表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
567/800

皇帝、動揺する

「ち、地下? この町の地下に……こ、こだ、古代遺跡があるのかい? そりゃびっくりだ!」


 必死に……それこそ全身全霊をもって己の精神を落ち着け、笑顔が引きつっていることの意味をすり替えるようにしてマルデが言う。だがその内心にあるのは当然遺跡があることに対する驚きではなく、何故それを知られているのかに対する衝撃だ。


(どういうことだ!? まさかドーナルドが裏切った!? いや、そんなことをして何の意味が……違う、そうではない。今はそれよりも確認が先だ)


「さ、参考までにどうしてそう思ったのか聞いてもいいかな?」


「勿論です。実は私の知人に古代文字を読める者がおりまして、その者によるとこの辺りにかなり大規模な古代遺跡が眠っているという記述があったらしく、であればそれを調べてみたいと思ったのです」


「へ、へぇ……古代文字を読めるなんて、凄い人がいるんだね。それ、是非とも余にも紹介して欲しいところなんだけど」


「あー、それは……申し訳ありません。相手方の意思のいることですので、私の一存ではどうにも」


「そ、そうか。そうだよね。じゃあその人に余がもの凄く会いたがっている、話をしてくれるだけでも十分な謝礼を払う用意があるって伝えてもらえるかな?」


「わかりました。確かに伝えさせていただきます」


「うん、宜しくね」


(まさかドーナルドですら完全には読めない古代文字を読める者がいるとは……これは計画を大幅に前倒しすることも考えねばならんぞ)


 少しずつ動揺が収まってきて、マルデの思考に余裕が生まれてくる。だがそれとは対照的に今まで余裕のあった状況が一変することも感じられる。もしこの情報が拡散しているのであれば、『信仰の書(フェイス・ブック)』の独占という最高にして最後の切り札の存在が知られてしまうのが時間の問題かも知れないのだ。


「ちなみに、この町の地下に遺跡があるっていうその説は、どのくらいの人に知られているのかな? ほ、ほら! 突然帝都に大勢で押し寄せてきて、いきなり町の下を掘らせてくれとか言われても困っちゃうから、できればあんまり大事にして欲しくないなぁって思うんだけど……」


「ああ、それは大丈夫です。今のところそれを知るのは私とその知人のみのはずですからな。無論我らの知らないところで余人が同じ結論に至っている可能性までは否定できませんが」


「そ、そうなんだ! そっか、よかった。ああ、うん。凄くよかった……」


「それで、その……遺跡を調べる許可はいただけるのでしょうか?」


 心の底から安堵するマルデに、ニックが伺いの視線を向けてきた。その答えなどマルデからすれば迷う余地のないものなのだが、それはあくまで裏の顔であり、表では必死に悩んでいるように見せかけつつ言葉を続ける。


「そ、そうだね……確かに余は皇帝だから、この町の地下を調べる許可は出せるよ? 出せるけど……でもほら、町には人が住んでるわけだし、その地下を適当に掘り返すみたいな許可は流石に無理っていうか、町の人達も困っちゃうだろうし……


 あとはほら、そんな大規模なことをしようとしたら、必要な人員とかも、ね? すぐには用意できないというか、時間をかけても用意しづらいっていうか……」


「いえ、大規模な掘り返しなどは必要ありません。こちらの指定する一カ所を……そうですな。私が両手を広げた程度の広さで掘る許可をいただければ、あとは私が自力で直下掘りますので問題ありません。


 これならば人員も必要ありませんし、地盤が崩れて建物が崩壊するなどということもないかと思うのですが、どうでしょう?」


「じ、自力で掘る、の? えぇぇぇぇ……!?」


 またも常識を完全無視した提案に、マルデは本気で返答に詰まる。今回ばかりは作戦ではなく必死にウラカラに視線を向けると、空気を読んだウラカラがニックに声を掛けた。


「申し訳ありませんジュバン卿。陛下も仰っておられましたが、帝都の何処かに穴を掘るというのは容易には許可できません。町の治安にも関わることですので。


 なのでできれば他の願いをお願いできませんか?」


「む、まあそうですな」


(よくやった! 素晴らしい働きだウラカラ! 後でお前の欲しがっていた肉球マッサージ棒を皇帝権限でこっそり買っておいてやろう!)


 信頼する腹心の素晴らしい働きに、マルデは内心で拍手喝采する。が、それと同時に気になるのは想定よりもずっとあっさりと引き下がったニックの思惑だ。


(この程度で引き下がるということは、そこまで確信があるわけではないのか? 少なくとも『信仰の書』の存在が判明しているというわけではなさそうだな……いや、それともだからこそ引き下がった? こちらの反応を見てそれが本当に「ある」ことを調べたかったのか?)


 話せば話すほどに気になる事が増えていくが、とはいえこの件はこれ以上追求できない。こちらから問う……主導権を相手に渡してしまえば、そこから挽回するのは容易ではないのだ。


(くそっ、気になるが仕方が無い。言い出したのは余なのだから、今はとにかく別の形で会話を決着させねば)


「それでジュバン卿。町に穴を掘らせるのはかなり難しいみたいだけど、他には何かあるかな? もうちょっとこう、余の権限だけで何とかなりそうなお願いだと嬉しいかなぁって思うんだけど」


「むぅ……そうなると特には思い当たりませんな」


 マルデの言葉に改めて考え込むニックだったが、僅かな逡巡の後そう言って首を横に振る。しかしその答えはマルデの最も望まないものだ。


(この段階で何か褒美を与えておかねば、褒美が宙に浮いてしまう。この男に対してそれは避けたい)


 少し前、それこそこちらから話を持ちかけた時であれば「借りを作っておく」ことはその後も繋がりを保てるという意味で有用だった。だがニックが自分が想定するよりもずっと賢く、かつ自分を追いつめ得る知識を持っているとなれば、借りなど怖くて作れない。


(仕切り直しの時間が欲しい。できれば国外に追いやって、その間にもっと精緻な情報収集をするのだ。その為の札は……ある。あるが……)


 この状況で切れる札が、マルデの脳内に浮かび上がる。だが「暗愚帝」である自分ではその札を切ることができない。


(となれば……)


「そうなのかい? さっきも言ったけど、何でもいいんだよ? たとえばジュバン卿本人に関することじゃなく、娘さん……勇者様のことに関してとかでも。そうだよね、ウラカラ?」


 気づけという念を込めて、マルデがウラカラに顔を向けて問う。それに一瞬だけ考え込んだウラカラだったが、果たしてマルデの思いは届き、小さく笑みを浮かべてからウラカラがニックに顔を向ける。


「そうですね。我々の掴んだ情報の一つに、勇者様に凶刃を向けようとした者達の首謀者の所在があります。そちらなど如何ですか?」


「何と!? それは是非ともお教えいただきたい!」


 ウラカラの提案に、ニックは勢い込んでそう告げる。既に暗殺組織そのものは叩き潰し、おそらくはこれ以上仕事を受ける者はいないだろうと予想してはいても、その首謀者を野放しにするという選択肢がニックにあるはずもない。


「わかりました。他国の貴族も関わることなので本来ならば国家機密なのですが、今回のジュバン卿の働きを鑑みればそれをお伝えすることは吝かではありません。


 ですが内容が内容ですのでこの場ではお話できませんし、ザッコス帝国からもたらされた情報であると公言しないことも約束していただきます。またお伝えするのは極めて精度の高い情報ではありますが、形あるものではないので絶対に間違いがないということもありません。


 以上を踏まえてご了承いただけるのであれば、今回のジュバン卿への褒賞はこの情報ということにさせていただきます」


「わかった……いえ、わかりました。その条件でお願い致します」


「では、謁見が終わりましたらこちらからお声がけさせていただきます」


 ウラカラのその答えにニックは満足げに頷き、以後は差し障りのない会話を幾度か交わしてから、ニックが謁見の間を去って行った。その大きな背中を見送ると、マルデはぐったりとした様子で玉座の背にグデッと体を預ける。


「……………………ハァ、乗り切ったか」


 それはいつもと同じ、だらしなく情けない皇帝の姿。だが今回だけは演技ではなく、マルデは苦笑いして見つめている臣下達の前で心からの安堵のため息を漏らすのだった。

※はみ出しお父さん 肉球マッサージ棒


とある獣人の職人が「究極の感触」を約束すると称して作っている逸品で、正式名称は「プニり棒」。一部の人々の間で絶大な人気を誇るも純粋な生産能力の問題で入手は困難、現在はおおよそ一〇年待ち。買うのは『濃い』愛好家ばかりなので、実は皇帝の権力でもかなり無理をしないと手に入らなかったりする。


なお同職人の作品には至高の手触りを追求した「へそ天クッション」や腕を乗せると優しく尻尾が巻き付いてくる「かぎしっぽアームレスト」、羽ペンを収めるとキュッと両手で抱きしめてくれる「だっこペン立て」などもあり、ウラカラがそれなりの額の私財を投じてそれらを集めているのはここだけの秘密である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[良い点] ウラカラはモフリストだったか.....
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ