調査騎士、突きつける
「ヒャッハー! こいつは広いぜぇ!」
大物貴族の捕縛という大層な依頼を受けてから、二週間後。ようやく準備が整いレーズベルト女子爵の屋敷へとやってきたニック達は、特に騒ぎになることもなく屋敷の玄関ホールへと通されていた。
「では、主人がやって参りますのでしばしこちらでお待ちください」
「わかりました」
シラベルトがそう返答すると、使用人の女性が一礼してその場を去って行く。そうして残された一同は、用心深く周囲を見回しながら小さな声で話し始めた。
「にしても、随分すんなりと通されたな」
「そうですね。正直これ無しで屋敷に入れるとは私も思っておりませんでした」
ニックの呟きに、シラベルトが腰の鞄に手を添えて答える。いくら上級騎士とはいえ、事前の約束もなしに子爵家を訪れれば普通ならば門前払いだ。それを何とかするための令状……しかも皇帝その人の名の入った全権委任状……だったのだが、まさか何の確認もされずに敷地内どころか建物の内部に招き入れられたのは、シラベルトにしても予想外のことだった。
「ヒャッハー! 金持ちの貴族様ってのはこんなでかい家に住んでるのか! この玄関ホールだけで俺の家が幾つも収まっちまうぜぇ!」
「あー、モッヒだったか? 全ての貴族がこんな家に住んでるわけじゃないぞ? 私だってそう幾つも貴族家を知ってるわけじゃないが、それでもこれはかなり広い……というか、広すぎる気もするな」
「へぇ、そうなのか。ヒャッハー! こいつは不思議だぜぇ!」
シラベルトの解説に、モッヒがいつも通りの奇声をあげた。敵地とも言える場所でそんなことをするモッヒに、シラベルトはやや顔をしかめて言う。
「なあ、モッヒ。もうちょっと声を抑えられないか? 君の同僚だって困惑して――」
「あ、いえ、モッヒは大体いつもこんな感じですよ?」
「だよなぁ。むしろ今日はカーンがいない分静かまであるし」
「……そうなのか?」
「ヒャッハー! 俺はいつでもいつも通りだぜぇ!」
困惑の表情を浮かべるシラベルトに、モッヒは気にすることなく声をあげる。どうせなら連携が取れている方がいいだろうと引き連れる警備兵一〇人は全てショボクレから集めたが、彼らからすればモッヒの様子は完全にいつも通りで、むしろそれを見ることで緊張がほぐれているという節すらあった。
「まあモッヒはともかく、確かにこの場の広さはちょっと不自然だな。外から見た限りでも屋敷が必要以上に大きい印象を受けたが……」
『ああ、それは私の事情によるものですわ』
と、そこでホールの中に女性の声が響き渡る。皆が声のした方に顔を向ければ、そこにはドレスに身を包んだ妙齢の女性の姿があった……かなり遠くに。
「お初にお目にかかります。私は帝国騎士団、第一憲兵隊に所属するシラベルトと……えっと、聞こえてらっしゃいます? か?」
ホールに入ってすぐの所にいるニック達と、部屋の端にある正面大階段の踊り場に立つ女性との距離は、直線でおよそ二〇〇メートル。自らの裕福さを示すために大きく豪華な玄関ホールを作る貴族は幾らでもいるが、いくら何でも不便に感じるほどの広さは常識ではあり得ない。
しかも、レーズベルト女子爵と思われる女性の小さな人影は、一歩たりともこちらに近づいてくる様子がない。仕方が無いのでその場で挨拶を始めたシラベルトだったが、流石に不安になって思わずそんな事を口走ってしまった。
「問題ありません。どうかそのままお話しください」
そんなシラベルトの言葉に答えたのはレーズベルト女子爵ではなく、気づけば自分達と女子爵の間を埋めるように等間隔に並んでいた使用人達のうち、もっとも自分達に近い者。真剣な……もしくは無表情な顔でそう言われてしまえば、シラベルトとしてもそのまま話すしかない。
「そ、そうかい? では改めて……貴殿をユリアナ・レーズベルト女子爵様とお見受けしますが、相違ありませんか?」
そこまで言って言葉を切ると、一番近くで話を聞いていた使用人が小走りで隣の使用人の元まで行くと自分が聞いた言葉を伝え、それを聞いた使用人が更に隣の使用人元まで行って言葉を伝え……というのを幾度も繰り返し、最終的にレーズベルト女子爵に言葉が届いたところで、女子爵が口の前に拡声の魔法道具を当てて声を発する。
『ええ、間違いありません。私が当家当主、ユリアナ・レーズベルト女子爵です』
「そ、そうですか。ではこちらの要件ですが――」
「ヒャッハー! こいつは面倒臭いぜぇ! 何で子爵様はこんな面倒なことをやってるんだぜぇー?」
「お、おい、モッヒ!?」
シラベルトが本題を切り出すより早く、モッヒがそんな事を叫んでしまう。するとそれを使用人達が律儀にユリアナの方へと伝えていき、三分ほど待ったところで回答が返ってくる。
『こんなことをしているのは、貴方達が男性だからです。私男性は大っ嫌いで、それこそ同じ空気を吸うことすら耐えられませんの。
ですが私も貴族である以上、どうしても男性の方と会話をしたり、極めて不本意ながら歓待する必要性があることも理解しております。
なので最大限の妥協をして、屋敷で唯一ここだけを男性を迎え入れる隔離区画として作り上げたのです。この大ホールとそこに隣接する場所には男性のお客様にだけ使用する調理場や宿泊施設など、一般的な貴族家に備わっている全てがあるのですわ』
それはユリアナが取った苦肉の策。家の中に男の痕跡が残ることなど我慢ならないが、かといって家に招かざるを得ない状況もあることを加味して作り上げられた、いわば家の中の家。建造物としては一つに繋がっているため普通に考えればここもレーズベルト家の邸宅の中だが、ユリアナの中ではここから先は自分の家ではなく、汚らわしい男が存在する外界なのだ。
『それと、そちらに拡声の魔法道具を渡さないのも同じ理由からです。男性の声が直接私の耳に届くなんて、そんな汚らわしいことは許容できませんので』
「ヒャッハー! そいつは筋金入りだぜぇ!」
『凄まじい嫌い方だな。ここまで突き抜けているとなるといっそ潔いとすら思えるが』
そんなユリアナの言葉に、モッヒのみならずオーゼンまでもが呆れを含んだ感心の声をあげる。だがそんな仲間達に影響されることなく、シラベルトは気を取り直して本来の目的を口にした。
「邸宅の件はわかりました。では今度こそこちらの本題をお伝え致します」
『ええ、宜しくてよ。偉大なるザッコス帝国の騎士様が、私のようなか弱い貴族の女に何のご用なのかしら?』
「ユリアナ・レーズベルト女子爵。貴方には国家反逆罪の容疑がかかっております。今すぐに投降し、こちらの要請に従っていただきたい」
『反逆罪? それは怖いわねぇ。でも一体どうしてそんな話になったのかしら?』
「これは異な事を。自領に一万もの兵を集めておいて、何の心当たりもないと?」
『あの兵士達は、お騒がせの勇者様の言葉に影響されて自国に帰る前に、私の領内でしばし休憩をしていただいているだけですわ」
「そんな言い訳が通るとでも?」
『言い訳もなにも、事実ですもの。お疑いになるのでしたら、それぞれの兵が所属する国の方に問い合わせてみてはいかがですか? いずれも正規の手続きを踏んで帝国への滞在を許可されているはずです。
それとも、帝国は他国の兵を受け入れないということですか? そんなことをしてはそれこそ再び侵略の意思がありと世界に疑われてしまうのでは?』
シラベルトとユリアナの舌戦は、一進一退の様相をみせる。ただシラベルトが何か口にする度にそれがユリアナに伝わるまで数分間の時間がかかるため、たったこれだけのやりとりですら通常の何倍も時間がかかっている。
そうして更に幾度かのやりとりを重ねたところで、遂に痺れを切らしたシラベルトが軽く頭を振ってから小さなユリアナの人影を睨み付けながら最後通告を告げる。
「……埒が明きませんな。あくまでもしらを切るというのであれば、こちらとしても少々強引な手段をとらざるを得ません」
『何と恐ろしい! そのような不埒な行為の及ぶというのであれば、私としても警備の者を呼ばずにはいられませんよ?』
「それはやめておいた方がいいでしょう。こちらにはこれがあります」
そう言ってシラベルトは、鞄から委任状を取り出して見せつける。
「皇帝陛下の署名の入った、本件に関する全権委任状です。皇帝陛下の名の下に、ユリアナ・レーズベルト女子爵、貴方を逮捕します!」
毅然とそう言い放つと、もはや返事を待つことなくシラベルトが歩を進める。それに追従するようにニックやモッヒ、その他の警備兵達も前進し……それを見たユリアナの金切り声がホールに響き渡った。