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父、再検討する

 勇者、勇者を辞める――その衝撃の情報は出立を急遽取りやめた幾つもの部隊によって即座にそれぞれの派遣元の国へと伝達されることとなり、それを機に瞬く間に世界中へと広まった。


 まず最初に反応したのは、当然ながら諸国の王侯貴族達だ。中でもフレイに好意的だった者達の受けた衝撃は大きく、何とか勇者の評判を回復できないかと動いていた者は「せめて一言相談してくれれば」とそこまでの信頼関係を築けなかったことを悔やみ、なかには二〇歳にも満たない娘……世間的なものはともかく、政治の世界に生きる者にとって二〇歳など子供と同じだ……に勇者の重責を背負わせたばかりか、それを放り出す決断をさせるほどに追い込んでしまったのかと、己の無能を悔いて涙を流す者すらいた。


 だがそれに対して、軍部の反応は冷ややかだった。自分達に余計な危険を背負わせた挙げ句に、それ(・・)を理由にして戦いから逃げた勇者が遂に勇者であることからすら逃げた。そんな批判はあっという間に一般の民草の間にも広まり、世界中で一気に勇者に対する不満が噴き上がる。


「口では偉そうな事言ったくせに、自分は何もしねぇうちに全部ほっぽりだして辞めるなんざ、今代の勇者は最低の腰抜け野郎だ!」


「そうだそうだ! まあ女だから野郎じゃないんだろうけどよぉ」


「あー? じゃあ何て言うんだ? 女郎か?」


「ばっか、そりゃ娼婦の別の呼び方じゃねぇか! 今時そんな呼び方する奴なんていねぇけどよぉ」


「ならいいじゃねぇか! どうせ戦いもしねぇなら、俺達のシモの世話くらいしてくれって話だろ!」


「ああ、そいつぁいいな! ガッハッハ!」


 そこかしこにある町の酒場で、もはや誰憚ることなく大声で勇者に対する批判が騒がれるようになる。だがそれを咎めるものもなく、このまま「最悪の勇者」としてフレイの名が歴史に埋もれるかと誰もが思っていたが……たった一つの出来事により、その流れが完全に変わった。





「ふむ、どうやら今日も元気に活躍しているようだな」


 イーワへの道のりの途中、冒険者ギルドに顔を出したニックは一番目立つ所にある張り紙の内容を見て上機嫌に笑う。それは『ぼうけんのしょ』に表示された内容を書き写したものであり、そこには元勇者(フレイ)の活躍が記載されていた。


「フレイちゃんだっけ? 大したもんだよなぁ。また村を一つ開放したのか」


「おいおい、ちゃん付けは不敬じゃないか?」


「馬鹿言え、もう勇者じゃないんだから様なんて呼ぶ方が駄目だろうが。俺はフレイちゃんを応援してるんだよ!」


「お前ちょっと前まで勇者の事滅茶苦茶言ってたじゃん……手のひらクルックルだな」


「うるせぇな! 過去がどうだろうと、俺は今頑張ってる奴の味方なんだよ!」


『フフフ、貴様の娘はなかなかに人気者だな』


 近くで話していた男達の言葉に、ニックの腰からオーゼンが語りかけてくる。その場ではそっと鞄を撫でるだけで返答とすると、ニックはそのまま掲示板から適当な依頼を剥ぎ取り、手続きをしてから冒険者ギルドを後にした。


『にしても、これほど見事に評価が変わるとはな』


「人というのは、結局自分の目で見たものしか評価できんのだ。そして今はフレイの頑張りが誰が見てもわかる形で現れている。ならば評価されるのは必然であろう?」


『なんとも軽い人望だな』


「まあ、こう言っては何だが所詮は他人事ということだろうな。顔も知らぬ勇者が遠方の地で活躍している……結局ほとんどの人が目にするのはその程度の情報に過ぎぬのだ」


 呆れた口調で言うオーゼンに、ニックは小さく肩をすくめて答える。


 フレイが勇者を辞めてからも、フレイの行動は『ぼうけんのしょ』に書き記されていた。当然だが、人間が与えた勇者の肩書きや特権を捨てたとしても、フレイの勇者としての能力が失われたわけではないからだ。


 そして肩書きを捨てたフレイは、単なる冒険者として魔族領域を開放するための戦線に加わった。そうしてそこで剣を振るい、数え切れない程の魔族や魔物を打ち倒し、それと同時に善良な魔族の保護も行っている。その活躍が『ぼうけんのしょ』によって知れ渡ることで、フレイの評価が一変したのだ。


『特権を自ら捨て去り、何の義務もなくなってなお最も危険な場所で剣を振り続ける娘……か。確かに人気が出るのも頷ける話ではあるがな』


「『ぼうけんのしょ』には嘘は書かれぬ。どれほど大層な噂話が流れようとも、結局の所は真面目に頑張る者の評価を落とし続けることなど誰にもできんということだ」


『単純であるが故に簡単に貶められたものが、単純であるが故に簡単に挽回されたか。何とも皮肉な話だな』


「ふふふ、だな」


 苦笑するように言うオーゼンに、ニックもまた微笑みながら答える。その表情は何処までも楽しげで、それなりの期間ずっと一緒に旅をしているオーゼンからしてもここまで機嫌のいいニックを見るのは初めてのことだ。


『随分と機嫌がよさそうだが、貴様はこれでよかったのか? 貴様は娘が勇者であるために色々と手を焼いてきたのであろう?』


「これはあの子が選んだことなのだから、それに儂がいいも悪いもあるまい。それにそもそも、儂は勇者として生まれたあの子がその重みに押しつぶされないように鍛えただけで、本人がそれを嫌がるのであればそれを押しつけるつもりなどこれっぽっちも無いからな」


 最初に(フレイ)が勇者を辞めたという話を耳にした時、ニックはフレイが望むのならばフレイをあらゆる戦いから遠ざけ、家に帰って二人でのんびり暮らすことも検討していた。それでもなお傷ついた娘にたかってくる輩など、無慈悲な拳が一撃の下に粉砕したことだろう。


 だが勇者を捨てたフレイはより一層勇者らしい活躍をしており、そこから伝わってくるのは決して肩書きと悪意に押しつぶされた人間の行動ではない。


 だからこそニックはフレイに会いに行くことをしない。娘がまっすぐ頑張っている姿を世界中の誰よりも信じ、心から応援するだけ。


「とは言え、イーワでの活動に関しては大分考えを改めねばならん。(フレイ)が勇者を辞めた以上、儂の方もジュバンの名が使えなくなってしまったからな」


『おっと、そう言えばそちらの問題があったな』


「うむ。ウラカラ殿の情報によると、相手は国の中枢にいるような貴族らしいからな」


 たとえ国家機関が調査した情報が手にあろうとも、それを訴えるのが単なる冒険者となると相手が貴族ではかなり分が悪い。ましてやそれが国の中枢にいるような高位貴族となれば尚更だ。


「正直、調査にはジュバンの名を使おうと思っていたからな。鉄級冒険者では話をすることすらできんし、イーワ国内で訴えても握りつぶされて終わりであろう。


 もしどうしようもなければ最終手段として儂が直接知っている王族の誰かに助けを求めるという手もあるが、他国の政治に口を挟ませるのはいくら何でも迷惑を掛けすぎてしまうしな」


 これがまだフレイが勇者であれば別だったが、今はもうフレイもニックも一般人だ。一応事件そのものはフレイが勇者であった頃に起きていたので追及することに問題はないが、それでも「既に勇者ではない者」のためにそれだけの無茶をしてくれと頼むのは色々な意味で難しい。


「……いや、そうか。儂ももう勇者の父ではないのだから、適当に殴って逃げてしまってもいいのか?」


『いいわけなかろう!? せっかく名誉が回復しつつある娘の父が貴族を殴って逃亡している手配犯など、それこそ貴様の娘の努力が水の泡ではないか!』


「はっはっは、オーゼンよ。冗談だぞ?」


『……本当にか? 本当に冗談か?』


「……無論だ」


 オーゼンのツッコミに薄い笑みを浮かべて答えるニック。だがその視線は宙を彷徨っており、今一つ信じ切れない。


『貴様であれば誰の目にも留まらずに貴族家に潜入し、犯人だけを殴って脱出などということもできるのだろうが、本当にやめておくのだぞ? 犯罪者の片棒など我は担ぎたくないからな?』


「わかっておるから安心せよ……何処からともなくやってきたドラゴンが何故か屋敷を襲うとかはどうであろうか?」


『貴様が殴って脅したドラゴンに襲わせるのか? それともまさか貴様がドラゴンの着ぐるみでも着て襲うのか?』


「はっはっは、言ってみただけだ…………空から大岩が振ってくる方が現実味があるか?」


『はぁ……本当に貴様という奴は』


 その後もいくつか提示されるニックの冗談(・・)に対し、オーゼンはただひたすらに呆れた声で却下し続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジュバンの名はニックを守る鎧ではないの。 ニック本来の力を私たちが押さえ込む為の社会の拘束具なの。 その呪縛が今娘の力で解かれていく。 私たちにはもうニックにパンツをはかせることはできないわ…
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