派手貴族、輝く
「奥様、町の門まで辿り着きました」
「わかりました。ではセチガレーナ、速やかに馬車を開放形態に作り替えなさい」
「畏まりました」
町の入り口で馬をとめると、サラスのその言葉に従ってセチガレーナが馬車の上半分を解体していく。サラスの乗っている馬車は特注品であり、一見すると通常の箱馬車なのだが、手順に従って部品を外していくと屋根とそれを支える骨組みだけを残し、周囲の板が外れて吹きさらしになるようにできているのだ。
(あー、重い……毎回コレをやるくらいなら幌馬車を使えばいいのに……)
内心そんな愚痴を呟きながら、セチガレーナが何十もの板を外しては馬車の下部にある収納にしまっていく。この仕組みのせいで普通ならば積める荷物が一切積めなかったり、どうしても気密性が低くて冬場は隙間風が寒かったりといいことはまるでないのだが、それでも主の趣味と言われてしまえば受け入れざるを得ない。
「で、できました……」
「ありがとうセチガレーナ。では進みますわよ」
「はい……はぁ」
そんな様子に困惑の表情を浮かべる門番達を余所に、肩で息をするセチガレーナが乗り込んだところで馬車が再びゆっくりと前に進み始める。すると程なくして道の両端に町人達が立ち並び始めた。
「あらあら、やっぱり庶民の服はみすぼらしいわねぇ」
「そうですね。まあ、奥様に比べられるものではないかと」
セチガレーナの目から見ると、そこに立ち並ぶ人々はそれなりの服を着ていた。少なくともつぎはぎだらけの普段着を着ている者が一人も見当たらないだけでも、小さな町としてはかなり異例のことだ。
とは言え、そこは貴族と平民。そもそも衣服にかける金と情熱が違うのだから、サラスから見て素晴らしい服などというものを一般の民が着ているはずもない。
見苦しいほど酷くはないが、決して上等でもない。そういう民に見送られることで、サラスの機嫌は上々であった。
「オーッホッホッホ! 余所様の領地ということでどうかと思いましたが、やはりこの程度……?」
が、それもつかの間。しばらく馬車が進むと、とある地点から明確に服の質が変わる。
「……セチガレーナ? あの服は何かしら?」
「さ、さあ?」
道の左右に居並ぶ人々の服が、一斉に真っ赤、あるいは真っ青なものになる。それをお洒落と呼べるかは別として、少なくとも衣服としての質は一段も二段も高いものに思える。
「平民にしては割といい服を着ているわね……でも、何でみんな真っ赤か真っ青なのかしら?」
「あー、流行ってる、とかじゃないですかね?」
「そ、そう。まあ流行は大事よね……」
ごく少量のフリルがあったりほんの少しスカートのプリーツに飾りがあったりと、何とかして差違を出したいという職人の拘りが感じられる衣服。だがそれもここまで派手な色に統一して染められていると正直あまり効果があるとは思えない。
そんな服を着た人々にセチガレーナが困惑の表情を浮かべていると、不意にサラスが不穏な呟きをこぼす。
「ねえ、セチガレーナ? 私、ちょっと負けてないかしら?」
「い!? いえ!? そんなことは全く無いと思います!」
「そう? そうよねぇ……でも念のため、アレを使っておこうかしら」
「で、ですが、こんな昼間に使っても――」
「セチガレーナ。一番を起動しなさい」
「……畏まりました」
有無を言わさぬサラスの言葉に、セチガレーナは馬車の天井に据え付けられた魔法道具を起動する。するとそこから眩しい程の赤い光が降り注ぎ、サラスのドレスに縫い付けられた宝石がそれを浴びてキラキラと輝いた。赤く輝く宝石と青いドレスの組み合わせは、平民達の着ている赤と青の服と比べて明らかに豪華だ。
「オーッホッホッホ! やはり私はこのくらい輝いていないと調子が出ませんわぁ!」
(ああ、またお金が……)
すっかり機嫌を取り戻したサラスを横目に、セチガレーナはこっそりとため息をつく。昼間ですら明るく感じられるその魔法道具を使うには、通常の照明などとは比較にならないほどの魔力……要は魔石を消費する。サラスの身につけた宝石を輝かせるためだけに、今も自分の給料三ヶ月分よりも高い魔石がガンガン消費されているのだ。
(でも、これも町を出るまでの我慢……規模的にそろそろ半分を超えるだろうし、もうちょっとで……っ!?)
「なっ!?」
もっとも、そんなセチガレーナの願いは叶うことがない。町の中央を過ぎた辺りで、再び町人の纏う衣服が大きく様変わりしたからだ。
「む、む、む、紫!? こんな、みんな、紫ですってぇ!?」
通りの左右に居並ぶ人々が、皆一様に高貴なはずの紫の服を身に纏っている。そのあまりにもあり得ない光景に、サラスが驚きで声をあげてしまう。
「……セチガレーナ。これはどういうことかしら?」
「え……あ、う……」
(何で? 何で? 何で!?)
感情を押し殺したような声で問いかけてくるサラスに、セチガレーナは言葉を詰まらせる。ほんの二週間前に調べた時にはこんな情報はなかったので、何が何だか本気でわからない。
「貴族である私が青いドレスを着ているというのに、何故それを見送る平民達が紫の服を着ているのかしら? しかも割といい光沢をしていますわよね……まさか私の服より高級なのかしら?」
「そ、そんなことはありません! 絶対! 奥様の方がきらびやかですから!」
流石に馬車に乗ったままでは、布の質まではわからない。だが太陽の光に照らされた町人の衣服はいい具合の光沢を放っており、庶民が背伸びをして使うくすんだ紫とは一線を画すものに見える。
勿論、宝石を抜きにしてもサラスの着ているドレスの値段の方が圧倒的に高くて質もいいのだが、ここで重要なのは商人が幾らの値をつけたかではなく、サラスの気持ちの問題。
「こんなの、認めるわけにはいきませんわ。私が、私こそがここで最も輝く存在でないなど、そんなの絶対に認められません!」
「奥様!? まさか……!?」
怒りに顔を歪めるサラスに、セチガレーナはすがるような視線を向ける。その先の言葉を聞くのが今は何よりも怖い。
「セチガレーナ。やってしまいなさい」
「そんな!? お許しください奥様! それだけは、どうか……っ!」
「差し出口を! 私がやれといったらやるのです!」
「お気をお鎮めください! 後生ですから!」
「ええいっ! 貴方がやらないなら、私がやりますわ!」
「奥様!」
悲鳴を上げて縋り付くセチガレーナを振りほどき、サラスが馬車の席を立つ。そうして決意の籠もった目を向けると……天井に設置されていた残り六つの魔法道具を起動させてしまった。
「あああっ、そんな……っ!」
瞬間、馬車の天井から七色の光が降り注ぐ。それがピカピカと光ったり消えたりを繰り返すことで、サラスのドレスに縫い付けられた宝石が七色の輝きを周囲に振りまいていく。
「オーッホッホッホ! 輝いてますわ! 私輝いてますわぁ!」
「お金が! お金が湯水の如く消費されていく……っ!」
虹の如く七色の輝きに包まれるサラスを前に、セチガレーナはガックリとその場に崩れ落ちる。ハデスキー家のお抱え錬金術師の手によって作られた、七色の強力投光具。七つということはつまり、魔石の消費も七倍である。
「さあ、下々の者よとくとご覧なさい! これがハデスキー家の力! ゲイミング様の力によって、私、色鮮やかに輝いておりますわよ! オーッホッホッホッホ!」
「ええ、ええ。光って……眩く光っておいでです。とてもとても尊い輝きでございます、奥様……っ」
これ以上無い程に輝いている主の姿に、セチガレーナの瞳が潤む。眩しかったのだ、物理的に。尊かったのだ、金銭的に。
「ふふふ、やはりゲイミング様は素晴らしいですわ! 今度は馬車の車体や車輪にも光る魔法道具を組み込んでいただこうかしら?」
「そう、ですね。そうなるといいですね……」
昇給はもう諦めよう。でも早めに次の奉公先は探そう。セチガレーナが強くそう決意するなか、虹色に輝くサラスを乗せた馬車は大通りを進んでいく。やたらと眩しい貴族一行は、こうして高笑いと輝きを残して町を去って行くのだった。





