父、移動する
「よーし、話が決まったなら早速行動だ!」
互いに肩を組み合って結束を確認したところで、ソメオが張り切った声を出す。それを聞く弟と筋肉親父も当然ながらやる気十分だ。
「俺は店の中で準備をしておくから、シミールは商業ギルドに行って人手と予算の交渉をしてこい。で、それが終わったら近所の奥様方なんかと仕事の交渉だ。
ああ、言うまでも無いだろうがただ働きはさせるなよ? たとえ子供に荷物運びをさせるだけだったとしても、仕事に対する報酬は信頼の証だ。銅貨一枚だろうと受け取るなら責任が伴うが、だからこそこの祭りに参加したって胸を張れるようになる」
「祭り? 兄さん、それって……?」
「へっへっへ、いいだろ? この厄介な歓迎会を、俺達の手で祭りにしてやるんだ! これに関わった全ての奴らに『俺達の手で偉い貴族様に一泡吹かせてやったぜ!』って自慢できるようにな!」
「それはいいね! 確かにそれなら人が集まりそうだ」
ニックの言葉に感化され、火の付いたソメオにシミールが同調する。ウンウンと頷いてみせる様は少し前までの頼りなくうろたえていた人物とは別人のようだ。
そんな弟の顔に満足げに笑うと、今度は少しだけ眉をひそめてソメオがニックの方に顔を向ける。
「あとはアンタだが……帰ってきたばかりで悪いんだが、早速行けるか?」
「無論だ! あの特製の麻袋さえ受け取れば、すぐにでも捕ってこよう」
「ああ、そうか。あれがあったな。おいシミール、お前の所に麻袋は幾つある?」
「え? えーっと、二つ……いや、予備を入れて三つかな? あ、でも、一つにはまだアオイムが入ってるから、すぐ使えるのは二つだけだね」
「そうか。俺の所には三つあるが、他の冒険者にも仕事を依頼することを考えると全部回すわけにもいかねぇ。ってことで、とりあえずはここにある二つで、アカイムとアオイムをそれぞれ袋に入るだけ捕まえてきてくれるか?」
「うむん? それはいいのだが、青い袋にアカイムを入れても大丈夫なのか?」
ニックが見た限りでは、それぞれのクサイムはそれぞれの体液で加工された麻袋に入れて運ばれていた。だからこそ浮かんだ当然の疑問に、しかしソメオは軽く笑って答える。
「ああ、大丈夫だ。アカイムとアオイムの違いは色くらいだからな。どっちかの体液で加工した麻袋ならどっちを入れても弾けないってのは俺の方で確認してるから安心してくれ」
「そうか。ならばすぐに行ってくるとしよう。赤と青をそれぞれ一袋ずつだな?」
「そうだ。アカイムとアオイムは生息地がちょいと離れてるから、戻るのは夜中になっちまうんだろうが……頼む。どうしても初日の今日の間に、できるだけ染色液を仕込んでおきたいんだよ」
「はは、夜の活動など慣れておるから心配するな。ただ門番の者にだけは儂が夜になっても出入りする可能性を伝えておいてくれるか? 夜になって町に入れないとなると困ってしまうからな」
よほど賑わっている大都市であればそれこそ深夜でも交代で門番がいるが、ごく普通の町では日が落ちれば門番もいなくなってしまうことが多い。
無論完全に無人になるわけではないので絶対に入れないというわけではないが、昼に比べて面倒な手続きが幾つも必要になり、それはつまり無駄な時間を浪費してしまうということだ。
「わかった。そっちは間違いなく伝えとく」
「これ、麻袋です。宜しくお願いしますニックさん」
ニックがソメオと話している間に、シミールが奥から真っ青に染められた麻袋を二つ持ってくる。ニックがそれを受け取り魔法の鞄にしまい込むと、すぐに三人揃って活動を開始した。
『まったく、相変わらず忙しい男だな』
「ははは、いいではないか。動いている方が儂らしい気がするしな」
シミールの家を出て町の門へと向かう途中、腰の鞄から話しかけてくるオーゼンにニックが楽しげに笑って答える。
『まあよかろう。少なくとも今回は我が恥をさらす事はなさそうだしな』
「む、そうだな。確かにこれではお主が共に楽しむことができぬか……何処かで服を脱ぐ機会を作るべきか?」
『いらぬ! というか何故貴様の中で我が活躍することと貴様が脱ぐことが結びついているのだ? 我の持つ「王能百式」は無限の可能性を秘めた力であり、決して貴様の邪悪な股間を覆い隠すだけの力ではないのだぞ!?』
「それはわかっておるが、やはりお主との一体感を最も強く感じるのは『王の尊厳』であるからなぁ」
ちなみに次点は「王の鉄拳」だが、あんな危険物を用も無いのに身につけていることは流石のニックでも気が引ける。そもそも発動してしまえばしばらくオーゼンが眠ってしまうという点から考えても、気軽に使える能力ではない。
「精人領域であれば『王の万言』を使うという手もあったが、こんなところで使っては変に目立ってしまうしな……っと、着いたか」
昨日までよりも微妙に騒がしく感じられる町中を抜け、ニックは町門へと辿り着く。流石にまだ事情は伝わっていなかったので普通にやりとりをして町を出ると、周囲に人気のなくなった辺りで足を止めた。
「この辺でいいか。ではオーゼン。ここからはちょいと急ぐぞ?」
『ぐっ……ま、まあ今回はやむを得まい。だが貴様以外にも同じ依頼を受けている者がいるのだから、人に見られても問題ない程度の移動速度に抑えるのが賢明な判断だとは思わんか? ん?』
「フッフッフ、その辺はきっちり考えてあるから、大丈夫だ」
『お、おお!? そうなのか!? 流石は我が王の器と認めた男だ。その気になればきっちりと常識を弁えることくらい――』
「要は人目に付かなければいいということであろう?」
『あっ……………………』
五の鐘(午後二時)が鳴ってしばし、今から仕事に行くには遅すぎ、仕事から戻ってくるには早すぎる時間帯ということで、町の近くに人影はない。それを確認したニックが力強く大地を蹴れば、その巨体が一瞬にして宙に舞う。
「さあ、このままひとっ跳びだ!」
仮に誰かが空を見上げても、それが筋肉親父だとはとても判別できない高度。そこでニックはニヤリと笑うと、今度は何も無い空を蹴る。するとニックの周囲に白い輪が広がり、音を置き去りにした肉の弾丸はあっという間にアカイムの生息地のすぐ側まで辿り着いた。
「よっ……と。どうやら誰もいないようだな」
『き、きさ、きさま、貴様という奴は……っ!』
数度空を蹴ってふんわりと地面に着地したニックに、オーゼンが言葉にならない怒りの感情をぶつけてくる。もしその身がゴーレムか何かであったなら、オーゼンは迷うこと無くニックに掴みかかっていたことだろう。
『何故!? 何故貴様はいつもいつもそういうことをするのだ!? いいか? 我は貴様と違い、魔力視で周囲を確認しているのだ! それがあんな速さで動いたら、世界が……世界が流れて真っ白に……ぐぅぅぅぅ……』
「いや、悪いとは思うが、今回は急いでいるのだから仕方なかろう? というか前から疑問に思っていたことがあるのだが、強敵との戦闘中であればこのくらいの速度で動くことはあるのに、そっちが大丈夫でこれが駄目なのはどうしてなのだ?」
『この大馬鹿者がぁ!!!』
ニックの口にした素朴な疑問に、オーゼンが更なる怒りを爆発させる。
『戦闘中であれば全力で意識を集中させておるし、加速するにしても一瞬のことではないか! だが移動だぞ!? 単に移動するだけのときに全身全霊をかけて集中などするわけないではないか!』
「それは……あー、言われてみれば、そうか?」
『そうなのだ! それが常識なのだ! まったく貴様は! 貴様という男は!』
「だが、そうは言ってもこれからしばらくはこの移動を繰り返すことになるぞ? 今のソメオ達にとっては、時間こそ黄金より価値があるだろうからな」
如何にオーゼンに怒られたとしても、その判断は譲れない。そしてそれがわかっているからこそ、オーゼンもまた苦しげに言葉を放つ。
『ぐぅぅ……わ、わかってはいる……』
「ならばしばらくの間は我慢してくれ。ほれ、後で発条を巻いてやるから。な?」
『何故我を拗ねた子供のように扱うのだ!? まったく貴様は! 本当に貴様は!』
ふてくされたような声を出すオーゼンを、ニックは鞄の上からポンポンと叩く。それで気持ちを切り替えると、ニックは徐に大量のアカイムがプニョめくマジギレッドの花畑へと再び足を踏み入れていった。