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父、いい気分に浸る

遂に今回で600話となりました! ここまでお付き合いいただけている読者の方に、心から感謝させていただきます。これからも「最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される」をどうぞ宜しくお願い致します。

「何て言うか、凄い人だったね……」


「ああ、ありゃあ何とも言えず凄かったな……」


 嵐のような貴族の去った、夕暮れの町。朱く染まる空をボーッと見上げながら、ソメオとシミールの兄弟は未だに軽い放心状態にあった。


「まさかあんなのが来るとはなぁ……」


 相手に要求された無茶な仕事を、それ以上で成し遂げた。それは職人として誇りこそすれ決して謙るようなことではない。


 だからもしそれに理不尽な貴族が難癖をつけてくるなら自分が矢面に立って弟を守ろうという覚悟をしていたソメオだったが、流石にキラキラ輝きながら通り過ぎていくというのは予想の斜め上過ぎた。


「まあ、平和に終わったのだからよいではないか。ほれ、お主が洒落で口にしたであろう『祭り』が実現しただけのことではないか」


 そんな二人の背後には、巨体の筋肉親父が腕組みをして立っている。ニックもまたハデスキー子爵夫人が去って行った方向を静かな瞳で見つめており、その顔には堪えきれない苦笑いが浮かんでいる。


「祭り……ああ、確かにそんな事言ったっけなぁ」


「まさか兄さんの言葉が本当になるなんてね。あ、でも、そうするとニックさんへの報酬はどうしよう? これじゃ駄目だったんじゃない?」


 ニックが求めソメオが約束したのは、無理難題を押しつけてくる貴族に一泡吹かせるというものだった。だがやってきた貴族は七色に光り輝きながら去って行ったわけで、どうにもやり込めたという感じがしない。


 その気持ち自体はニックも同じだったが、だからといって不満などあるはずもない。問いかけたシミールにしても本気で心配しているわけではないので、それに対するニックの答えも当然に軽いものだ。


「ははは、別に構わんよ。あれはあれで他には代えがたい光景であったからな。というか、あれをやり込めるとなると……何だ? お主達で七色に輝く染め物を作るとかか?」


「おお、そりゃあいいな! まあできるとは思えないが」


「あれ、弱気だね兄さん? できるかできないかじゃなく、やるかやらないかなんじゃないの?」


「よーしシミール! 年長者としてこの俺がお前に素晴らしいことを教えてやろう!」


 ニヤニヤと笑うシミールに対し、ソメオはその肩に手を置いて真剣な表情をする。その丸い鼻がくっつきそうな程に顔を近づけられ、シミールがゴクリと唾を飲み込むと……


「いいか? 布ってのはな、染めても光らねーんだ」


「フゴッ!? 何だよ兄さん! 真面目な顔でそれはズルいよ!」


「お前が馬鹿なこと言うからだろうが! だからお前は青いんだよ!」


 思わず噴き出した弟に唾を吹きかけられ、ソメオが顔を拭いながら笑う。ずっと張り詰めていたものがなくなったおかげで、二人の笑顔はこれ以上ないほどに明るい。


「さて、それじゃ綺麗さっぱり仕事が片付いたってことで、今日くらいは酒を飲んで騒ごうぜ! 当然アンタも来るんだろ?」


「うむん? 儂も行ってもいいのか?」


「当たり前だろうが! 一緒に苦労して仕事した仲なんだから、今更遠慮なんてされたらそれこそ痒いぜ! シミールの店の方は物が色々残ってるから、俺の店の方でやろう。シミールもいいよな?」


「勿論! ということで、行きましょうニックさん」


「わかった、であれば馳走になりに行くとしよう」


 二人に誘われ、ニックはソメオの店の方へと足を運ぶ。一〇日ほど締め切っていたために室内は僅かにほこりっぽかったが、窓を開いて春の風と周囲の喧噪を呼び込み、綺麗に拭き上げたテーブルに途中で買った酒と料理をこれでもかと並べれば、あっという間に宴会場の完成だ。


「じゃ、俺達の仕事の大成功を祝して! 乾杯!」


「「乾杯!」」


 木製のジョッキを打ち付け合い、三人の男が酒を呷る。決して高価な酒というわけではないが、必死に働きやり遂げた後ということもあって、喉を滑り落ちていくそれは殊の外美味い。


 時に褒め合い、愚痴をこぼし、料理を摘まんで酒を呷る。楽しい時はあっという間で、気づけば窓から覗く空には大きな月が浮かんでいる。


「うぅん……もう一杯……」


「ケッ、だらしねーな」


 赤い顔で机に突っ伏し、幸せな顔で眠り込む弟の姿にソメオが笑いながら悪態をつく。その荒い言葉とは裏腹に、シミールを見る目は限りなく優しい。


「ははは、連日の疲れが出たのであろう。ソメオ殿の方は平気なのか?」


「あぁ? 俺はこのくらい何ともねーぜ! ってか、俺としてはアンタの方が意外だぜ。クサイムの居る場所と町とを馬鹿みてーな回数往復してるのに、何で全然平気そうなんだよ?」


「そこはほれ、鍛えておるからな!」


 若干トロンとした目つきをするソメオに、ニックは力こぶを作ってみせる。ついさっきまで喧噪に包まれていた空間が、今は嘘のように静かだ。


「……ありがとよ」


 そんななか、ソメオが手にした酒を見つめながらぽつりとそんな言葉をこぼした。視線の先で揺れる酒の水面には、ソメオにしか見えないモノがゆっくりと現れては消えていく。


「シミールは、ほれ……こんな性格だろ? 決して腕が悪いわけじゃねーのに、どうしてもいつもあと一歩が踏み出せない奴だったんだ。だから今までずっと俺がコイツを引っ張ってきたんだが……」


 そこで一旦言葉を切って、ソメオはクイッとコップを傾ける。水面に映った光景ごと体の中に流し込めば、過ぎ去った思い出がカッとソメオの腹を熱くする。


「コイツももうすぐ人の親だ。ならいつまでも俺の後をついてくるような生き方ばっかりさせちゃおけない。だからこそ今回の仕事はいいきっかけになると思って、ちょっとばかり無茶を覚悟で引き受けたんだが……アンタのおかげでそれが最高の形で終わった。


 だからアンタには感謝してるんだ。ありがとよ、ニック」


「ふふ、改まって言われるほどのことではないぞ? 儂もまたお主達と同じく、受けた仕事を完遂しただけだからな」


「それでもだよ。難しい仕事をやり遂げたことは確実に自信になる。それはコイツだけじゃなく、コイツの子供にとってもだ。


 シミールの奴はどうせ自分じゃ言わねーだろうから、その内俺がこっそりと話してやるんだ。俺の自慢の弟でお前の最高の親父は、お前が産まれる前にこんな凄い仕事をやったんだぞってな。へっへっ、きっと楽しいことになるぜ?」


 クックッと喉を鳴らしてから、ソメオは再びコップを傾ける。酒の水面に映っていた未来が体の隅々まで染み渡り、その幸せがソメオの胸も熱くする。


「……アンタ、もうすぐ行っちまうんだろ?」


「ああ。明日の朝には町を立とうと思っている」


 ソメオの問いかけに、ニックは静かにそう答える。別に急いでいるわけではないが、ニックのなかにはこの町での冒険をやりきったという感が生まれている。であればズルズルと滞在するよりもスッパリと旅立った方が気持ちがいい。


「そうか。ま、アンタは旅人だもんな。引き留めるつもりなんてねーし、シミールがこの調子じゃ、見送りも無理だろうな」


「いらんいらん。今夜ここで酒を酌み交わせたのだ、今生の別れというわけでもないのに、それ以上など求めんさ」


「わかってるよ。だからこそ、今言っておくんだ。アンタはこの町の……そして俺達の恩人だ…………」


 うつらうつらとソメオの頭が揺れ始める。ぼやける視界でコップに残った最後の酒を飲み干すと、ソメオはようやく首を動かしてニックの顔を見る。


「アンタに仕事を頼んでよかった……………………」


 その一言を残して、ソメオもまた眠りへと沈んでいった。その二人を起こさないようにそっと席を立つと、ニックはそのままソメオの店を後にする。


『こんな別れ方でよかったのか?』


「何を言っておる。これ以上の別れ方などあるまい?」


 美しい月が天頂に輝くなか、オーゼンの問いに答えながらニックは一人夜道を歩く。


「すぐに宿に戻ってもいいのだが……せっかくだ、少し歩くか」


『いいだろう。我も付き合ってやる』


 月の光に照らされる夜の帳は、ソメオ達が染め上げた布のように深く美しい紫に見える。


「気持ちのいい夜だ。この向こう側にはどんな明日が待っているのだろうな?」


『貴様のことだ。どうせ次も今回のように賑やかなものに決まっておる」


「はっはっは、そうだな」


 朝日まではまだ遠い。ニックは先程まではできなかった相棒との語らいをゆっくりと楽しみながら、この町での最後の時を堪能するのだった。

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[一言] やべえ、区切りいいし、終わりのやりとりがなんとも 「完」な感じすぎるから!まだ、折り返してもいませんって言ってくれ
[一言] 600回おめでとうございます そして、面白いお話をありがとうございます 記念すべき回に相応しいお話でした 次回も楽しみにしております
[良い点] 祝600話!ほんとにおめでとうございます\(◦´-`◦)/ [一言] セチガレーナさん以外は人は概ね満足出来たお話でした。大団円とはこーゆーのを言うのですね(棒 蓄光塗料でも…とは思った…
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