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娘、招かれる

「へぇ。中ってこんな風になってるのね」


 コツリコツリと足音を響かせながら、人気の無い城内をフレイ達一行は歩いていく。時刻は昼で外に面した大きな窓からは輝く太陽が見えているというのに、どういうわけか城内はどんよりと曇った雨の日のように暗い。


「感慨深い……と言うよりも、正直戸惑いの方が強いですな」


「そうねぇ。どうにも落ち着かないわぁ」


 いつも通りなフレイとは打って変わって、ロンとムーナの表情は冴えない。目に見える人影どころか何かが潜んでいる気配すら感じられないというのに、まるで空気そのものがまとわりついているように体が重く感じられるからだ。


「ってか、こんなに誰もいないのって何で? やっぱりアタシが来たから?」


「そう……だと思います。私も魔王城に入るのは初めてですが、ここに勤務している魔族達は沢山いるはずですから」


 気楽な口調で問うフレイに、一行を先導する唯一の部外者であるヤバスタリアがそう答える。見知らぬ他人より顔見知りの方が信頼できて当然だし、今回のような場合は城内に詳しくない方が却って罠に嵌められる可能性が低くて安全に感じるだろう……表向きそんな理由から案内人を任されたヤバスタリアだが、その身は僅かに緊張で震えている。


「警戒されてる? 歓迎されてる? 可能性は色々あるけど……ま、多分気を遣ってくれてるってのが一番なんだろうなぁ」


「……何故そう思われるので?」


 だというのに、目の前の勇者の娘は出会った時と何も変わらない。敵地の真っ只中でありながら飄々としているフレイの態度が腑に落ちなくて、ヤバスタリアは軽く振り返って声をかける。


「ん? そりゃあほら、アタシって勇者……元勇者だし? 今ここで言うのもなんだけど、色んな魔族の人とも戦ってきたわけじゃない。


 私を許せない魔族も、私が許せない魔族も、きっと沢山いる。だからいっそ誰とも会わないようにって配慮してくれてるなら、そりゃ気遣われてるんだろうなって思うわよ」


「そうですか……」


 軽く苦笑して言うフレイに、ヤバスタリアは曖昧な笑みを浮かべてそう答える。


 当たり前のこととして、ヤバスタリアは自分が単なる案内役ではなく、勇者を繋ぎ止める楔の役目を負わされていることをきっちりと理解している。もし城内で勇者が暴れるようなことがあれば勇者に負い目を与えるために真っ先に首を落とされるだろうし、上からの命令があれば己の命を省みず勇者を殺す刺客ともなるのだ。


(願わくば、このまま……いえ、それは私の考えることではありませんね)


 そんな複雑な胸中を悟られぬよう、ヤバスタリアは努めて冷静に案内を続ける。そうしてしばらく進んだところで、一行は遂に如何にもな意匠の施された大きな扉の前に辿り着いた。


「うわぁ、これ絶対この先に魔王がいる奴じゃん……いや、いるんだろうけど」


「そうですね。陛下はこの先でお待ちになっております……多分」


「え? 多分なの?」


「先程も申し上げましたけれど、私も魔王城に足を踏み入れるのはこれが初めてですので。教えられた通りの道順を辿って来ましたので間違ってはいないと思いますが、絶対かと言われると……」


「あ、そっか。えーっと……何か、ごめんなさい?」


「いえ、そのようなことは。では、私はこれで失礼致します」


 微妙な顔で謝罪の言葉を口にするフレイに、ヤバスタリアはここまで何も無かったことにホッと胸を撫で下ろして来た道を戻っていく。その後ろ姿が見えなくなったところで、目の前にある竜だか獅子だかの精緻なレリーフが彫られた扉がゆっくりと開いていった。


「よく来たな、勇者よ」


 扉の向こうにあったのは、暗い室内を幾つもの明かりで照らし出した大広間。その最奥にある玉座の上には、闇の衣を纏った邪悪なる魔王の姿が……無かった。


「まあ、とりあえずこっちに来て座れ」


「あ、はい。どーも」


 大広間の中央には木製の長机と椅子が設置されており、その一番奥に座っているなんとなく冴えない感じのオッサンが手招きをする。その光景に反射的にぺこりと頭を下げてから、フレイは仲間と共に近くの席に腰を下ろした。


「今茶を入れてやろう。しばし待て」


「えっ!?」


「何を驚く? 今この場には余しかいないのだから仕方あるまい」


 そう言いながらも、オッサンは慣れた手つきでテーブルの上に用意されていたティーセットでお茶を入れていく。そうしてフレイ達全員分のお茶を入れ茶菓子まで並べ終えると、オッサン……魔王は元の席に腰を下ろしてからフレイ達に向かって手を差し出す仕草をとった。


「さ、冷めないうちに飲むがいい」


「あ、ありがとう……」


 困惑した表情を浮かべながらも、フレイは出されたお茶を警戒しつつ口に含む。干し草のような香りのするお茶は鮮やかな緑色をしており、口に含むとほのかに甘い。


「あ、美味しい」


「茶菓子も一緒に食うのだ。お茶と合うぞ?」


「そうなの? じゃ、遠慮無く……あ、こっちはほのかに苦いんだ。でもお茶と一緒に食べると……おお、これは確かに合うわね」


 お茶の隣に置かれていた若草色の丸いパンのような物体は、手にするとフワフワと柔らかい。一口囓ってみると中にはモッタリとした具材が詰まっていて、それのほろ苦い味がお茶の甘さとよく合っていた。


「それはよかった。その茶は甘草茶という魔族領域ではよく飲まれているお茶で、茶菓子の方は余の地元で作っているマンドラゴラ饅頭だ。気に入ったのなら後で土産に持たせよう」


「えっ、いいの? ありがとう」


「ふふふ、気にするな」


 すっかり調子を取り戻したフレイは普通にお茶とお菓子を堪能し、その横ではロンとムーナも激しく戸惑いながらもお茶を飲み始める。その光景を確認してから、魔王はゆっくりとその口を開いた。


「にしても、まさかこのような形で余とお前達の対面が成るとはな……」


「そうね。アタシもこんな風に会うなんて、ちょっと前なら想像すらしてなかったかも」


 手にしたお茶を啜りながら、フレイが感慨深げにそう言って己の右手につけた腕輪を見る。


「まさか結界を通り抜けられる(・・・・・・・・・・)魔法道具があるなんてね」


 魔王城を覆っている、絶対不可侵の結界。本来ならば聖剣で破らねばならないそれを、しかしフレイは破壊していない。


「まあ、魔族とか魔物は普通に出入りしてるんだろうから、そりゃ出入りする方法はあるわよね。でも、それをアタシに教えちゃってもよかったの?」


「無論、よくはないな。その魔法道具の存在は、我らにとって最重要機密の一つだ」


 魔王自身すら知らないことだが、実は魔王城の結界は体内に魔石を有する存在……つまり魔族と魔物を素通りさせるようにできている。そしてこの腕輪は、身につけることでその者が「魔石を宿している」と誤認させることで結界を素通りさせる仕組みになっていた。


 もし万が一人間を裏切って魔王軍に加わるような者がいた場合に使うためのものだとボルボーンから手渡されていたそれは正しく効果を発揮し、今現在フレイ達は何の問題も無く魔王城……ひいてはその結界の中に存在することができている。


「だが、それを言うならこちらとて同じだ。まさかお前が本当に聖剣を手放す(・・・・・・)とはな」


「ははは……だって、そうしないと入れなかったんでしょ?」


 如何に腕輪で誤魔化しても、流石に聖剣を持ったまま結界を越えることはできない。だからこそフレイは宿敵である魔王に対峙することをわかっていながら、その腰に聖剣を携えていない。


 聖剣はどういうわけだか魔法の鞄(ストレージバッグ)に入らないので、今現在この世で二番目に安全だと思われる場所……シズンドルに停泊させている魔導潜の中に置いてきたのだ。


 なお、一番安全な場所は言うまでもなく(ニック)の手元である。


「なら、お互い様よ」


「そうか、お互い様か……」


 魔王が機密を明かし、勇者が武器を捨てたからこそ実現した、それは正しく奇跡の会合。三度魔王と勇者の殺し合った場所で、四人目の魔王と勇者がお茶を飲みながら話しをする。


「……改めて、自己紹介しておくわね。アタシはフレイ。勇者……元勇者……あー、でも、多分まだ勇者の力的なのは持ってるから、一応勇者? とにかくフレイよ!」


「貴方って娘は……私はムーナ。見ての通り魔術師よぉ」


「拙僧はロン。未熟ながらも神官を名乗らせていただいております」


 フレイに続いて、ロンとムーナもそれぞれに名を名乗る。それを静かに聞き終えると、不意に魔王の体から途轍もない圧力が放たれた。


「名乗られたならば、余も名乗り返そう。余はこの魔族領域の長にして、この地に住まう全ての魔族の王! お前達の前に立ちはだかる最後にして最大の障害!


 我が名はオモテボス! 人の世に終焉をもたらす四人目の魔王、オモテボスなり!」


 冴えないオッサンにしか見えなかった男は、紛れもなく魔王の風格を以て高らかに名乗りを上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王の名前はオモテボスか… 某アンチRPGのラスマエーダを彷彿とさせる名前だな
[一言] これじゃあほぼ噛ませじゃん 第三形態はあるのかな
[一言] 明らかに裏の人がいるやつじゃないですかw
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