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父、疑問を抱く

「くっ……殺せ!」


「殺さぬために儂が戦ったのに、殺すわけないであろうが!」


「きゃふん……がくっ」


 ニックの放った一撃により、ステミィがその場で意識を失う。それを以てユリアナの護衛達は全滅となり、ニック達の前には大事なところだけがかろうじて衣服に隠れたあられも無い姿の女性達が横たわっていた。


「ヒャッハー! こいつは目のやり場に困るぜぇ!」


「ニックさん、アンタって人は……」


「いや、別に儂が狙ってこんな格好にしたわけではないぞ!? 心臓や腰骨などの打たれたら一撃で終わる急所をきっちりと守った結果、その他の部位が犠牲となった……要はこの娘達の技量が高かったからこその結果であって、決して他意があるものではない!」


 ジト目を向けてくる警備兵の男に、ニックは慌ててそう言い返す。無論ニックであればそれすら無視して一撃で屠ることも可能だったが、そこは彼女達の矜持に僅かばかりでも答えようとした結果だ。


「まあそれはいいんですけど……で、この女達はどうします? このまま放置ですか?」


「む、そうだな。それでもしばらくは目覚めぬとは思うが……」


 シラベルトの問いかけに、ニックは軽く首を捻る。せっかく生きたまま無力化したのだから可能であれば先程の女性と同じく詰め所に連行したいところだが、流石にこの人数はそう簡単には運べない。


 ましてや本命であるレーズベルト女子爵やロリペドール元伯爵の発見もまだなのだから、優先順位はそちらの方がずっと上だ。


「あ、そういうことなら俺達がこいつらを見張っておきますよ」


「ん? いいのか?」


 と、そこで警備兵の男が言った言葉に、シラベルトが聞き返す。嫁がどうのと言っていただけにひょっとして気絶した女達に不埒な事を働くのではとほんの少しだけ危惧したが、警備兵の男は肩をすくめて苦笑してみせる。


「はい。どうせ入り口は確保しておかなきゃですし、さっきの女を連行していった同僚達が戻って来たらこいつらも同じように詰め所に移送します。


 っていうか、正直さっきみたいな戦いがこの先も続くなら、俺達は足手纏いでしょうしね」


「ヒャッハー! ここは俺達にお任せだぜぇ!」


「そうか……ではここはお前達に任せる。ニック殿、我らは奥に進みましょう」


「うむ!」


 真面目な警備兵達の言葉に内心で自分に対して苦笑いしつつ、シラベルトはニックに声を掛けて屋敷の中へと本格的に足を踏み入れていった。前の館と違ってこちらでは度々使用人姿の女性達が二人に襲いかかってきたりもしたが、そのことごとくはニックの拳の一撃に打ち倒され、そのまま部屋や廊下に放置されていく。


「何と言うか……ニック殿は本当に強いですね」


「そうか? まあそれなりに鍛えておるからな! というか、そうであるからこその今回の作戦だとシラベルト殿も言っておったではないか」


「まあそうなんですけど……実際にその強さを目の当たりにすると、やはり驚きを隠せないのですよ」


 鬼気迫る表情で攻めてくる使用人達をまるで地面に落ちている石を拾うくらいの気安さで撃退していくニックの姿に、シラベルトは感心を通り越して呆れすら感じさせる声でそう言葉にする。


「二式魔導鎧を纏った一〇〇人の帝国兵を倒したという話、正直半信半疑だったのですが……」


「ははは。魔導鎧は確かに強いが、あくまでも身体能力を引き上げるだけだからな。それを生かす技量を身につけるには相応の鍛錬が必要になる。


 即席で強兵を生み出せるのは確かに脅威ではあるが、真の強者……冒険者で言えば金級上位くらいになると、魔導鎧の力では太刀打ちできぬと儂は思うぞ」


「そうなのですか。参考にさせていただきます」


「まあ、個の強さと軍の強さは違うから、どちらが優れているかは状況によると思うがな……っと、そうだ。魔導鎧で思い出したのだが……」


「はい? 何でしょう?」


「何故ここの者達は魔導鎧を身につけておらんのだ? シラベルト殿から聞いた話では、皆魔導鎧を身につけているという感じだったが」


「っ!?」


 何気ないニックの問いかけに、シラベルトは驚愕の表情を浮かべる。言われてみれば確かに、ここまで出会った敵に魔導鎧を身につけていた者は一人もいない。


「そ、れは……」


 現状、魔導鎧は基本的に各国の兵士にしか出回っていない。これは魔導鎧の製法はあくまでも国が管理しているからで、製造している側にしても軍からの受注で手一杯であり、とても個人に売るような余力がないからだ。


 だが、逆に言えば軍に強い繋がりがあれば量産品である魔導鎧の入手そのものは難しくないし、貴族であれば領地の治安維持という名目で普通に魔導鎧が回してもらえる。


「レーズベルト領には最低でも五〇〇着は魔導鎧が納入されています。だからこそ我々としてもニックさんに助力を頼んだわけですからね。


 なのにここまでで魔導鎧を装着した敵には出会っていない。これは一体……?」


『フフフ。その問いには僕がお答えしようか?』


「っ!?」


 不意に背後から声が聞こえ、シラベルトは勿論ニックも驚いて即座に振り返る。するとそこには上品な貴族服に身を包んだ、身長一八〇センチくらいの割とガッシリした体格の美丈夫が立っている。


「お主、何者だ? 儂に気配を感じさせぬとは……いや、違うか?」


 中身の入ったワイングラスを優雅に手に持つ男の姿に、ニックは強い警戒心を発しながら目を細める。こうして対峙してもなお目の前の男からは何の気配も感じられず……その答えは腰の鞄からもたらされた。


『あれは幻影だな。実体はおそらく別の場所にいるのだろう』


「なるほど、幻影か」


『へぇ、よくわかったね。流石はジュバン卿と言うべきか』


「ロリペドール伯爵!」


 ニックの漏らした呟きに感心の声をあげた男に対し、側にいたシラベルトがその名を口にする。だがそれに対してロリペドールはまるで羽虫かなにかを見るような虚ろな視線をチラリと向けるのみで、その存在を完全に無視する。


『それにしても、随分と早い到着だね。ユリアナ君の自慢の妹達も、君を相手では足止めにもならなかったということか』


「はは、そんなことはないぞ? あれはなかなかに手練れであったし、先程から度々襲ってくる使用人達とて決して弱くはない。戦闘技術はともかく、自分の命を省みず、相手を殺すことに躊躇いも持たない戦士というのは実に厄介だ……そんなものを生み出せる相手も含めて、な」


『おお、これは思いのほか高評価だね。ユリアナ君に伝えれば、さぞかし喜ぶ……いや、彼女は男からの賞賛など唾棄するだけか。愛故に相容れないとは、世の中ままならないものだね』


「ロリペドール元伯爵! この屋敷は完全に包囲されている! 無駄な抵抗はやめて大人しく――っ」


『黙れ』


 ニックとロリペドールの会話に割って入ったシラベルトだったが、ロリペドールから虚無の瞳を向けられて思わず口をつぐんでしまう。


 敵意でも殺意でもなく、自分という存在を真っ向から無価値と断じる瞳。それはまるで巨大な幼子に見下ろされているかのような、今まで感じたことの無い圧力を以てシラベルトの心を強烈に押さえつけてくる。


「あっ……う……」


『……ふぅ。どうやら興が削がれてしまったようだ。というか、そもそもこんな通路で立ち話も何だし、よければ私の部屋まで来てくれないかい? 案内はその辺にいるメイドにさせるから。


 ジュバン卿にしても無目的にこんな広い屋敷を歩くよりもいいでしょ?』


「だ、そうだが……どうする? ほれ、しっかりせよ!」


「あぐっ!? そ、そうですね……いいんじゃないでしょうか……けほっ」


 ニックに背中を叩かれて、正気を取り戻したシラベルトがそう口にする。実際の所たった二人での調査など時間の浪費でしかないので、たとえ露骨な誘導であったとしても話に乗るのは悪い選択肢ではない。


「そうか、わかった。ではそのお招きに与るとしよう」


『そうかい! じゃ、とっておきのお茶を用意しておくよ』


 ニヤリと笑うニックの言葉に、マジラヴ・ロリペドールの幻影は心底楽しそうにそう答えた。

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