無数に立ち並ぶ部屋の一つにソイネが蠱惑的な笑みでニックを招き入れた。


「夢のお部屋にとうちゃーく! んふふー、それじゃオジサマ、まずはその鎧を脱ぎ脱ぎしましょーね」


「うむ」


 蕩けた蜂蜜のような声でそう促すソイネに、ニックは頷いて武装を解除していく。すると鎧の下に隠されていた見事な肉体が露わになり、ソイネがうっとりした顔でニックの胸に指を這わせてくる。


「うわ、わかってたけどすっごい筋肉! あれ、でも思ったより柔らかい?」


「ん? ああ、筋肉というのは力を入れていなければ柔らかいものだからな。こうすれば硬くなるぞ?」


 言って、ニックが軽く全身に力を入れる。するとソイネの指先に伝わっていたプニプニという感触が一瞬にして消え去り、どれほど力を入れても髪の毛一本分すらも指先が沈まなくなる。


「凄い、カチカチ! 嘘みたい!」


「ははは、鍛えておるからな。さてと、では寝る前にちょっと用を足してきたいのだが」


「はーい。場所は廊下の突き当たりだからすぐわかると思うけど、わからなかったら聞いてね」


「うむ」


 一言答えて頷くと、ニックが部屋を出て行った。そうして室内に残されたソイネは、ふと興味本位でニックの脱いだ鎧に手を触れてみる。


「ほんと、すっごい鎧……これ売ったら幾らになるんだろう?」


 勿論、きっちり登録して仕事をしているソイネは客の荷物を盗んだりしない。が、好奇心や悪戯心というものは年相応に持っている。


「綺麗な青。それに……おっも!? 何これ、どんだけ重いの!? こっちの剣も凄いけど……うぅ、これもめっちゃ重い……」


 ニックの装備は、どちらも重かった。魅力的な体型を維持するために努力はしていても戦士として鍛えているわけではないソイネでは、鎧どころか剣すら持って歩くのは難しい。


「はー、こんなの身につけて普通に歩いてたんだから、やっぱり凄い冒険者なんだなぁ、ニックさん。


 っと、こんなことしてないで、アタシもきっちり準備しないと」


 誰も居ない部屋で一人そう呟いてから、ソイネは素早く据え付けの棚を開くと中に用意してある道具でまずは軽く化粧を整え、小さな缶の中に詰まっている特製の油脂を指でひとすくいして唇に塗る。最後は香水を首筋と股の間に一吹きすれば、夜の華としての身だしなみは完璧だ。


「よし、完璧! 後は照明を調節して……」


「戻ったぞ」


 部屋の明かりをいい具合にしたところで、ニックが出て行った扉から戻ってきた。改めて正面から見る鍛え抜かれたその体は、気持ちを切り替えたソイネの女の部分をキュンキュンと反応させてくる。


「お帰りなさいオジサマ。どうする? もう少しお部屋でお酒でも飲む? それとも……すぐに寝ちゃう?」


「酒はもう十分だな。さっきも言ったがいい時間であるし、眠らせてもらおう」


「はーい。じゃ、オジサマ……」


 ニックの目の前で、ソイネの纏っていた薄い服がパサリと床に落ちる。今まで見えそうで見えなかった全てがさらけ出され……だがニックはそこで目をとめることなく、そのままソイネの横を歩き去ってしまった。


「ふぅ。ではおやすみ」


「ちょっ!? 何を……って、ああ、そういうこと?」


 ソイネに背を向け、ニックがベッドに横になる。その行動に驚いたソイネだったが、すぐに納得したように自分もまたベッドに横になり、ニックの大きな背中に抱きついた。


「フフッ、アタシみたいな女の子に責められるのが好きだなんて、オジサマったら可愛いんだから! いいわよ、いーっぱい責めてあ・げ・る」


 厚い胸板に手を回し、足を絡めてソイネは全身をニックの背に擦り付けた。しっとりとした太ももがニックの尻をくすぐり、薄い腹は密着してその体温を伝える。強く押しつけられた胸は大胆に上下運動を繰り返し、興奮して硬くなっていく先端がニックの筋肉をコリコリと揉みほぐしていく。


「どう? オジサマ、気持ちいい?」


「……………………」


 甘く蕩けるような声でソイネが囁きかけるも、ニックは何の反応も示さない。


「オジサマ?」


「……………………」


 体格差の問題で、ソイネの顔はニックの肩の辺りにある。なのでひょっとして聞こえなかったのかと少し声を大きくしてみるも、やはりニックの反応はない。


「オジサマ? ねえ、オジサマ?」


「……………………」


 仕方なく体を離してニックの耳元で囁いてみたが、やっぱりニックは反応しない。流石にこれはおかしいとニックの体を跨いでその顔を正面から見ると――


「…………グゥ」


「寝てる!?」


 完全に目を閉じたニックは、安らかな寝息を立てていた。

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[良い点] ダメだこのオッサン完全に娘にじゃれつかれてる扱いだわw
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