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娘、困る

 魔族領域との境界にある砦、フミトドーマル。そこには遂に再開されることになった魔族領域への侵攻を今か今かと待ち構える大勢の兵士達の姿があり、その中には明らかに兵士とは違う雰囲気を纏った一団……勇者フレイとその仲間達の姿もあった。


「遂にまた始まるのね……」


「そうねぇ。でもまあ、今回は前みたいにはならないでしょぉ?」


「ですな。多くの国のお偉方から協力を取り付けられたお二方の交渉術は素晴らしいものでしたぞ」


「ムーナの方はともかく、アタシは単に思ったことを必死に言葉にしてただけだけどね」


 大量の兵士達に埋もれた一画にて、ロンからの褒め言葉にフレイは少しだけ照れつつそう答える。目覚めてからのフレイは極めて積極的に世界を回り、今までは避けがちだった各国の王と積極的に関係を持ち、自らの思いを説いて回っていた。


 その結果はなかなかに芳しく、最終的には今回の遠征において「魔族側が先制攻撃してこない限り、こちらから対話を基本とした交渉を積極的に行う」という方針を人間連合軍の方針として採用してもらうことに成功している。


「とは言え、やっぱりあんまりいい視線は感じないなぁ」


「ま、仕方ないわよぉ。その辺はこれから行動で示すしかないわねぇ」


 幾つもの国の王達の下した「人道的」な判断に、表だって反抗する勢力はもはや無い。だがそれでも現場の兵士達にとっては死の危険が増したことは事実であり、その原因となったフレイに対する風当たりは未だに強い。


「そうですぞフレイ殿。ニック殿も言っておりましたが、ここでフレイ殿が最前線で活躍する様を見せつければ、兵士達の不満も自ずと消えていくことでしょう」


 正しいが甘いフレイの言葉。それでもそれを言い出した本人が誰よりも危険な場所で戦えば、最低限の理解は得られる。後は魔族側がどうでるかが問題だが、カバール族のような者達がそれなりにいるのであれば兵士達にも「全ての魔族が敵ではない」という考えは広まるだろうとフレイ達は考えている。


「そうよね。アタシにできることはそのくらいだし……よし、頑張らなきゃ!」


「その意気よぉ」


「微力ながら、お力添えさせていただきます」


「あ、こちらでしたか!」


 そんな風に気合いを入れ直していたフレイのところに、一人の兵士が駆け寄ってきた。まだ若い……勿論それでもフレイよりは年上だが……その男の兵士は、まっすぐな視線をフレイに向けて敬礼をする。


「勇者様! もうすぐ全軍に対する出発前の挨拶を総司令官であるタバネル将軍が行いますので、勇者様もいらしてください」


「あ、もうそんな時間? わかったわ。じゃ、ちょっと行ってくるわね」


 その呼び出しに、フレイは仲間達をその場に残して陣地の奥へと歩いて行く。そうして演説台の中央に立つ将軍の隣にて姿勢を正すと、拡声の魔法道具を手にした将軍の挨拶が程なくして始まった。


『諸君! 前回の無念な(・・・)結末に落胆することなく、よくぞまた正義のために集まってくれた!』


(うわぁ……)


 タバネル将軍の出だしの一言に、フレイは内心そう漏らす。これが将軍の本心かどうかはともかく、この場の大勢はフレイに批判的な者が多いのだということがこの挨拶だけで証明されてしまっているからだ。


『これより我ら人間は、再び魔族領域へと侵攻することとなる! だが、そこには足枷もできてしまった。こちらにおられる勇者様の貴重なご提案により、魔族もまた人に類する存在なのではないかという思想が各国の王達の間に広まったからだ!


 故に我らは魔族とも対話の道を模索しなければならない。それは今までよりも更に多くの危険を生み出す行為ではあるが、我らは皆仕える国は違えど誇り高き軍人! 与えられた命は全力で成し遂げなければならない!


 迷うな! たとえ敵が背中に刃を隠していようとも、手を伸ばしてみせる限りはこちらも剣を手放し手を差し伸べねばならぬのだ! その結果斬りつけられるのは名誉の負傷であり、祖国への忠誠、民の安寧のための必要な犠牲なのだ!』


(うぅぅ、今すぐ帰りたい……)


 朗々と響くタバネル将軍の言葉に、フレイは顔が引きつるのを必死に我慢する。いくら覚悟があるとはいっても、これだけ大勢の前でここまであからさまに叩かれるのは精神的にキツい。


(終わって! 早く終わってー!)


 そんなフレイの願いが通じたのか否か、更に五分ほどの演説の後、ようやくタバネル将軍が挨拶を終えてフレイに拡声の魔法道具を手渡してくる。


『――以上だ! では、最後の勇者様から真に勇敢なる諸君に一言いただこう。さ、勇者様』


「あっ、はい。えーっと……」


「勇者様、一言。一言だ」


「ええっ、一言って、本当に一言!? あー、うー……『平和な世界のために、みんなで力を合わせて頑張りましょう!』 ……これでいい?」


「結構です。『では、総員解散! 出立の準備にかかれ!』」


 本当に一言だけの挨拶を終えると、タバネル将軍の指示に従い整列していた兵士達が一斉に準備のために動き出す。それを見届けた二人が演説台を降りると、フレイは小さなため息をついた。


「ふぅ、疲れた……」


 勇者であるフレイの肉体はたかだか数十分立っていただけで疲労など感じるはずもないが、心の方は別だ。思わず漏らしてしまったそれに、タバネルが小さく鼻を鳴らしてから言う。


「フッ。お疲れ様でした勇者様。ではもうお帰り頂いて結構です」


「わかりました。じゃ、仲間のところに戻らせていただきます……あ、そうだ。それでアタシ達はどの部隊と一緒に出発すればいいんでしょうか?」


「ハッハッハ、何を世迷い言を。勇者様がこの戦に参加しないことは皆が理解しておりますぞ?」


「はぁ!? え、どういうこと!?」


 訳のわからないタバネルの言葉に、フレイは本気で困惑してそう問い返す。そんなフレイを前に、タバネルはやや呆れたような声で言葉を続けた。


「ハァ……いいですかな? 先の勇者様の発言により、この軍の方針が『魔族との対話を試みる』ものになったのは当然ご存じでありましょう?」


「そりゃあ勿論。そうなるようにアタシも頑張りましたから」


「らしいですな。そしてそれは魔族を殲滅対象ではなく、人間と同じように考え、扱うべきだという主張です。民間人をみだりに殺さない、まずは対話を試みる、交戦するのは戦う意思を持つ者と軍人のみ……それらは正しく人同士の戦争の時に敵国の民に対する配慮と同じですからな」


「まあ、そうね。それが一番わかりやすい基準だろうし」


 流石に敵対している相手を自分達より丁寧に扱えなどとフレイも言うつもりはない。自分達と同じように言葉が通じてわかり合える存在だと認識し、人として最低限の配慮をしてくれるならばそれでいいのだ。


「ならばおわかりではありませんか? 各国の首脳が『魔族を人に準ずるもの』と定義したことで、この戦もまたを『人間同士の戦争に準ずるもの』となったのです。そしてそうである以上、勇者様がこの戦に加わることは許されないのですよ」


「えー? それはちょっとこじつけというか、強引じゃない?」


 タバネルの主張に、フレイは思いきり眉根を寄せる。だがそれに対するタバネルの答えはしかめっ面のまま首を横に振ることだ。


「その判断は現場の指揮官でしかない私にはお答えできません。ですが私の所には間違いなくそういう指示が降りてきておりますので、勇者様を部隊に参加させることは不可能です。


 もし万が一ここで勇者様を『戦争』に加担させる前例を作ってしまえば、五代目以降の勇者様は何らかの理屈をつけて戦争にかり出されるようになってしまうでしょうからな」


「うっ、それは……」


 勇者は戦争に加担しない。そこには如何なる例外もなく、特に自分から攻め込む方にその力が加わることは絶対に否定しなければならないものだ。それを破る前例となってしまうのは、勇者としてとても許容できることではない。


「それにもし勇者様の言う通り『魔族との和平』なるものが実現する時がくるのであれば、その時には『勇者は自分達と敵対していた』とするよりも、『勇者だけは自分達を人として扱い、どちらにも平等に敵対しなかった』という方がよりよいのでは?」


「まあ……そう、かな? うん?」


 想像もしていなかった方向からの指摘に、フレイの対応力が限界を迎える。言葉を深読みするほどの余裕は既になく、なんとなく曖昧に頷くような動作をしてしまう。


「ということで、戦は我らに任せ、勇者様は勇者様にしか成せないことをお願い致します。では、これにて失礼」


「あ、はい。じゃあまた……」


 そうして会話を切り上げ一礼して去って行くタバネルを、フレイはボーッとした頭で見送る……見送ってしまった。それはタバネルの言葉を受け入れ同意することに等しいのだが、もうそこまでは頭が回らない。


「……と、とりあえずムーナの所に行こう。うん、そうしよう」


 何とかそう結論づけると、フレイは早足でムーナの元に戻り……その結果、フレイはムーナにしこたま怒られることとなった。

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[一言] 種族間戦争では無く、国家間の侵略戦争だから参加しないでね?と言われているのと変わらないからね。
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