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父、色々と確認する

「まずは頭をあげてくれ、シラベルト殿。その状態では話もできまい」


「は……」


 そう促され、シラベルトは顔をあげてまっすぐにニックの目を見る。その表情は真剣そのものであり、だからこそニックは慎重に考え、言葉を繋ぐ。


「さしあたって一つ確認しておきたいのだが、この依頼の依頼主は誰なのだ? まさかシラベルト殿ということではないのだろう?」


 正義に燃える騎士が義侠心に駆られて貴族を討つというのは物語としては美しいが、現実的にはそれで貴族側を有罪に持っていくのはかなり難しい。ましてや今回の相手の規模を考えれば、とてもではないがまともな勝負にならないだろう。


 もっとも、その問いはシラベルトとしても想定済みだ。ニックの言葉に余裕のある笑みを浮かべると、腰につけた鞄から小さな書状を取り出してテーブルの上に広げて見せる。


「それに関してはご安心下さい。依頼主は諸事情から私なのですが、皇帝陛下からの委任状を賜っております」


「皇帝陛下とは大きく出たな……まあ事態の深刻さから考えればあり得ない話でもないが。内容を読んでも構わんか?」


「勿論です。どうぞしっかりご確認ください」


 シラベルトからの許可を得て、ニックはテーブルの上に広げられた委任状にしっかりと目を通す。そこには間違いなくレーズベルト女子爵の捕縛任務を与えられたことや、皇帝のものと思われる直筆の署名がある。


 勿論ニックは皇帝の筆跡など知らないのでこれがまるきり他人の署名、委任状も偽物という可能性もあるのだが、皇帝の委任状の偽造など見つかったら問答無用で死刑であるし、本当にいざとなればニックであれば直接皇帝に面会することも可能なため、ひとまず納得するには十分な材料であった。


「わかった。そういうことならこの依頼引き受けよう。で、どうするつもりなのだ? 敵兵を集めて一網打尽にでもするのか?」


「まさか! 現在レーズベルト領内に散開して集められている兵力は、表面的には正規の手段でやってきている他国の兵です。なのでこちらから戦いを挑んでは国際問題になりかねませんし、そもそも彼らが集まるのはそれこそ反乱を起こす直前でしょう。それを待つなどという悠長なことはとてもできません」


「むぅ、迂闊には倒せないということか……しかしそうなるとそれこそ手の出しようがないのではないか?」


「いえ、こちらの調査でレーズベルト女子爵の邸宅に配備されている警備の者に関しては、女子爵子飼いの兵士と金で雇われた傭兵達だけということがわかっております。こちらに関しては倒しても問題ありませんので、計画としてはそこを襲撃することを予定しております」


 ニックの言葉に、広げた書状を大事に鞄にしまい直したシラベルトが真剣な表情でそう話す。


「ほぅ? つまり最も警備が厳重な屋敷に直接攻め込んで、一気呵成に攻め落としてしまおうということか。だが自分が後ろ暗いことをしていると自覚のある貴族であれば、いざという時の脱出経路を確保していたりするのではないか?」


「そちらも勿論考慮しております。依頼を受けて頂いたので説明しますが、今回の作戦には私を含めた一〇人の騎士が派遣されており、各自が一〇人の警備兵を指揮する形を取ります。これはレーズベルト女子爵達が領地に散った兵達を集めて防衛に回さないギリギリの人数といったところですね。


 で、私以外の九人が警備兵を率いて屋敷の周りを包囲し、ジュバン卿を加えた私の部隊が屋敷に突入することになるのですが……そこでの戦闘にジュバン卿の力をお借りしたいのです。たった一人で二式魔導鎧を着た兵一〇〇人を相手取れるというのであれば、魔導鎧に身を包んだ屋敷の警備兵を十分に圧倒できるかと」


「ふーむ。できるかできないかで言えば可能だとは思うが……」


「何か気になる事でも?」


 顎に手を当て考える素振りを見せるニックに、シラベルトがそう問いかける。


「いや、その作戦、儂が参加するのが前提になっておらんか? 儂としてはたまたまザッコス帝国にやってきただけなのだが、もし儂がここに来なかったり、あるいは依頼を断ったりした場合はどうしたのだ?」


「ああ、それですか。実は私以外の九人の騎士もそれぞれザッコス帝国外周の町に滞在しておりまして、もし他の町にジュバン卿が来訪されましたらそちらに滞在している騎士が同じような対応をする手筈となっておりました。


 勇者様の目覚める直前にジュバン卿がサイッショを出立したことや途中で犯罪組織を壊滅させたこと、その後こちらの方に移動しているという情報も掴んでおりましたので、今回はそれを待たせていただいた形になります。


 それと、もし予想を外してジュバン卿が帝国に訪れなかった場合や依頼を断られてしまった場合は、その分の戦力を補うために幾人かの金級冒険者を追加で雇う予定になっておりました」


「冒険者? 傭兵ではなく、か?」


「傭兵の方は少数だととても雇いづらいですから……かといって数を雇うのであれば、そもそも最初から帝国兵を出せばいいだけですしね」


「ああ、それもそうか」


 シラベルトの指摘に気づかされ、ニックは深く納得する。対人であれば冒険者より傭兵の方が向いているが、傭兵は基本傭兵団という大きな括りでしか雇えず、単独、あるいはごく少数で活動するような傭兵はかなり珍しい。


 そしてごく一部の一流どころを除けば傭兵団とは国の軍隊の下位互換なので、皇帝の命で国軍が動いている現状、融通のきかない傭兵を雇う必要性は確かにない。


「ならば儂がここに来たのはちょうどいい時期だったということか……いや、それともそれすら計算しこれを計画、立案した者が飛び抜けて優秀だということだろうか?」


「そうですね。新しい宰相様はとても有能な方ですよ……あっ、いや、別に皇帝陛下が頼りないとか、そんなことは決して! 一切ないのですが」


「ハッハッハ、焦らずとも別に他言したりはせんよ」


「ご、ご配慮いただきありがとうございます……」


 思わず口を滑らせて焦るシラベルトに、ニックは笑ってそう言う。その後はもう少し細かい打ち合わせをして、とりあえず今日はこのくらい……という空気が流れ始めたところで、ふとニックが思い出したようにその問いを口にする。


「おっと、そうだ。肝心なことを一つ聞き忘れておった」


「はい。何でしょう?」


「レーズベルト女子爵に匿われている大物貴族とやらは、結局何処の誰なのだ?」


「……マジラヴ・ロリペドール」


 ニックの問いに、シラベルトは露骨に顔をしかめてその名を口にする。二〇年ほど前から噂に上りだしたその男の名を知らぬ者は、一定以上の地位を持ち国の治安に関わる者には一人もいないほどの有名人。


「慈善家として有名だった先代当主ノゥタッチ・ロリペドールの後を継いだ、カッツヤック王国の貴族です……いえ、でした。


 奴は先代の築いた人脈を利用して世界中から自分好みの子供を買いあさり、同時に多数の貴族達に自ら育てた子供達を売りさばいたりもしておりました。貴族の中には歪んだ、あるいは公に出来ない性癖を持つ者もそれなりにいるようで、ロリペドールに商品の提供を受けていた貴族は数知れず……なので国を追われ爵位を失ってもなお、その影響力は些かも衰えていないようです。


 そんな男がこの帝国にやってきて、多くの兵を集めている。もしこの反乱が成って、帝国がこんな男の手に落ちたなら……」


 テーブルの上に乗せた手を、シラベルトがギュッと握りしめる。その強い憤りを包み込むように、ニックはそっと自らの大きな手をシラベルトの拳に重ねた。


「安心してくれ。この儂がそんなことは絶対にさせん。人の親として子供の幸せを願う気持ちは、儂とて同じだからな」


「ジュバン卿……どうか宜しくお願い致します」


 改めて深く頭を下げるシラベルトに、ニックは力強く頷いてその胸に闘志を燃やすのだった。

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[良い点] 下手人の名前的に帝国の罠じゃなさそうなの草
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