父、肩を組む
「それで兄さん、具体的にはこれからどうするんだい?」
「まあ待て。大事なのは現状を正確に把握することだ。それによると……」
期待の籠もったシミールの視線を一身に受け止め、ソメオが腕組みをして考え込む。そうして数秒後――
「うむ! こいつはどうにもならねーな!」
「ちょっ!? 兄さん!?」
笑顔でそう言い放つソメオに、シミールが思わずずっこける。
「なんだよそれ!? なんかもう、今までのいい流れが台無しじゃないか!」
「はっはっは、だから慌てるなって。さっきのお前みたいにやらなくていい理由を探すためにできないってわめいてるのと、やると決めてからできないって言うのとじゃ違うんだよ」
「そ、そうなのかい?」
「そうなんだよ。いいか? 確かに今回の依頼は無茶苦茶だ。人も物も時間も金も、何もかもが足りてない。こんな状態でどうにかできる奴はそれこそ神様くらいだが……でもまだ手が無いわけじゃない。できないことが山積みだって言うなら、何故それができないのかを考えて、その原因を潰していけばいいんだからな。
ってことで質問だ! この依頼は何故『できない』?」
ソメオにビシッと指を突きつけられ、シミールがやや及び腰になりながらも真剣に考え込む。
「えっと……まずは人手だね。僕と兄さんだけでこんな量の仕事をこなすのは、どうやったって不可能だ」
「だな。なら逆に言えば、人手を用意すりゃいいってことだ」
「でも、人手なんてそう簡単に――」
「ばっか、だからお前は青いんだよ! いいか? 今は町の危機なんだから、人手なんざ商業ギルドから派遣してもらえばいいんだ! 勿論他も手一杯だろうからそれだけじゃ足りないだろうが、そこはお前の客を利用する」
「お客さん? 僕のお店のかい?」
「そうだ。お前のところの客は既婚のご婦人が多いだろ? 技術のいらない部分なら素人にだって手伝わせられるし、荷物を運ぶだけなら子供だってできる。そういうところを人に任せられるだけで作業量は大幅に減るはずだ。
報酬は商業ギルドから引っ張ってもいいし、お前のところで次回使える割引券なんてのを出してもいい。そうすりゃこれを期に仕事が増えることだってあるかもな。
どうだシミール。これでひとつ『できない』が消えたぞ?」
「凄いや兄さん! 兄さんは本当に凄いよ!」
「ハッハッハ! そうだろそうだろ? お前の兄貴は凄いんだぜ?」
心の底から賞賛の声をあげる弟に、ソメオは得意げな顔で笑ってから言葉を続ける。
「さあ次だ。他には何が『できない』原因だ?」
「うーん。お金……は今の話からするとある程度は商業ギルドから融通をつけてもらえそうだから、後は……職人かな? 僕達二人で何百着って服を染めるのは流石に難しいよ?」
「それもあるな。だがそれはどうしようもない。イロイム染めは俺達が考えた染め方だから、他の奴らにはできないし教えてる暇もないからな」
「じゃあどうするのさ?」
「どうもしねーよ。俺達二人が死ぬ気で頑張るってだけだ」
「……いやいや、それが駄目だから『できない』ってことになってたんじゃないの!?」
まさかの根性論にシミールが異を唱えると、ソメオはチッチッチッと指を振ってしたり顔でそれを否定する。
「わかってねーな。確かに俺達二人じゃ無理だが、それは『他の雑用まで全部俺達がやってたら』って場合だ。さっき言った通り雑用は全部人に任せて染色作業にだけ専念すれば、ギリギリなんとかなるはずだ。まあお前の根性が俺の見立てよりへっぽこだったら間に合わないこともあるだろうが……」
「で、できるさ! 僕だって自分の店を持って、必死に仕事を頑張ってきたんだ! 単純な技術では兄さんに及ばないかも知れないけど、根性だったら負けないよ!」
「よく言った! 流石は俺の弟だな。となると最後の『できない』は……」
「……材料、だよね」
そこで初めて、本当の意味でシミールが表情に影を落とす。「やらない」ことを「できない」と言い訳するための理由付けとは全く別の次元で、これだけはどうしようもないと本気で思っているからだ。
「ウチは今日アオイムを四匹捕まえてきたけど、こんなのじゃ全然足りない。染色液に加工する時間も考えると、最低でも今日中にあと一〇匹、その後も毎日五から一〇匹、そして五日後までに赤と青の両方を五〇匹ずつは欲しい。
でも、そんな数どうやっても……」
「だな。いつも依頼を受けてくれてる冒険者に頼んだとしてもそんな数は集まらねーし、報酬を釣り上げて新たに募集するにしても、そいつらにクサイムの捕獲方法を指導する必要がある。
が、そっちに人を回せば今すぐに捕まえられる人員が減っちまうし、何よりあの草原だの窪地だのにあんまり大量に冒険者が出向くとクサイム達が逃げちまう可能性もある」
「そんな……やっぱり無理ってことじゃないか……」
ガックリと肩を落とすシミールに、しかしソメオの自信ありげな態度は変わらない。
「ああ、確かに普通なら無理だ。だが今は違う……だろ?」
ニヤリと笑ったソメオが視線を向けた先にいるのは、今までずっと黙って二人の会話を聞いていてくれた巨漢の筋肉親父。
「お、何だ。儂を話に入れてくれるつもりになったのか?」
「ああ、待たせたな……いや、待っててくれたんだろう?」
「さて、何のことかわからんな」
「へっへっ、ならまあ、それでいいさ。なあアンタ。アンタと一緒に仕事をしたのはこの前のたった一回っきりだが、それでもアンタの凄さはよくわかった。だからこそ頼む! どうか俺達に力を貸してくれねーか?」
「そうか! 一日仕事を半日で終わらせられるニックさんに協力してもらえば、大量のクサイムの捕獲だって……!?
僕からもお願いします! どうか協力してください!」
とぼけるニックの前で、ソメオとシミールの二人が揃って頭を下げた。だがそんな二人を前に、ニックはそっと目を閉じしばし考え込む素振りをみせる。
「……ふむ、報酬次第だな」
「お、おぅ。そうだよな。即金で出せるのは、精々銀貨が五枚ってところだ。残りは全部終わってからってことで、追加で五枚……いや、一〇枚でどうだ?」
通常であれば、クサイム捕獲の依頼に払っているのは一度につき銅貨二〇枚から三〇枚ほどで、しかもそれは個人ではなくパーティに対する支払いだ。
つまり通常の五倍以上の報酬をニック一人に払うという提案だったが、しかしニックは静かに首を横に振る。
「それでは駄目だな」
「ぐっ……でも俺の手持ちはそのくらいしか……」
「な、なら僕の方からも追加で報酬を出します! だから――」
「違う、そうではない。儂が求めるのは金では無く、もっと別の報酬だ」
「別の? 一体何を……?」
「そんなもの、決まっておるではないか!」
カッと目を見開き、ニックが席を立つ。そうしてその場の誰よりも高い位置から二人を見下ろすと、兄弟の肩をガッシリと掴む。
「この儂が協力するのだ。ならばお主達二人は持てる力の全てを発揮し、最高の染め物を作ってもらわねばならん! そのうえで迷惑千万などこぞの貴族とやらに『この町の住人はこんなに素晴らしい服を着ているのか!』と吠え面をかかせてやろうではないか!
それを以て今回の仕事の報酬とさせてもらいたいのだが、どうだ?」
悪戯っぽく笑うニックに、二人の兄弟が呆気にとられた顔をして……そしてすぐにニヤリと笑い、ソメオとシミールが見つめ合う。
「そりゃ最高だ! おいシミール、わかってるな?」
「勿論だよ兄さん。こんな報酬を要求されたら、全力で頑張るしかないじゃないか!」
「はっはっは、期待しているぞ」
腰を落としたニックの肩に、ソメオとマジールがそれぞれ手を掛け全員で肩を組む。それはこの一〇日間だけの三兄弟誕生の瞬間であった。