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父、応援する

「こんなに早く仕事が終わるなんて! 流石に兄さんが褒めるだけのことはありますね」


「はっはっは、そう大したことは……っと、似たようなやりとりをソメオ殿ともやった気がするな」


「そうなんですか!? こりゃまいったな」


 手放しで賞賛してくるシミールにニックがそう返すと、シミールが目を丸くして楽しそうに笑う。一日仕事を半日かからず終えたのだから当然にして上機嫌であり、帰路にあってはその足取りも口も軽やかだ。


「でも、本当に凄いですよ。こんなに早く終わるとわかっていたら、もう一つ麻袋を持ってくればよかったなぁ。そうすれば実験用のアオイムも捕まえられたのに」


「実験用? 何か試しているのか?」


「ええ、まあ。兄さんほどではないにしろ、僕だって染め物職人の端くれですからね。同じ素材でどれだけ鮮やかな色を出せるか日夜研究してるんですけど、当然そのためには材料が必要になります。


 でもアオイムやアカイムは捕まえるのも運ぶのも手間がかかるんで、こういう機会でもないとなかなか余剰分が出ないんです。人気の色なんで消費も激しいですし」


「ほぅ、人気があるのか」


「あ、その顔、こんな派手な色が本当に人気があるのかって思ってますね?」


「いや、そんなことは……」


 ジロリと顔を見つめられ、ニックが慌ててそれを否定する。もっともシミールには怒りなどなく、すぐに笑って言葉を続ける。


「ふふふ、いいんですよ。確かに赤にしろ青にしろ派手なのはわかってますからね。でもこのイロイム染め……クサイム染めだとちょっとアレだったんで……は、他とは違う唯一無二の特徴があるんです。なんとこれ、あらゆる色を『上書き』できるんですよ!」


「……上書き?」


 ドヤ顔で語るシミールに、しかしニックは今一つピンとこない。そうして軽く首を傾げるニックに、シミールは更に説明を重ねていく。


「はい! 普通染め物って、薄い色に濃い色を重ねることはできますけど、逆はできないんです。布が染色液を吸って色づくわけですから当然ですよね。


 でもこのクサイム染めなら、そういうのを一切無視して色むら無しに染め上げることができるんです! つぎはぎだらけだろうが真っ黒に染まってようが、これで染めれば最初から一枚の布だったかのように鮮やかな赤や青に染められるんですよ!」


「おお、それは凄いな!」


 服というのはそれなりに高いため、少なくとも一般庶民であれば何か記念の晴れ着を除けば、日常生活で着るような服は基本的に古着につぎはぎをして着続ける者が多い。


 それはそれで味のある服にはなるのだが、見た目だけとはいえそれを手軽に新品同様に見せられるとなれば、確かに人気が出るのも頷けるところだ。


「あとはまあ、こっちはおまけというか長期目標なんですけど、僕と兄さんには昔から夢があって……それは『綺麗な紫の染め物を作る』ことなんです」


「紫? それは何か意味があるのか?」


「はい。紫は昔から高貴な色とされ、今でも王侯貴族の方々に愛される色です。なのでどれだけ美しい紫を染め上げられるかは職人の腕を現す指標とされたりもするんです。


 で、僕達としてもどうすればより美しい紫に布を染め上げられるかを日夜研究しているわけで……」


「なるほど、それでこのクサイム達なわけか」


「そうです。何せ赤と青ですからね」


 赤と青を混ぜれば紫になる。そんな事は子供でもわかることだが、職人であるシミールがそれを『夢』と語るからには、事はそれほど単純ではない。


「ただ、それがなかなか上手くいかないんですよ。さっき話した上書きの特性があるせいか、まずアカイムで染めてからアオイムで……とやると純粋な青一色になっちゃいますし、逆もまた同じです。


 なら染色液に加工した段階で混ぜればというと、これもその特性のせいなのか、液が混ざらず赤と青のまだらになってしまって」


「つまりそこが職人の腕の見せ所で、今はその道は半ばということか」


「そういうことです。でもいつかきっと、僕と兄さんの二人で最高に綺麗な紫の染め物を作ってみせますよ!」


「うむ。頑張れよ」


 グッと拳を握って決意を語るシミールに、ニックは温かい気持ちになりながら応援の言葉をかける。そうして若者に鋭気を分けてもらいながら歩き進めば、今回もまた何事も無く町の中へと帰り着いた。


「さて、では依頼はここまでだな」


「はい。今日はありがとうございました。そうだ、まだ時間も早いですし、もしよければ店まで来ませんか? 大したおもてなしはできませんけど、せめてお茶くらいはご馳走させてください」


「ふむん? いや、しかし今から仕事にかかるのであろう? 儂が訪ねては邪魔ではないか?」


「いえいえ、そもそも本来なら帰ってくるのは夕方の予定でしたからね。まだ昼ですから時間は十分にありますし、何なら食事も……そうだな、兄さんも呼んで三人で食べるのはどうでしょう?」


「そりゃ儂は構わんが、いいのか?」


「はい! 妻が実家に帰っているんで、たまには賑やかな食事もいいですから」


「む? それは何と言うか、あれだ。確かに夫婦の間でも色々あるとは思うが……」


 突然のシミールの告白に、ニックは眉根を寄せて慎重に言葉を選ぶ。だがその姿を見てシミールは慌てて顔の前で手を振った。


「いやいや、違いますよ! もうすぐ子供が産まれるんで、そのために隣町の実家に帰っているんです。本当は僕も付き添いたかったんですけど仕事は休めないですし、あと染料の独特の臭いがどうも妻のつわりを酷くしてしまったようで……」


「あー、そうか。それは確かにやむを得ぬこともあるだろうな」


 染め物職人の家で染料の臭いが駄目となると、確かに家にはいられないだろう。かといって仕事をほっぽり出して自分も帰ったりすれば、それこそ妻と子供をどうやって食わせるつもりかと怒られるのが目に見えている。


「義姉さん……兄さんの奥さんが付き添ってくれてるんで、そこは安心ですけどね。ただ息子さんがまだ三歳ってことで義姉さんと一緒に行ってしまったせいで、一人になっちゃった兄さんの愚痴にはよく付き合わされてますけど」


「はっはっは、その災難は甘んじて受け入れねばな」


 幸せそうに苦笑するシミールに、ニックもまた豪快に笑って答える。そうして話がまとまると、ニックはシミールについて町の中を歩き、こぢんまりとした雰囲気のいい店へと辿り着いた。


「どうぞ、遠慮無く入ってください」


「うむ、邪魔するぞ」


 店の裏口から住居部分に入ると、ニックは勧められるままに近くの席に腰を下ろす。室内はしっかり掃除されているにもかかわらず家具のところどころに色とりどりの染みがあったりするのが、何とも職人の家という感じだ。


「じゃ、僕はひとまずこのアオイム達を置いてきますので、とりあえずそこで一休みして――」


「おーい! シミール! いるか!?」


 と、そこで店の外から大声でそう呼ぶ声が聞こえるのと同時に、店舗側の扉が激しくノックされる。


「何だろ? すみませんニックさん、ちょっと待っててください」


「大丈夫だ。儂のことは気にせんでくれ」


「ありがとうございます……この声、商業ギルドの……?」


 ニックを残し、シミールが店舗側へと歩き去って行く。まだ茶も出されていないため手持ち無沙汰な調子でニックがしばし待っていると……


「……大変なことになりました」


 戻ってきたシミールは、その服に負けないほどに顔を真っ青に染め上げていた。

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