父、合体させる
「おーい! 最後のクサ……ではない、アカイムとアオイムを持ってきたぞー!」
新たな依頼を受けた日から、ちょうど三日。ニックは遂に予定数であったアカイム、アオイム双方五〇匹ずつの捕獲を完了し、その最後の五匹ずつを手にシミールの店へと戻ってそう呼びかけた。するとすぐに店の奥からソメオが顔を出す。
「ああ、来たか……」
「だ、大丈夫かソメオ殿!?」
現れたソメオのげっそりした顔つきに、ニックは思わず心配して声をかける。ソメオのやつれっぷりはかなりのもので、艶のあった口ひげも今ではすっかり垂れ下がっている。
「あー、大丈夫か大丈夫じゃねーかで言えば、大丈夫じゃねーな……でも仕方ないだろ? アンタが凄い勢いでク……じゃない、イロイムを持ってくるんだからよ」
今現在、シミールの店には外部から手伝いに来ている者達が大量にいる。そこで「クサイムを原料にしている」というのを知られてしまうと様々な風評被害が懸念されるため、店の中ではシミールが考案した「イロイム染め」という名称を徹底するように注意していた。
「……もうちょっと少しずつ運んだ方がよかったか?」
「馬鹿言うなよ。ちょこちょこ加工する方が結果としては何倍も手間がかかるんだから、こっちの方がよかったに決まってるじゃねーか。今苦労した分後が楽になるんだから、文句なんか言ったら罰が当たるぜ」
クサイムの体液を染色液に加工することと、染めの最終段階で色むらを無くす部分だけはどうしてもソメオとシミールにしかできない。なので早い内に染色液の加工を終わらせ、後は仕上げだけに専念できるというのは二人にとっても好ましい状況なのだ。
もっとも生きたままのクサイムを放置する訳にはいかないため、その処理だけは迅速に行わなければならない。だからこそニックが予想を遙かに超える速度でクサイムを捕獲してくることで二人には多大な負担がかかっていたのだが、それに文句を言うのは筋違いだとソメオもシミールも当然理解していた。
ちなみに、ソメオまでシミールの店にいるのは、二店に分かれて作業をするのはそれぞれに荷物を運ばないといけないため効率が悪いからだ。元々シミールとその妻が二人で暮らしていた場所なのと、近所のご婦人方の炊き出しがあるため生活に不便しているということはない。
「はぁ、やっとこれで終わりか。コイツを仕込み終わったら、流石にちょっと休ませてもらうぜ。徹夜続きなんてのはいい仕事の敵だからな」
「是非そうしてくれ。儂にあれだけ言っておいて、お主自身が不調で倒れたなどとなったら笑えもせんぞ?」
「ははは、わかってるよ。んじゃ、早速――」
「兄さん! 来てくれ、兄さん!」
と、その時奥の作業場の方からシミールの大きな声が聞こえてくる。すぐに職人の顔つきになったソメオがそちらへと向かい、万が一を考えニックも麻袋をそこに置いて後に続くと……顔を真っ青にしたシミールの足下には、赤い液体が広がっていた。
「おおぅ、これは……」
「シミール……お前、やったのか?」
「ご、ごめん兄さん。でも、どうしようもなかったんだ……」
広がる赤い染みのうえで、青い服を着たシミールがガックリと膝を落とす。その周囲には無残な死体が破片となって飛び散っており、辺りには鼻を突く独特の臭いが立ちこめている。
「はぁぁぁぁ……まあやっちまったもんは仕方ない。まずは後片付けだ。手伝いの奴らにばれないようにな」
「う、うん」
大きなため息をつくソメオの言葉に従い、シミールもまた手を動かす。そうして二人が片付けるのは、当然ながらクサイムの死体とその体液だ。
「……逃がしてしまったのか?」
「そうなんです。疲れが溜まっていたせいか、ついボーッとしてしまって……ははは、お恥ずかしい」
「実害はほぼ無いとはいえ、一応魔物だからな。この部屋から逃げ出させるくらいなら無理に触ってでも弾けさせちまった方が問題がない。そういう意味じゃシミールの判断は間違っちゃいないんだが……だからって後片付けが大変なのは変わんねーからなぁ」
苦笑しながらもモップを手に床や壁に広がった赤い液体を掃除していくソメオと、太い木の棒に細い木の棒が無数に生えているような形の謎の器具を拭き清めていくシミール。そんな二人にニックも掃除を手伝おうかと思ったが、ふと室内に他の気配があることに気づく。
「む? シミール殿、まだそちらに気配があるぞ?」
「えっ!? まさか他にも……あああっ!?!?!?」
ニックの指摘した方に顔を向けたシミールが、さっきとは比較にならないほどの大声を出す。
「どうしたシミール!? ビックリするじゃねーか!」
「に、兄さん! これ!」
「あーん? 何が……うぉぉぉぉ!?!?!?」
シミールの指さす物陰を見て、ソメオもまた大声をあげる。一体何がとニックもまたそこを覗き込めば、そこには何と紫色のクサイムがプニョプニョと蠢いていた。
「うむん? 紫?」
「何で!? どうして!? ニックさん、まさか紫色のクサイムを見つけてたんですか!?」
「いや、儂が捕まえてきたのは普通の……というと違うかも知れんが、とにかく赤と青のクサイムだけだぞ?」
「で、でも! でもほら、これ! 紫! 紫なんですよ!」
「うむ、紫色だな」
「どうして!?」
「いや、それを儂に聞かれてもな」
興奮して問いかけてくるシミールに、ニックは心底困った顔でそう返すことしかできない。
「どういうことだ? 何で紫になった? 今までと何が違う? 染色液に加工した後は勿論、体液の状態でも混じらないのはわかってることだ。なら何で……」
それに対して、ソメオは真剣な表情で考え込む。目の前でプニョプニョと蠢く紫色のクサイムを見つめ――
「いや待て。生きてる? まさか……生きてる状態でなら混ぜられる、のか?」
その時、ソメオの脳内に閃光が走った気がした。素材を加工するという意識はあったが、まさか生きている魔物をそのまま合成しようなどとは今まで考えたこともなかったのだ。
「こうしちゃいられねぇ!」
「おっと!?」
その閃きが消えないうちにと、ソメオはニックの巨体を押しのけて店の住居部分へと戻り、すぐにニックが置いていた二つの麻袋を手に作業場に戻ってくる。
「兄さん? どうしたの?」
「いいから見てろ!」
不思議そうな声を出す弟をそのままに、ソメオはまず麻袋と同じ加工を施してある大きな木桶の中にアカイムを入れる。通常ならばこの後刃物を入れて体液を木桶の中に回収するのだが、今回はそこにアオイムの方も投入していく。
「何やってるんだよ兄さん! こんなことしたらまた混ざらない体液がまだらになっちゃって、分離するのが凄く面倒に……」
「だから黙って見てろ!」
シミールの抗議を完全に無視し、ソメオはジッと木桶の中を見つめ続ける。だが五分経ち、一〇分経ってもアカイムとアオイムは狭い木桶のなかでプニョプニョとし続けるのみ。
「単に一緒にすればいいってだけじゃないのか? なら一体何が……」
「むぅ。よくわからんが、その紫のと同じ状況にしたいのであれば、この木桶に入れていては駄目なのではないか?」
「っ!? そうか!」
ニックの何気ない呟きに更なる閃きを与えられ、ソメオは目を爛々と輝かせてニックに詰め寄る。
「おいアンタ! この木桶を壊せるか?」
「これをか? そりゃ壊すだけなら簡単だが」
「ちょっ、兄さん、本気!?」
「本気に決まってるだろ! 確かめ終わったら木桶は俺の店から運んでくりゃいい。だから今は……頼む、ニック!」
「ふむ、わかった」
ソメオの言葉に、ニックは木桶を桶の形に留めている金属製の輪をペキンと壊して外す。すると形を留められなくなった木の板がパタパタと外側に倒れていき、クサイム達を覆っていた特殊な染料が無くなって……
ぷにょーん!
「……おおおおおおおおお!?!?!?」
安定した空間を失ったクサイム達が、その身を寄せ合い融合していく。その結果三人の目の前で、件の紫色のクサイムが誕生した。