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父、幻滅される

「なるほどなるほど。自由な愛を叫ぶ国、その為の革命か……確かに男ならば一度は夢見る類いの妄想かも知れんなぁ」


『妄想なんかじゃないさ! 僕はそれができるだけの力がある! ジュバン卿と同じように、愛を貫くために必死に努力してきたからね!』


「そうか。儂と同じように努力した結果が、これなわけか……大したものだ」


 ニックの声が、限りなく平坦になっていく。だが言葉尻だけを取って「褒められた」と感じたロリペドールはそれに気づくことなく更に興奮を募らせていく。


『ありがとうジュバン卿! それでね、実はジュバン卿にお願いというか、お誘いがあるんだ。どうだろう、僕の国で将軍をやってみる気はないかい? 愛を追求する同志として、君には軍事における全権を任せたいんだ。共に自由な真実の愛のために戦おうじゃないか!』


「フッ、フッフッフ……」


『……? どうしたんだいジュバン卿?』


 突然笑い出したニックに、ロリペドールが首を傾げる。その無邪気な顔を前に、ニックはゆっくりと言葉を発していく。


「なあロリペドール。その国が成ったならば、お主はやはり子供を買うのか?」


『そりゃあそうだよ! 国という力を使えば、今までは助けられなかった子供達も僕の愛で包んであげられるからね!』


「そうして買った子供も、成長すれば売ってしまうのか?」


『親離れは必要だろう? 残念ながら僕は世界に一人しかいないんだから、愛が必要無くなるほどに成長した子供を手放すのは当然さ。


 でも大丈夫。ちゃーんとその子達もそれぞれを愛してくれる人のところに行くよう、僕がきっちり管理するからね!』


「……売られた子供がどんな目に遭っているのか、お主は知っているのか?」


『愛の形は人それぞれだよ。それは快楽であったり癒やしであったりすることもあれば、痛みであったり悲鳴であったりすることもある。でもそれが真剣なものであれば、僕はその愛を否定しないよ? だって、どれもこれも愛がなければできないことだからね!』


「…………ならば最後の質問だ。お主がお主なりの形で子供を愛しているということは疑わぬ。だが……子供達はお主のことを愛しているのか?」


『? それほどの愛を注がれて、何故子供達が自分を愛さないと思うんだい?』


「そうか。お主は本気でそう思っているのだな……」


 ロリペドールの顔には、ただ一欠片の罪悪感すら浮かんでいない。自分がやっていることが絶対に正しいと信じ、それを疑うという気持ちが存在していない。


「お主が何処でそう(・・)なったのか、儂にはわからぬ。だが儂の答えは……これだ」


 飲み干した紅茶のカップを、ニックはギュッと握りつぶす。バリンという音を立てて陶器製のカップが砕けると、拳の下からパラパラと破片がテーブルに舞い落ちていき……その様子を見て、ずっと上機嫌だったロリペドールの顔から表情が消える。


『……どうしてだい?』


「儂は確かに娘を愛しておる。娘の為にならば大抵のことはするつもりがあるし、場合によっては非人道的な行為もするだろう。だがな――」


 スッとニックは立ち上がり、幻影のロリペドールを見下ろす。何処か悲しげな色を含ませる視線が捕らえるのは、理解できないモノを見る子供のような大人の男。


「それは全て、娘が幸せで……笑顔であれと思うからだ。ただの一度とて、儂は自分の愛を娘に押しつけたことなどない!」


 産まれながらに勇者という大役を押しつけられた(フレイ)。そこに更に自分の気持ちを乗せるなどということを、ニックがするはずがない。


「無論心配しすぎてやり過ぎることや、時には怒られることもある。だがその全てはあの子の笑顔の為だ!


 わかるかマジラヴ・ロリペドール! 愛とは誰かの幸せを願うことであり、己の心を満たすことではないのだ!」


『…………わからない。わからないよ。それにどんな違いがあるんだい? 自分の愛は自分にしかわからない。なら自分を満たすことこそが愛であり、自分に満ちた愛で子供達を包み込んであげることが愛じゃないか!』


「それは単なる独りよがりだ。己のみで完結する世界に、無理矢理他人を巻き込んでいるに過ぎない。そこまでして子供を愛するというのであれば、どうしてその子供達が幸せになることを願えなかったのだ!? 金や権力で引き剥がさずとも、世の中には不幸な子供は幾らでも――」


『知らない! 黙れ! ジュバン卿、君までそんな差別(・・)をするのか!? 愛はあまねく平等に与えられるものだ! 僕はあらゆる子供を愛している! そこに貴賤なんて無いんだ!』


「いや、そういう話では無くてだな……」


 激高するロリペドールを前に、ニックは困り顔で頭を掻く。おそらくは自分とそう歳の変わらないであろう相手の子供じみた癇癪には、流石のニックでも対応に困ってしまう。


『愛があるなら、僕が助けた(・・・)子供を奪い返しにくればいいじゃないか! それすらできない親に愛を語る資格なんてないし、そんな不幸な子供ならば僕が愛してあげなければ可哀想じゃないか!


 それに、僕は普通に孤児だって引き取ってるぞ! 商人から買う子供の中には親がいない者も沢山いる! 僕は僕達の愛を認めない輩のように、くだらない差別なんて絶対にしないんだ!』


「あー、だからそうではなくてだな」


『黙れ黙れ黙れ! もういい! まさか憧れのジュバン卿が、こんな差別主義者だったとは! ならばもう話し合いは終わりだ』


 一方的にそう言うと、不意にロリペドールの幻影がその場から消える。するとその一部始終を部屋の入り口付近で立ったまま見ていたシラベルトが、おずおずとニックに声をかけてきた。


「あー、えっと……お疲れ様です、ニック殿」


「すまんな。もっと上手く交渉できれば、投降を呼びかけられたかも知れんのだが……」


「いや、あれは無理ですよ。気を取り直して本人を探しましょう。あれほど精巧な幻影を映し出せるのであれば、未だ屋敷内に留まっている可能性は高いですしね」


 幻影を映し出す魔法道具は幾つかあるが、直接声をやりとりしたり自分の動きをそのまま投影できるようなものは総じて有効距離が極めて短い。先のロリペドールほどの幻影となると、おそらく撮影する場所とそれを投影する場所とで五メートルも離れることはできないだろう。


 ただし、この屋敷にはユリアナが仕込んだ中継用の魔法道具が至る所に設置されており、少なくともこの屋敷内であれば何処からでも同じくらいの幻影を投影することができるようになっている。


 勿論ニックやシラベルトにはそこまでのことはわからないが、オーゼンに教えられた「屋敷中に魔法道具が仕掛けられている」という情報をニックが語ることでシラベルトも知っていたため、そのような結論に至っていた……が、それはあくまでシラベルトの話。


「いや、探す必要はないぞ」


「え? どういうことですか?」


「こういうことだ。フンッ!」


 部屋の壁に歩み寄ったニックが、徐に拳を振るう。すると轟音を立てて部屋の壁が崩れ去り、その向こうにはこの場所とそっくりな部屋がある。


「これは……隠し部屋? というか、こっちの部屋と同じ作りの部屋……?」


「幻影を投影するにあたり、動きの齟齬が出ないように同じ作りの部屋を用意していたのだろうな。ついさっきまでロリペドールはここにいたはずだ」


 ニックはずっと、壁の向こうに人の気配があることを感じていた。その気配の動き方からおそらくはロリペドール本人がいるのだろうと予想はしていたが、壁を壊して同じ部屋があったことでその予想を確信へと変える。


「いたはずって……じゃあ何であんな話なんてしてたんですか!? さっさと壁を破って捕まえてしまえば――」


「そうと言えばそうなのだが、せっかく話をしてくれるというのであればそれを聞いてからの方がよいと思ったのだ。少なくとも彼奴の口から反乱を起こそうとしているという言葉を聞き出すことはできたしな」


「それは……確かにそうですけど」


 他者が状況からそう推測するのと、本人が口にするのとでは言葉の重みがまるで違う。ロリペドール本人の口からその言葉を聞けたのは、確かに大きな収穫だ。


「それに、別に逃がしたわけではない。彼奴の気配はもう覚えたからな」


「じゃ、じゃあ……?」


「ああ。彼奴はこの先にいる。おそらくは儂等を待ち構えて、な」


 魔法道具の照明によってのみ照らされる、窓一つ無い隠し部屋。そこにたった一つだけある出入り口は、まるで奈落の底に通じているかのように漆黒を湛えていた。

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