父、色々と驚く
「えっと……あれ? ひょっとして違いましたか? 特別なクサイムの捕獲……というか、それをする僕の護衛を頼んだ者なんですけど」
「いや、間違ってはいない。その依頼を受けたのは間違いなく儂なのだが……」
目の前の男の言葉に、ニックは戸惑いを隠せない。だからこそ次の言葉がその口から自然とこぼれてしまう。
「すまぬ、これはソメオ殿の依頼ではなかったのか?」
「え、兄さんのですか!? おかしいな、兄さんとは依頼日が被らないようにしているはずなんですけど……」
「兄? お主、ソメオ殿の弟なのか?」
「はい。あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。僕は兄と同じくこの町で染め物職人をやっている、シミールと言います。宜しくお願いします」
「お、おぅ。儂は鉄級冒険者のニックだ。こちらこそ宜しく頼む」
差し出された右手を握り返し、ニックがそう挨拶を返す。だがその顔には未だに困惑が広がっており、だからこそシミールもまた怪訝そうな表情でニックに言葉を投げかけてくる。
「それで、ニックさんは兄さんの依頼を受けてここに? だとしたら――」
「ああ、いや、そうではない……らしい。実はな……」
問いかけるシミールに、ニックはばつの悪い思いでこの仕事を受けた経緯を話していく。するとすぐにシミールは苦笑しながら頷いてくれた。
「そういうことですか。それは確かに紛らわしかったかも知れないですね」
「いやはや、実に申し訳ない」
「いえいえ、気にしないでください。ということは、今日は僕の依頼を受けていただけるということで問題ないんでしょうか?」
「当然だ! 依頼主を勝手に勘違いしたのはこちらだからな。仕事に関しては何の問題もないぞ」
「ならよかったです。あの頑固者の兄さんに褒められたっていう働きっぷり、是非とも期待させてもらいますね」
「うむ、任せてくれ!」
誤解はすぐにとけ、二人は改めて握手を交わす。そうして町を歩き出そうとするニックを、すぐにシミールが呼び止めた。
「あれ? ニックさん、どちらに?」
「うむん? アカイムがいるのはこっちであろう?」
「あ、そっか! 違います、今日捕獲するのはアカイムじゃなくて、アオイムです」
「アオイム?」
「はい。兄さんの依頼を受けたなら知ってると思いますけど、アカイムは凄く日当たりのいい場所にだけ咲くマジギレッドって花を食べてるから赤いのはご存じですよね?
それに対して、今回捕獲するアオイムは直接日の当たらない窪地にだけ咲く青い花、ガクブルーだけを食べて変異したクサイムなんです」
「ほぅ! つまりこんな近くに二種類も変異したクサイムが生息しているということか!」
変異種の魔物というのは、ただそれだけでかなり珍しい存在だ。そんなものがごく近距離に二種類もいるというのは、世界中を回ったニックであっても数えるほどしか経験がない。
「近くと言ってもどっちかからどっちかに直接行こうとすれば半日以上かかりますけどね。ここから北と南で丁度正反対の場所ですから」
「いや、十分近いであろう。とするとこの辺にはクサイムが特別な変化をする何かがあるのかも知れんな」
「あー、考えたことありませんでしたけど、そうかも知れませんねぇ。あるいは僕達が知らないだけで、単にクサイムが好む食材が一カ所に大量にあるとそれに合わせて変化するなんてことがあったりするのかも知れませんが」
「はは、それは面白そうな仮説だな。ふむ、今度ムーナにでも会ったら話してみるか?」
行き先が違うということでシミールが先導するなか、ニックとシミールはそんなことを話ながら進んでいく。その道中で話題になったのは、ソメオとシミールの仕事に関してだ。
「なんと!? 同じ町で二人別々の店を構えておるのか!?」
町とは言っても王都などとは比較にならない小さな町で、兄弟がそれぞれの店を持っているという言葉にニックは素直に驚きを表す。そしてそんなニックの言葉に、シミールはほんの僅かに表情を曇らせながら言葉を続けていく。
「そうなんです。ああ、でも、別に兄さんと仲が悪いとか、そういうのじゃないですよ? そうせざるを得ない理由があったというか……
自分で言うのも何なんですけど、染め物職人としては兄さんの方が僕よりずっと腕がいいんです。なので兄さんの店ではお金持ちの方や貴族様なんかを相手にする高級品を扱って、逆に僕の店では一般庶民に向けた染め物をやってるんです」
「なるほど、客層が違うから店が二軒あるというわけか。いや、しかしそれでも職人の数が増えているわけではないのだから、やはり店を分ける必要はないのではないか?」
「ははは、僕も兄さんもそう思うんですけど、兄さんが扱うお客さんのなかには、『平民と同じ店で染めた布など身につけられるか!』と怒るような人なんかもいまして……
あとは僕のお店に来てくれるようなお客さんにも『お金持ちと一緒のお店は怖い』という方がいますからね。兄の扱う商品だと最高級になれば銀貨何十枚って値が付くので、そんなものにもし粗相をしてしまったら……と思うと落ち着かないらしいです。そんな商品表に並べるわけないんですけどね」
「あー、それは確かにわかる気がするな」
自分を特別だと思う権力者はそれなりの数がいるし、自分の領分を大きく超える高級品を恐れ多いと思う者もまた幾らでもいる。そうなるとそれぞれが気兼ねしないように配慮するなら、店そのものを分けてしまうのは確かに理に敵ってはいるのだろう。
「あとは勿論、染料の材料の問題ですね。アカイムやアオイムがここ以外にいるのかどうかはわからないですけど、少なくとも僕達はここ以外に生息している場所を知りません。となるとそれらを材料にしている以上、結局この町から遠くへは離れられないんです。
一応ここを挟んだ反対側の町にくらいならいけますけど、その程度では離れたところで売り上げが変わることもないんで、それならいっそ同じ町で仕事をしていた方が色々と融通が利くから便利だろうという話になりまして」
「そういうことか。確かにそれなら半端に離れるよりも兄弟が揃っていた方がやりやすそうだ」
「ええ、そうなんです。どうしても忙しい時は手を借りたりできますし、急に染料が必要になったときにはお互い融通をつけたりとかできますしね……あ、ほら、つきましたよ」
そう言ってシミールが足を止めると、三歩遅れてニックもまた立ち止まる。二人の目の前に広がっているのは目にも鮮やかな青い花が一面に咲き誇る窪地だ。日当たりが悪いせいで暗くはあるが、それが逆に海の底のような深く落ち着いた印象を醸し出している。
「おぉぉ、赤い方も綺麗だったが、こちらもまた凄いな」
「ですよね。僕なんてもう何度も来てますけど、未だにこの光景を前にすると感慨深いものがありますし。
さて、それじゃ早速アオイムを捕獲していきましょう」
「やり方は赤の時と同じでいいのか?」
「はい。なのでニックさんには周囲の警戒をお願いしてもいいですか?」
「無論だ。ゴブリン一匹通さぬから安心せよ!」
「ええ、頼りにしてます」
ドンと胸を叩いて言うニックに、シミールは笑顔でそう言ってから真っ青に染め上げられた麻袋を地面に広げ、ソメオと同じようにガクブルーの花を手にしてアオイムを誘導していく。
「ほーらほらほら、美味しい花だよー? これなんか特に色艶がいいと思うよー?」
ぷにょぷにょぷにょぷにょ……
眼前……おそらく……で花を揺らされて、アオイムがプニョプニョと体を振るわせそちらに移動していく。その移動速度はソメオの時よりも心なしか速く、またまっすぐに望む方向へ誘導できている気がする。
「ふむん? どうやらアオイムを誘導するのはシミール殿の方が上手なようだな」
「そうですかね? 兄さんにはなかなか勝てるところがないんで、そうだったら嬉しいなぁ。ほーれほれほれー」
ぷにょぷにょーん
思わぬところで褒められて、照れくさそうにシミールが笑う。そうして今回もまた何事も無くアオイムは集まっていき、一昨日よりもいくらか早く目標の数を捕獲することに成功した。