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真愛伯爵、語り尽くす

「ハァ……ハァ……僕はここで死ぬのかい?」


「死ぬわけなかろう? そんな無責任な逃避などさせるものか」


 断たれた四肢からダクダクと血を流し荒い息を吐くロリペドール。その体にニックが腰の鞄から取り出した回復薬をかければ、瞬く間に血が止まっていく。


 と言っても、あくまでも出血が止まったというだけだ。切られた手足が生えてくるわけでもないし、失った血が戻るわけでもない。青白い顔をしたロリペドールが唯一動かせる首を傾けニックの顔を見上げる。


「あぁ、やっぱり強いなぁ……君は強いよ、ジュバン卿。幼い娘を守る為に大国にすら立ち向かい、勇者を我が物にしようとするあらゆる敵から娘を守り抜いた! その強さに憧れて僕も国をやっつけてみようかと思ったけど……文字通り手も足も出ないようにされちゃったね。アハハハハ……」


「そんな冗談が口にできるなら、とりあえずは大丈夫そうだな」


「……これが大丈夫に見えるなら、君の正気を疑わざるを得ないよ? ジュバン卿」


「フッ、言っておれ」


 まるで旧知の友人であるかのように、ニックとロリペドールが軽口を交わし合う。大量に血を失ったことでそこに溶け込んでいた薬物が抜け、今のロリペドールはかつて無いほどに穏やかな気持ちに包まれていた。


「残念だ。残念だなぁ。僕は僕の愛を貫きたかった。でも僕の愛じゃジュバン卿には届かない。愛を貫くには、これほどの……これほどの力が必要だったのか!


 流石は歴代で最も自由な勇者の父親だね。心の底から感服するよ」


「最も自由な勇者?」


 ロリペドールの言葉に、ニックは軽く首を傾げる。フレイが自分の思うままに動き回っていることは知っているが、そんな肩書きを持っていたなどとは聞いたことがない。


「はは、近すぎると気づかないものなのかな? 勇者の力も肩書きも、どんな国だって喉から手が出るほど欲しいものじゃないか。初代はともかく二代目と三代目は表向きこそ中立でも、裏では大国と懇意にしていたらしいよ。


 というか、ジュバン卿だってそうだろう? 政治にこそ関わらないとはいえ、助けを求められたら力を貸す王族はいるはずだ」


「む、それはまあ……」


 ニックの頭に、コモーノの王族やエルフ王イキリタス、獣王シッポカールなどの姿が浮かんでは消えていく。たとえば彼らが「侵略戦争をするから力を貸してくれ」と言うならば断るだろうが、逆に他国から侵略されたりすれば、きっとニックは助けに行くだろう。


「そういう意味では、君の娘……今代勇者フレイ・ジュバンは本当に自由だよ。どんな国の貴族や王族とも深い関わりをもっていないし、何のしがらみにもとらわれていない。


 そしてそんな生き方を『勇者』が選べるのは、君の愛があればこそだ。ジュバン卿の力を知っているからこそ、そして知らずに手を出せばその拳が振るわれるからこそ、君の娘は自由なんだ……まさに理想的な愛の形だよ」


「まあ、いいことばかりではないだろうがな」


 何処かうっとりとした表情で語るロリペドールの賞賛に、ニックは微妙に苦い顔をする。


 あらゆる国家、あらゆる権力と一定の距離を保っているというのは、己の利益のためにフレイを喧伝してくれる勢力もまた存在しないということだ。それがフレイの知名度を今一つ低くしている原因でもあるため、ニックとしては複雑な思いを抱かざるを得ない。


「ああ、そんな自由が僕も欲しかった……僕の愛を貫ける、そんな自由が……」


「ふ、ふざけるな! 子供達の愛と自由を誰よりも奪ったお前が、そんなことを口にするのか!」


 と、そこで今までジッと黙って成り行きを見守っていたシラベルトがロリペドールを怒鳴りつける。その顔には強い憤りが滾っていたが……しかしロリペドールはチラリとそちらに視線を向けるのみ。


「またお前か……好きに鳴いていればいい。お前のような低次元の存在に僕やジュバン卿のいる高みの話なんて理解できるとは思っていないからね。


 ああ、そうだジュバン卿。ユリアナ君の護衛達が魔導鎧を着ていない理由を知りたいんだったね? 説明してあげるよ」


「このっ!? こっちの話はまだ――」


 なおも食い下がろうとするシラベルトを、ニックが手で制する。それを見て満足そうに笑ったロリペドールは、ニックの方だけを見て言葉を続けた。


「彼女達が魔導鎧を身につけなかった理由はただ一つ……それを着るのは、どうにも気持ち悪かった(・・・・・・・)らしいよ?」


「気持ち悪い? どういうことだ?」


「フンッ! どうせ男が作ったものだからとか、そんなくだらない理由ですよ!」


「彼女達が言うには、魔導鎧は確かに強い力を得られるが、その代わりに自分のなかの何かが遠くへ引っ張られるような気がしたそうだよ」


「……どういうことだ?」


 ロリペドールのその言葉に、ニックは険しい顔でシラベルトの方を見る。だがシラベルトは強く首を横に振ると、憎悪の籠もった視線をロリペドールに叩きつける。


「知りません! 私はそんなの感じないですし……どうせ苦し紛れのでたらめです!」


「どう取るかはジュバン卿の自由さ。ちなみにだけれど、確かに僕もほんの僅かにそんな力を感じるかな? おそらくだけれど、僕やユリアナ君のように純粋な愛に満ちた存在でなければ気づけないほど小さな違和感なんじゃないだろうか?


 そういう意味では、ジュバン卿が魔導鎧を着れば何かわかるかもね」


「くそっ、いい加減にしろ!」


「待つのだシラベルト殿!」


 腰の剣に手を掛けたシラベルトを、ニックが慌てて止めに入る。


「せっかく生かして捕らえたというのに、腹いせに殺してしまっては意味がなかろう! この者のやってきたことを考えれば、単にこの場で切り捨てて終わりにはならんはずだ」


「…………そう、ですね。申し訳ありません、取り乱しました」


 取り逃がすことに比べればその場での殺害も視野に入ってはいたが、無事に確保できた状況で感情に任せて殺すなど決して許される失態ではない。諭され頭を下げるシラベルトを余所に、ロリペドールはかわらずニックにだけ話しかける。


「さて、それじゃ僕の話はこのくらいかな? この後どうなるのかわからないけれど、このナリじゃどうすることもできないしね」


「…………元カッツヤック王国伯爵、マジラヴ・ロリペドール。お前を国家騒乱及び人身売買などの容疑で逮捕する」


「好きにしろ。本当ならジュバン卿に抱えてもらいたいところだけど……」


「それは無理だ。儂はあくまで冒険者であり、ザッコス帝国の兵士というわけではないからな」


 憮然とした表情のシラベルトに抱え上げられたロリペドールの願いに、ニックは苦笑してそう答える。一応詰め所に運ぶまではニックがしてもいいのだが、特にそうすべき理由も、そしてそうしたいという思いもニックにはなかった。


「ああ、そうだ! もう一つだけ、どうしても聞いてもらいたいことがあるんだけど……」


「いい加減に――」


「何だ? 言ってみろ」


 再び怒りを露わにしたシラベルトだったが、ニックがそう言ったことで足を止めてニックの方に体を向け直す。そうすることで必然ロリペドールの体もニックと向き合うことになり……今までで一番真剣な眼差しがニックの目をまっすぐに見つめる。


「この部屋の奥の机、その下の引き出しに子供達の状態を解除する薬が入っている。それを使って目覚めさせたら、どうかこの子達を……僕と同じくらいに愛してくれる人のところへ連れて行ってあげてほしい」


「この期に及んで! 自分でこんなことをしておいて! 貴様が、貴様がそれを言うのかロリペドール!!!」


 シラベルトの怒りが限界を超え、一旦床に降ろしたロリペドールの顔を思いきり殴りつける。四肢の無いロリペドールがそれを耐えることなどできるはずもなく、その体が大きく揺らいで……だが床に倒れ込むより早くニックの手がロリペドールの体を支える。


「ジュバン卿!? 何で!?」


「冷静になれ! そんな勢いでこの男が床に倒れたら、腹と背に抱きついたままの子供が怪我をするであろうが!」


「っ……………………ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


「シラベルト殿の怒りは理解できる。儂もまた人の親だからな。だがだからこそ感情に任せて拳を振るってはならんのだ。それは単なる自己満足でしかない。


 自分を納得させるための暴力というのも頭ごなしに否定はせんが、少なくとも今はそれが許される状況ではないはずだ」


「わかり……ました…………っ」


 震える拳を握りしめ、シラベルトが必死に耐える。それをしっかりと見届けてから、ニックは改めてロリペドールに声をかけた。


「お主の子供達のことは、儂の力が及ぶ限り愛してくれる者の元に送ると約束しよう。それこそお主のことなど綺麗さっぱり忘れてしまうほどにな」


「はっ、ははは……その言葉は、今の羽虫の一撃よりもずっと痛いよ。流石はジュバン卿だ」


「ぐっ……うぅぅ……もう行くぞ、ロリペドール!」


「フンッ、勝手にしろ……ねえ、ジュバン卿?」


「何だ?」


 もはや立ち止まらないシラベルトの歩み。その背中越しに聞こえる声に、ニックもまた追従しながら問い返す。


「誰も理解してくれないし、信じてくれないのかも知れないけど……僕は本当に子供達を愛しているんだ。他の人がどう言おうと、これが、これだけが僕の『真実の愛』の形なのさ」


「……そうか」


 その言葉を否定も肯定もせず、ニック達は無言のまま地下室を後にするのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 歪んでいるが確かに愛しているのだろうか。 悪戯に殺す親や、子などいらないと捨てる親がいる事を思えば、伯爵の愛はまだ真面だったのではと思ってしまう。 ただ、大切にするやり方を間違えてしまったし…
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