父、気を回す
「アンタ凄いな! まさかこんなに簡単に終わるとはな」
「はっはっは、そこまで賞賛されるほどでもあるまい? 襲ってきた魔物も大したことはなかったしな」
町への帰路。手放しで褒めるソメオにニックは笑いながら答える。実際襲ってきた魔物はグレイウルフやホーンドラビットなどの銅級冒険者でも対処できる程度のものばかりだったので、特別に謙遜しているというわけでもない。
「いやいや、今までも何度も護衛の依頼を出したことはあるけどさ。どいつもこいつも派手に動きやがって花畑は荒れまくるしアカイムは逃げ出すしで、そりゃあもう大変なことだって結構あったんだよ。
だってのに、今回はそういうのが全然なかった。アンタみたいにシュパッと倒しちまう奴なんて初めてだぜ!」
そんなニックに対し、ソメオは上機嫌にそう言って笑う。ニックが魔物を瞬殺してくれるおかげで本来ならば一日がかりのはずだった仕事が半日で終わったのだから、その態度の当然のことだ。
もっとも、今のニックの興味はソメオ本人ではなく、その背に揺れる麻袋の方にある。
「ところでソメオ殿。さっきからずっと気になっていたのだが……」
「ん? 何だよ?」
「いや、触ると簡単に弾けてしまうというアカイムを、そんな風に運んで大丈夫なのか?」
ソメオの背には、アカイムの詰まった麻袋が担がれている。それは歩く度にゆさゆさと揺れ、どう考えても手で触れるよりも強い刺激がアカイムに加わっているとしか思えない。
「ああ、それか。へっへっへ、この麻袋は見ての通りこのアカイムの体液を使って特別な加工をしてあって、これに入ってる分には多少雑に扱っても大丈夫ってわけさ。取り出す時は袋をひっくり返して釜の中に落とすだけだから、そこではもう弾けちまっても関係ないしな」
「ほぅ、そうなのか……その麻袋を小さくしたものを手にはめて、それで直接アカイムを掴むのは駄目なのか?」
もしもそれができるなら、あんな面倒な方法でアカイムを誘導する必要はなかったのではないか? そんなニックの素朴な疑問に、ソメオはニヤリと笑ってウンウンと頷いてみせる。
「わかるぜ。そう思うよな? でも駄目なんだよ。理屈はよくわからねーんだけど、どうも周り全部がこれじゃないと刺激に弱いのは変わらないらしい。
だからそうやって掴もうとすると普通に弾ける。アンタと同じ事を考えて試した冒険者が全身を真っ赤に染めて、俺のとこに『色が落ちねー!』って泣きついてきたことがあるから間違いないぜ?」
「おぉぅ、そんなことが……」
「ま、楽をするのも楽じゃないってことだな! ハッハッハ!」
大声で笑うソメオに、ニックはあの受付嬢に何か差し入れでも持って行こうと割と本気で考えてみる。そうしてそんなやりとりをしながら町へと帰り着くと、ソメオは改めてニックに向かって礼を言った。
「いや、本当に助かったぜ。もししばらくこの町に滞在するなら、また仕事を頼みたいくらいだ。ありがとよ」
「こちらこそ、いい経験をさせてもらった。縁があればまた引き受けよう」
朝と同じく差し出された手をガッチリと握り返し、ニックとソメオはそこで別れた。その後ニックは冒険者ギルドで報酬を受け取り、同時に魔法の鞄の中に入っていた適当な菓子を差し入れしたことでもの凄い笑顔の受付嬢から見送られて町中へと戻る。
その後は消耗品などの細々した買い物をすませたり、いい匂いを漂わせている屋台で買い食いをしたりして一日を終え……そして翌日。
「……特別なクサイムの捕獲?」
出発前にもう一度依頼でも見ておくかと考えたニックの目の前には、一昨日と同じ内容の依頼書が掲示板に張り出されていた。
『昨日こなした依頼がまた出ているということか?』
「わからん。だがソメオ殿が捕獲依頼を出すのは月に二、三度だと言っていた。だというのにもう出ているということは……ひょっとして何か不備があったのだろうか?」
昨日の今日で依頼が出ているということは、自分が捕まえたアカイムに何らかの問題が生じた可能性が高い。勿論依頼そのものは完了しているのだからニックには何の責任もないのだが、かといって知ってしまったものを見なかったふりで流すのは何とも言えず寝覚めが悪い。
「ふむ……まあ依頼を受けてみて、本人に聞いてみるのが一番早かろう。すまんなオーゼン、出発は延期だ」
『我を気にする必要などない。そもそも急ぐ理由など何一つ無いのだから、貴様が思うようにのんびりといけばいいのだ』
「ははは、ありがとう」
小声でそう言い、小さく笑って腰の鞄をひと撫ですると、ニックは依頼書をとって受付の行列に並ぶ。今回は朝の早い時間帯ということでそれなりの数の人がいたが、それでも一〇分ほどの待ち時間でニックの順番がやってきた。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ」
「この依頼を受けたいのだが」
「これは……ああ、護衛の方ですね。失礼ですけど、こちらの依頼をお受けになるのは初めてでしょうか?」
「いや、受けたことがあるから問題ない」
「そうですか。ではすぐに手続きをしますので、明日の朝に指定の場所に――」
「明日の朝!?」
「え? ええ、護衛の方は依頼主の方がおりますから、今受けて今日というわけには……」
「ああ、そうだな。その通りだ。すまぬ、続けてくれ」
「? はい」
苦笑したニックに、昨日とは違う受付嬢が軽く首を傾げながらも手続きをしてくれる。そうして登録を終えると、ニックは渋い顔のまま冒険者ギルドを後にした。
「むぅ、何とも噛み合わんな」
『これならばいっそあの男の店を探して直接出向いた方が早かったのではないか?』
「儂も今ちょっとそう思っているのだが、今更であろう?」
冒険者ギルドに正式に抗議が来ているというのなら出向いて謝罪することに何の異論もないが、現状ではニック自身がただ気になっているというだけだ。そうなると相手の店まで出向いて「何か問題があったのか?」と問うのは些かやり過ぎな気がしてしまう。
「ま、明日にはまた会うのだ。その時でよかろう」
『貴様がそれでいいというのであれば、我は何も言わぬ。よかれと思った気遣いが本当に相手のためになるか否かなど、やってみなければわからぬことだしな』
訪ねてみれば単に急な依頼が入ってアカイムが足りなくなったとか、そういうニックが原因ではない理由であることも十分にあり得るだろう。少々うがち過ぎ、あるいは早合点だったのではと内心苦笑いを浮かべつつその日一日を過ごし、更に翌日。
「ああ、どうも。貴方が依頼を受けてくれた冒険者さんですか?」
「……うむん?」
ニックに声をかけてきたのは、全身を真っ青な服で固めた長身痩躯のなんとなく頼りなさげな男だった。