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父、我が儘を言う

「では、彼女は我々が責任を持って詰め所に連行しますので」


「ええ、お願いします」


「ヒャッハー! お前等なら安心だぜぇ!」


 そんな見送りの言葉と共に、連れてきた警備兵のうち八名が玄関にて別れて拘束されたミガワリンデを連れていく。これだけの人数をつけたのは万が一ミガワリンデの奪還が計画されていた場合に対する備えであり、全員で行かないのは当然ながらレーズベルト女子爵の捕縛の方が重要であるからだ。


 そうして残った四人は屋敷の中を探索していく。だが広大な屋敷には先程までと打って変わって全く人の気配がなく、何処を歩いても使用人の一人すら見つけることができない。


「これは一体……まさか屋敷の人間が全員逃げてしまっているのか?」


「少なくともこの周囲には人の気配はまるでないな。とは言え儂の感覚を誤魔化すほどの達人や魔法による隠蔽の可能性もある以上、探さぬわけにもいかんだろうが」


「ヒャッハー! こいつは面倒だぜぇ!」


「ああ、何で俺が居残り組なんだよ……一番危ない奴じゃん……」


 それぞれがそれぞれの思いを口にしつつ、ただひたすらに屋敷を歩き続ける。そうして屋敷の中央付近と思われる場所に辿り着くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。


「何だこれは? 向こう側にもう一つ屋敷があるのか?」


 広い屋敷を散々歩き回らせれて辿り着いた、とある廊下。そこには大きな窓があり、その向こうには中庭が見える。


 ただその庭は屋敷の中庭というにはあまりに広く、屋敷の横幅とほぼ変わらない広さがあるように見受けられる。おまけに庭の装飾が来客に見せつける為の前庭特有のものばかりであり、その奥にある出入り口と思われる場所はそれこそさっき通ってきた正面玄関よりもずっと精緻で美しい装飾がなされている。


「庭の端にある壁……あれはこっちと向こうを繋ぐ廊下か? なるほど、外から見れば一つの大きな屋敷でも、実際にはあの細い廊下が二本繋がっているだけで、本質的には二つの屋敷に分かれているということか。男嫌いとは言え、ここまでするとは……」


「ヒャッハー! こいつは手が込んでるぜぇ!」


「ということは、俺達が向こうに行こうと思ったら、こっちの屋敷をグルグル歩き回って何とか右か左の廊下まで辿り着いて、絶対細い通路を通って行くわけですか? うわぁ、そんなの罠があるに決まってるじゃないですか……」


「? そんなことをする必要はあるまい?」


 うんざりした表情を浮かべる警備兵の男に、ニックは不思議そうにそう言ってから徐に拳を振るう。するとガシャーンという派手な音を立てて、一枚物の大きな硝子が音を立てて砕け散った。


「ヒャッハー! オッサンはやることが派手だぜぇ!」


「ちょっ!? ニックさん何やってるんですか!? こんなの壊したらどれだけ賠償金を払わされるか――」


「何を言っておるのだ? そもそもここには戦闘を前提に来ておるのだ。今更窓の一枚くらい割ったからといってどうということもあるまい」


 そう言ってニックがシラベルトの方に顔を向けると、突然のことに驚いていたシラベルトがハッと我に返って大きく頷く。


「そ、そうですね。一切交戦せずにここまで来たせいで勘違いしていましたけど、別にこの屋敷を壊してはいけないということはありません。まあ色々証拠とかがあると思うので、むやみやたらと破壊されては困りますが」


「なら、これは必要最低限ということだな。ではここから庭に出て、向こうの屋敷に改めてお邪魔しようではないか」


「ヒャッハー! 俺が一番乗りだぜぇ!」


「あ、おいモッヒ! くっそ、負けてられるか! ここで活躍して俺もアイツみたいに綺麗な嫁さんをもらうんだ!」


 ニヤリと笑ったニックの言葉に、モッヒと警備兵の男が割れた窓から飛びだして行く。金属鎧を身につけているとは思えない軽快な動きは、正しく魔導鎧がその力を発揮しているからだろう。


「あ、おいお前達! そんな無造作に……っ! ニック殿、我らも行きましょう」


「うむ」


 それに僅かに遅れて、シラベルトとニックも庭に飛び出し、歩いて行く。幸いにして庭部分には何の罠もなく、モッヒ達も流石に建物の中にまで勢いで突入したりはしなかった。


「ヒャッハー……オッサン、この先は――」


「ああ、いるな。全員気を引き締めろ。先頭は儂だ」


 扉の向こう側からは、今までとは一線を画す強烈な殺気が漂ってくる。立ち止まって全員で顔を見合わせ、ニックが正面玄関の扉を開いた、その瞬間。


「死ねぇぇぇ!!!」


「聖域を汚す者に相応しい罰を!」


「……………………」


 斬りかかって来たのは、三人の女戦士。正面からはまるで下着のような鎧を身につけた筋肉質の女性が、裂帛の気合いと共に大剣で切り下ろし。横からは法衣のような白いローブを身に纏った女性が、おぞましい外観の斧を横薙ぎ。そしてその二人に隠れるように、赤い絨毯に紛れるように真っ赤な布で全身を覆った背の小さい女性が無言のまま細剣による刺突。


 常人であれば必殺にして確実の三連撃。だがそれに相対するのは、常識など遙か彼方に置き去りにした理不尽の権化、筋肉親父。


「フンッ!」


「なっ!?」

「嘘っ!?」


 頭上からの切り下ろしはニックの掲げた腕に、横薙ぎの一撃はそのまま胴体で受け止められた。どちらの攻撃もメーショウの鍛えた鎧に傷一つつけることは適わず、ギィンという音と共に武器を振るった女達の方が弾かれてたたらを踏んでしまう。


「……あり得ない」


 そして最後の一人、鎧の隙間を狙ってニックに刺突を撃ち込んだ女は、剣先に感じた鉄より固いのに弾力があるという奇妙な感触の後、剣の方がへし折れるという意味不明な状況に思わず声を漏らしてしまう。


「ふっふっふ、なかなかの腕のようだが、その程度ではこの鎧に傷をつけることも……ましてや儂の筋肉を貫くことなど夢のまた夢だぞ?」


「なるほど、少なくとも見かけ倒しではないわけですか……いいでしょう。全員出なさい」


 と、そこで三人の背後から鮮やかな赤い鎧を身に纏う長身の女性が現れる。その女性の指示に従い更に追加で一〇人ほどの女戦士達が姿を現すと、皆を代表するように赤い鎧の女性が一歩前へと歩み出て、腰から剣を抜き放って宣言する。


「レーズベルト家警備隊長、ステミィ・レーズベルトの名の下に、汚物はここで徹底的に排除します!」


「レーズベルト? お主も貴族なのか?」


「そうですわ! ユリアナ様に忠誠を誓った者は、皆等しくあの方の姉妹なのです!」


「まあ、手続きとか色々あるから公に認められているわけじゃないけどぉ、そこは気持ちが繋がってるっていうかぁ……」


「それにお屋敷に来た全員が名乗れるってわけじゃないんだよ? たまーにだけど嫌がる子もいるし」


「ユリアナ様に選ばれたくせに喜ばないなんて……そんな子はおしおき決定……」


 豪奢なドレスを身に纏う鞭使い、気怠げな口調で武器に身を預ける槍使い、へそ出しの部分皮鎧という軽装とは不釣り合いなごつい金属製の籠手をはめた格闘家、人の顔が張り付いたような不気味な本を手にした魔術師。多種多様な女達がニックの問いに答え、それと同時に隠すつもりの無い殺気をぶつけてくる。


「ヒャッハー! こいつは強敵だぜぇ!」


「これだけいるなら、一人くらい俺の嫁さんに……あ、駄目ですよね。ハイ」


「ニック殿、ここは全員で力を合わせて一気に勝負を決めてしまいましょう。このくらいの人数差なら、魔導鎧の力で――」


「いや、お主達は手を出すな。儂一人でいい」


 剣を抜き構えたシラベルト達を、しかしニックは自らの手で制して自身は一歩前に出る。


「あら、貴方一人で私達全員を相手にするつもり? これだから男は……」


「仕方なかろう。この者達でもお主達に勝てるとは思うが、その場合は死ぬか殺すかしかないだろうからな。だが儂ならば……」


「……私は命を捨ててでもユリアナ様を守ると誓った騎士。貴様が男で私が女だというだけで、その誓いすら侮辱するのか!」


「そうではない。これは単に、娘に近い年頃の女性を殺したくないという儂の我が儘だ。それが気に入らんというのであれば……」


 言って、ニックがグッと拳を握って構える。ただそれだけで噴き出した圧倒的な闘志は、まるで物理的な力があるかの如くステミィ達に圧力を加えていく。


「その武を以て示してみせよ!」


「いいだろう! その思い上がった性根共々、我らの元に跪かせてくれる!」


 こうして筋肉親父対美少女護衛軍団の戦いの火蓋は切って落とされた。

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