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唄い手、戸惑う

 ニックとタチギキが話をした夜から、更に一週間。吟遊詩人達の暗黙の了解である「町還(まちがえ)り」を終えてマブダッチの町に戻ってきたカシューは、久しぶりに感じる喧噪の中に身を浸していた。


「はぁ……やはり都会は違いますね。まだ夜までは時間がありますが、早めに今日の仕事場所を探すとしましょうか」


 旅の吟遊詩人が大きな町に降り立った場合、まずは周辺にある小さな村などを巡り、徐々に町の方へと戻る風習がある。これは「世界に遍く詩を届ける」という吟遊詩人の理念の表れであると同時に、そうすることで大きな町にばかり吟遊詩人が集まってしまい、仕事を奪い合うような状況を防ぐという意味もある。


 実際カシューが「町還り」をしていることは吟遊詩人同士の情報網でしっかりと伝わっており、つい先日この町で十分に稼いだ先達の吟遊詩人が一人町を後にしているのだが、流石にそこまでの詳細はカシューには与り知らぬことである。


「ふむ、ここがよさそうですかね」


 人の流れをつぶさに観察しつつ、カシューは一件の酒場に目をつける。中に入れば客の姿は少ないが、それは時間帯を考えれば当然。にもかかわらず店内に美味そうな匂いが漂っているのは、夜に備えてきっちりと料理を仕込んでいるからだろう。それはつまり、時が来れば大量の客が訪れるということだ。


「失礼。私、旅の吟遊詩人でカシューと申します。今宵是非ともこちらのお店で詩を唄わせていただきたいのですが、如何でしょうか?」


「吟遊詩人!? よかった、大歓迎です!」


 若干暇を持て余していた給仕の娘に声をかけると、カシューが思っていたよりもずっと熱烈な言葉をかけられ、しかも手を取って熱い視線まで送られてしまった。きちんとした店を選べば拒まれることは滅多に無いとはいえ、ここまで歓迎されるのは不思議でカシューは思わず首を傾げてしまう。


「あの、どうしてそこまで歓迎していただけるのでしょう? 自分で言うのも何ですが、私は別に有名な吟遊詩人というわけではないのですが……」


「あれ、知らないですか? 今この町では詩人さんに唄ってもらうのが流行ってるんですよ。それなのにずっとこの店で唄ってくれた人が『そろそろ別の町に行く』って出て行っちゃったんで、どうしようかと思ってたんです」


「そうなのですか。ならばこれも巡り合わせでしょう。ご期待に添えるよう、精一杯唄わせていただきます」


 自分の仕事が求められていると聞かされて、嬉しくないはずがない。店の隅に席を定めると、カシューは張り切って楽器の手入れを始める。乗合馬車の中では流石に音が響きすぎるため使わなかったが、人の喧噪に溢れる酒場でならば相棒たる風笛――風の魔石を使うことで口で吹かずとも音を鳴らすことのできる笛――を使わない手はない。


 そうして準備が終わってしばし待つと、日暮れと共に酒場にはドンドンと人が押し寄せてくる。最初のうちは皆食事で忙しいのでその間に自分も軽く食事をとって喉を湿らせ、そろそろ頃合いかと適当な曲を唄おうかとした、まさにその時。


「おう、兄ちゃん! 一曲唄ってくれねーか?」


 声を掛けてきたのは如何にも冒険者という出で立ちの中年の男性。その言葉にカシューは満面の笑みを浮かべつつ答える。


「勿論です。どのような詩をお望みでしょうか?」


「『嘘つき伯爵と金色の霊』って詩なんだが、できるか?」


「はい。では心を込めて唄わせていただきます」


 空気を読んで唄った詩を褒められるのも嬉しいが、客から直接唄ってくれと頼まれるのは吟遊詩人にとって誉れの一つだ。演目も古くから庶民に楽しまれている詩となれば、実力を発揮するのにこれ以上の舞台はない。カシューは朗々とその詩を唄いあげ、やがて大きな拍手と共に脱いだ帽子には無数の硬貨が投げ入れられた。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


「なあ吟遊詩人さんよ、次は俺が頼んでもいいか?」


 次に声をかけてきたのも、冒険者と思わしき若い男性。連続で詩を求められたことで、カシューは更に気をよくして答える。


「はい、もちろんでございます」


「よかったぜ! なら『嘘つき伯爵と金色の霊』を頼むわ!」


「は、はい?」


 その言葉に、カシューは思わず聞き返してしまう。


「えっと、先程と同じ詩となりますが、宜しいのですか?」


「ああ、そうだぜ。へへっ、人の頼んだのを聞くのも悪くはねぇんだけど、やっぱり自分で頼まないとな」


「そ、そうですか。わかりました」


 若干呆気にとられつつも、そう言われれば納得しないこともない。何より詩を求められて唄わないなら吟遊詩人などやっているはずもないので、しばしの休憩の後カシューは再び『嘘つき伯爵と金色の霊』の詩を唄いあげる。


「よかったぜー! 次は俺のために唄ってくれ!」


 三人目の客もまた、冒険者と思わしき男性。もっともこの酒場にいる客のほとんどは冒険者と思われるので、それは別に不思議ではない。


「喜んで。どのような詩を唄いましょうか?」


「そりゃあ勿論、『嘘つき伯爵と金色の霊』さ!」


「ま、またですか!?」


 だが、同じ詩をこうも連続で頼まれることに関しては別だ。よほど流行の詩であれば連続で頼まれることも無い訳ではないが、流石に三度連続は一〇余年の吟遊詩人人生においても一度として経験したことがない。


「あの、もし失礼でなければ、何故この詩がここまで求められているのかを教えていただくことは可能でしょうか?」


 なので、カシューは好奇心に負けてそう聞いてしまう。お客の注文に疑問を抱くなど吟遊詩人としては褒められた行動ではないのだが、もしこのまま更に続けて同じ詩を求められたりしたら、それが気になって失敗してしまうのではないかと思ったからだ。


「ん? 何だ兄ちゃん、知らないのか?」


「知らない……とは?」


「ああ、その人は今日この町に来たみたいだから、ちゃんと事情を説明してあげなさいよ!」


 互いに首を傾げ合うカシューと冒険者の男に対し、入店時に対応してくれた給仕の娘がそう声をかけてくれる。すると冒険者の男が大きく頷いてみせ、カシューが一人で座っていた円卓に腰を下ろして口を開いた。


「ああ、そういうことか。なら説明してやるけど、今この町では『嘘つき伯爵と金色の霊』を聞くと、次の日の仕事でちょっといいことがあるって言われてるんだよ」


「ちょっといいことですか?」


「そうだ。つってもまあ、あくまでもちょっとだぜ? たまたま森の中に抜け替わったレプルボアの牙が落ちてるとか、たまたま目が行った先にいい小遣いになる薬草が生えてるとか、まあその程度だ。


 勿論詩を聞いたからって絶対にいいことがあるわけじゃねーけど、それでもそういう『ちょっといいこと』があった奴が結構いてさ。だからみんな聞きたがるんだよ」


「なるほど、そういうことでしたか」


 冒険者に限らず、誰だって幸運を身の側に寄せたいと思うのは当然だ。とはいえそれだけでここまで流行るとはカシューには思えない。


「しかし、唄い手である私が言うのも何ですけど、本当に詩を聞いただけでそこまで幸運が寄ってくるものなのでしょうか?」


「ハッハッハ! まあ俺達だってそんなの偶然だってわかってるぜ? 強いて理由付けをするなら、そういう『何かあるかも?』って意識が働いている分、注意力が高まってるのかもな。


 でもまぁ、そんなのは後付けの理由よ。この詩を聞いたことで『明日はいいことあるかもなぁ』って思いながらベッドに横になると何とも気分がいいってのが一番の理由さ」


 最後に「とはいえ高い酒や綺麗な姉ちゃんには負けるけどな!」と付け加えて豪快に笑うと、冒険者の男は席を立った。その背を静かに見送ってから、カシューは男の言葉を自分の中で反芻する。


(なるほど。余韻とかではなく詩を聞くという行為そのものに意味をもたせ、いい気分を持続させる、か……これは新しい考え方ですね。そしてその効果をより強く感じたいからこそ、誰かの頼んだものではなく自分が詩を頼みたいと思うと)


 今この時だけではなく、後にも幸せを残せる詩。それは新たな境地であり、カシューの中にも強い想いが宿る。


「わかりました。それでは皆様の幸せな眠りと幸運な明日のために、精一杯唄わせていただきます。どうぞ心ゆくまでお聞き下さい」


 スッキリした顔つきになったカシューは、その日都合七度同じ詩を唄い、酒場にいた客達に同じ数だけの拍手喝采を受けたのであった。

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