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父、心配される

「戻ったぞー!」


 町へと帰り着いたニックは、裏口の方からシミールの店に入ってそう中に呼びかける。するとすぐに店の奥からやってきたソメオが、怪訝な声でニックに応えた。


「おいおい、何だ? こんな半端な時間に戻ってくるってことは、何か問題でもあったのか?」


「いや、言われたとおり捕まえてきたぞ」


「は?」


 ニックの言葉に、ソメオが困惑の表情を浮かべる。その上でニックの肩に大きく膨らんだ麻袋が二つ担がれているのを見つけてしまい、その混迷は更に深まっていく。


「捕まえてきた? え、もうか? いや、だってこの時間じゃ片方に行って帰ってくるくらいで、クサイムを捕まえる時間を考えたら……」


「ははは、そこはほれ、頑張ったのだ! これでいいのだろう?」


 自分の中の常識が、ニックの言葉を否定する。だがニックが笑いながら麻袋を降ろしてその口を開けば、中にはそれぞれ赤と青のクサイムがプニョプニョと蠢いているのが目に入る。


「うわ、本当に入ってるぞ……?」


「ただいま兄さん……って、あれ? ニックさん?」


 と、そこに本来の店の主であるシミールが戻ってきた。入り口付近に立ち尽くす兄とニックの姿に、シミールは軽く首を傾げながら側にやってくる。


「どうしたんですかニックさん? まさか何か問題が?」


「ふっ、やはりお主達は兄弟だな。まさか同じ事を問われるとは」


「おいシミール。これ見てみろ」


 思わず苦笑するニックを余所に、ソメオが床に置かれた麻袋を指さして言う。それをシミールが覗き込めば、当然そこには何匹ものクサイムがプニョっていた。


「クサイム? え、兄さんまだ仕込みをしてなかったのかい?」


「違う。これはコイツが……ニックが捕ってきたんだ。たった今な」


「えええっ!?」


 ソメオのその言葉を聞いて、シミールが慌てて店の外に駆け出していく。そうして空を見上げて時間を確認すると、ホッとした表情で店の中へと戻ってきた。


「よかった、気づいてないだけでもの凄く遅くなってたのかと思っちゃったよ……あれ? でもじゃあ、どうやって? こんな時間じゃ片方に行って帰ってくるだけでも厳しいよね?」


「頑張ったらしいぜ?」


「うむ、頑張ったのだ!」


「あー、そうなんだ……それは、うん。凄い頑張ったんですね……」


 胸を張るニックに、シミールは曖昧な笑みを浮かべて答える。目の前にある現実に理解も納得もできないが、然りとてクサイムはここに存在している。その微妙な顔を見て、ソメオが同情するようにポンとシミールの肩に手を置いた。


「俺も同じ気持ちだが、悪い事じゃねーんだから黙って受け入れろシミール。それよりそっちはどうだったんだ?」


「商業ギルドの方には話を通してきたよ。遅くても明日の昼には人をよこしてくれるってさ。


 お金の方の交渉もできたから、それに合わせてお得意様の人達にも声をかけてきた。そっちも早い人は明日から大丈夫だって」


「そうか、なら一安心だな。じゃあ俺達はコイツを仕込まねーとな」


「手伝うよ兄さん」


 ソメオ達が声を掛け合い、床に降ろしてあった麻袋をそれぞれ一つずつ手にして店の奥へと行こうとする。と、その背中を見てニックは慌てて二人に声をかけた。


「おっと、待ってくれ。すぐに次を捕りに行くから、先に麻袋を用意してくれんか?」


「今すぐか!? こっちとしては助かるけど、少しくらい休んでもいいんだぜ?」


「この程度なら問題ない。それぞれ五〇匹ずつということだったから、夜も作業を続ければ……余裕を見ても三日あれば集まるだろう」


「……なあ、アンタ」


 笑ってそう言うニックに、ソメオは手にしていた麻袋を降ろして歩み寄る。その表情は恐ろしい程に真剣で、側で見ているシミールが少し怖いと思ってしまうほどだ。


「確かに俺は急ぎでクサイムが欲しいって言ったぜ? でも、だからって俺はアンタに負担を全部押しつけるつもりなんてない。他の冒険者にも依頼してるし、アンタだけに頼りっきりってことはないんだ」


 今こうして予想を遙かに超える速度でクサイム達を捕獲してきてくれたことからしても、ソメオはもうニックの腕を疑ってはいない。でもだからこそ、目の前の気のいい男を自分達の為に使い潰すような真似は絶対に許容できない。


「忘れないでくれ。アンタに約束した最高の報酬を受け取ってもらうには、最後の日にアンタがちゃんと元気でいてくれなきゃ困るんだ。その辺ちゃんとわかってんのか?」


 強い口調で、ぶっきらぼうな物言い。だがその心底にあるのは相手を思う純粋な気持ち。それがしっかり伝わっているからこそ、睨み付けるようなソメオの視線をニックは正面から受け止める。


「わかっておるさ。だからこそ重ねて言うが、本当に大丈夫なのだ。天から降り注ぐ燃える岩を三日三晩迎撃し続けた事に比べれば、脅威など無いに等しいこの仕事では疲労を覚えることの方が難しいくらいだからな」


「……へっ、上等だ! そんな冗談を口にできるくらいなら、いらない心配だったか」


 余裕綽々で笑うニックに、ソメオは呆れた声で答えた。子供でも言わないような例え話を持ち出されては、苦笑しつつも受け入れるしかない。


「おいシミール。冒険者に出してた依頼は全部取り消してこい。その分の麻袋をコイツに回す」


「いいの兄さん!? それは流石に……ニックさんが駄目だったら取り返しが付かなくなっちゃうよ?」


「いいんだよ。どのみち普通の手段で冒険者達が持ってきてくれる量だけじゃ足りないのはわかりきってんだ。なら俺はコイツに、ニックに賭ける!


 危険なんざ承知も承知! それでも自分が信じた目に一点賭けしてこそ男だろうが!」


「兄さん……」


 ソメオとシミール、兄と弟がしばしその視線をぶつけ合い、やがてシミールが小さくため息をつく。生まれたときからの付き合いなのだから、こんな時兄が何を言っても考えを変えないことは自分が一番よく知っている。


「わかったよ。じゃ、すぐに行ってくる」


「おう、悪いな……で、アンタの方か。今すぐこいつらを運んで袋を空けるから、ちょっと待っててくれ」


「わかった。運ぶだけなら儂も手伝うか?」


「いや、作業場はごちゃごちゃしてるから気持ちだけもらっとく。アンタの巨体で万が一道具を壊されたりしたら、それこそ間に合わなくなっちまうからな」


「おぉぅ、それは怖いな」


 冗談めかして言うソメオに、ニックは軽く肩をすくめて答える。無理に手伝うと本当にそうなる未来がちょっとだけ見えたので、ニックは大人しくその場で待つことにした。


『一応聞くが、本当に大丈夫なのだな?』


「ん? 大丈夫とは?」


 そうして期せずして室内に一人きりになったことで、不意にオーゼンが声をかけてきた。それにニックが小声で答えれば、オーゼンが更に言葉を続ける。


『これから数日とは言え、徹夜で動き続けるのだろう? 貴様の体が頑丈なのはわかっているが、それでも食事や睡眠、休息は人にとって必須であろうが』


「はっはっは。さっきも言ったが、儂がその程度でどうにかなるわけないではないか。流石に完全な不眠不休となると一月も続けば疲れてくるだろうが、そこまで根を詰めるつもりもないしな。だからこそ三日と言ったのだ」


『ぬぅ……』


「どうした?」


『今我は、この世に存在する理不尽の九割ほどを「貴様だから」で片付けていいものだろうか、割と真剣に悩んでいるのだ』


「何だその訳のわからん悩みは」


『訳がわからんのは貴様という存在であろうが』


「むぅ」


 静かな、だが有無を言わせぬ口調のオーゼンに対し、ニックは軽く顔をしかめる。そうして微妙に居心地の悪い空気に尻をもぞもぞさせていると、程なくしてソメオが空になった麻袋を持ってきた。


「持ってきたぜ」


「おお、待っていたぞ! では今すぐに行ってくる!」


「あ、ああ。気をつけてな……?」


 妙に気合いの入った声を出すニックに若干ソメオが首を傾げるなか、ニックは日の暮れ始めた町を飛びだし再びクサイム達の生息地へと走って行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] オーゼンさんがさらなる悟りを開こうとされていますね
[一言] 1ヶ月までなら不眠不休が余裕だと……? ちょっと木こりに転職&体を鍛えてきます!
[良い点] 本当にこの親父は人間なんだろうか.....実は心臓が核融合炉だったりするのでは?
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