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父、感心する

「いやぁ、実に素晴らしいお話でした」


 興奮した子供が母親に言われて席に戻ったところで、カシューがニックに話しかけてくる。いい話を聞けたからか、その表情は実に満足げだ。


「何とも『詩映え』のする冒険譚でした。これならばいくらか手を加えるだけで人気の詩になりそうですよ」


「ははは、そうかそうか……っと、一つ頼みなのだが、もし本当に詩にするのであれば、先の話に出てきた人名などはぼやかしてもらえるか? 流石に本人の知らぬ所で有名になるのを皆が望むとも限らんからな」


「ああ、それはご安心ください。依頼があって作成されるような詩や、あるいは史実を元にした詩の場合を除けば、基本的には登場人物が何処の誰というのはわからないようにしますので。でないとニックさんの仰るとおり、後々問題になることもありますからね」


 ニックの願いを聞いて、カシューが軽く苦笑しながら言う。詩の元になった本人の訴えならばまだしも、時には全く関係ない他人が「今のは俺のことだろ! なら稼いだ金を俺にもよこせ」などと絡んでくることもあるため、実在する人物を強く連想させるような詩は基本的には書かないのが吟遊詩人の鉄則なのだ。


「そういうことなら問題ない。では完成を楽しみにさせてもらおう」


「是非ご期待下さい」


 互いに笑顔で握手を交わし、そのまま二人は雑談を続ける。ニックの冒険譚は既にタップリと話し終えたところなので、今の話題はカシューの職業、吟遊詩人についてだ。


「ほう、基本は師から受け継ぐものなのか」


「はい。駆け出しの間は金銭的にも実力的にも遠出は無理ですから、どうしても師となる吟遊詩人の方の行動範囲からそう遠くは離れられないのです。なのでその近くで一昔前に流行った詩を二〇編ほど教えてもらい、それを足がかりに少しずつ遠くへと移動していく感じですね」


「なるほどなぁ。ということは、それ以後の詩は全て自作なのか?」


「当然自作もしますが、多いのはその地域で人気になっている詩を同業者から買って唄うというものですね。


 詩に権利などというものがあるわけではありませんが、流行というのは移り変わりが激しいものですから、そこをケチって酒場に通い詰めて盗み覚えるくらいならお金を払って一日でも早く詩を覚え、それを余所の酒場で唄う方がよほど儲かりますので」


「そうなのか。上手くできているのだなぁ」


 カシューの言葉に、ニックはしきりに感心する。酒場で吟遊詩人を目にすることはあってもこうしてゆっくり話をする機会などなかったので、その内容は実に新鮮で興味深い。


「他には……そうですね。一般の方にはあまり知られていないことですが、我々吟遊詩人にも冒険者の方と同じで吟遊詩人ギルドというものがあります。でもそこでは自作の詩を登録するだけで、自分の知らない詩を売ってもらったりはできないんです」


「ん? 何故だ?」


 詩を取りまとめて記録を残すというのはわかるが、それを教えないというのは意味がわからない。不思議そうに問うニックに、カシューは悪戯っぽく笑って答える。


「ふふふ、これは全ての吟遊詩人が師から教えられることなのですが、詩というのは生き物なのです」


「むぅーん……?」


「そんなに難しい顔をしないでください。たとえば誰かが一つの詩を作ったとして、それが素晴らしいものであれば同業者にも広まっていきますし、弟子に受け継がせたりもするでしょう。


 でも、口伝というのは完璧ではありません。伝わるごとに少しずつ内容が変わっていってしまうものですし、あるいはそれを唄う場所の風土や政治情勢などによって意図的に内容に手を加えることもあります。


 そうやって少しずつ変わりながら唄い継がれることで同じ詩でもそれぞれの味を持つようになり、また変化の仕方で当時の時世がわかったりするんですよ」


「なるほど、時と共に移り変わるからこそ『生き物』というわけか」


 そう言って頷くニックに、カシューはゆっくりと頷き返してから言葉を続ける。


「そうですね。元は同じ詩のはずなのに、誰が、何処で、いつ唄うかでその内容が変化していく……誰かが産んだ赤子(うた)が、数多の人々の手で育てら(うたわ)れて成長していく。それこそが吟遊詩人の醍醐味であり、だからこそ自分の育てた詩は自分の子供のような宝であり、直接顔を合わせた相手にしか教えないわけです。


 そしてそんな変化を邪魔しないために、ギルドは詩を集めるだけで売らないのです。誰もがギルドから『正しい』詩を買ってしまえば、詩が育つ余地がなくなってしまいますからね」


「ほっほーぅ! なんともはや、実に深いな。正直なところ吟遊詩人というのがそれほど偉大な存在であるとは思いもしておらんかった。これは見識を改めねばならんな」


 先程よりも更に深い感心の気持ちを持ってそう言うニックに、しかしカシューは笑いながら手を振って否定する。


「いえいえ、これはあくまで吟遊詩人側の心得ですので、詩を聞いて下さるお客様には関係の無いことです。どうかこれまで通りに気軽に詩を聞き、純粋に楽しんでいただければそれが一番ですよ。


 我らはただ唄い、それを聞いて下さる方々に喜びを、悲しみを、怒りを、そして最後には楽しみをお届けする。お客様の満足された笑顔こそが何よりの報酬で、それがあるからこそ詩は長い年月を経て人々に受け継がれるのです」


「か、格好いい! ねえねえお兄ちゃん、僕も吟遊詩人になれるかな?」


 と、そこでニック達の話を聞いていた子供が、またも目をキラキラさせて今度はカシューに話しかける。そんな子供の後ろでは両親が申し訳なさと心配を合わせた視線をカシューに向けてきており、そんな二人に小さく頷いてからカシューが優しく子供に語りかける。


「ええ、なれますよ。君が楽しい話を作ったり、それを人に聞かせたりするのを幸せだと感じられるなら、きっとなれます。


 ただし吟遊詩人になるには読み書きは必須です。まずはしっかりご両親のお手伝いをして、その合間に勉強をするところから頑張ってみてください」


「べ、勉強……お父さん……」


「ん? ああ、そうだな。村に帰ったら村長さんにお願いしてみるといい。あそこなら本もあるし、基本的な読み書きと計算くらいなら教えてくれるはずだ。お前がやる気があるならお父さんから頼んであげよう」


「ホント!? やった!」


 すがるような息子の視線に父親がそう答えると、子供はそういってその場ではしゃぎ出す。もっともすぐに母親に怒られて大人しくなり、母親が周囲の客達に何度も頭を下げて謝罪したが、幸いなことにその程度で怒る者はこの場にはいなかった。


「むぅ、子供に人気で負けたのは久しぶりだな」


「おっと、これは大変な失礼を。しかし私も人気商売ですので、こればかりは譲れません」


「であれば、ここは勝負だな」


「勝負……ですか?」


 不思議そうに首を傾げるカシューに、ニックはニヤリと笑ってみせる。


「そうだ。お主『少し休んだらもう一曲唄う』とこの子供に約束していたであろう? ならば儂ももう一つとっておきの話を披露する。それでどちらの方が面白かったかをこの子に選んでもらうのはどうだ?」


「ほほぅ。そういう勝負であれば、受けて立たねば吟遊詩人の名折れですね。いいでしょう。お代もいただいておりますから、とっておきの詩を披露しますよ」


「フッフッフ、儂だって負けぬぞ?」


 互いに顔を合わせ、不敵に笑い合うニックとカシュー。そんな二人を見つめるのは、期せずして更に面白い話を聞けると大喜びする子供と、素知らぬふりをしつつも楽しげに耳をそばだてる他の乗客達。


「では僭越ながら、私の方から先に唄わせていただきましょう。『嘘つき伯爵と金色の霊』、どうぞお楽しみください」


 そう言って優雅に一礼してからカシューが見事な声で詩を唄う。その声に聞き惚れつつも、ニックは次はどんな話をしようかと密かに頭の中で考えていた。

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[良い点] こういったゆっくりでも楽しそうな回は好きだなぁって
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