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父、指名される

 明けて翌日。モッヒ家で楽しい一時を過ごしたにもかかわらず、ニックは冴えない表情で町中を歩いていた。


『いい加減その顔をどうにかしたらどうだ? 貴様の気持ちも理解できるが、どうにもならんことは仕方ないであろう?』


「まあそうなのだがな」


 腰の鞄から聞こえてくるオーゼンの言葉に、ニックは苦笑いを浮かべて答える。好感の持てるいい家族だったからこそ彼らの憂いを払いたいという気持ちはより強くなったが、一晩考えたところで知り合いがいるわけでもない国の貴族をどうにかする手段は結局思いつかなかった。


「ふぅ、これ以上は悩んでも仕方あるまい。とりあえずは仕事でもして気分を切り替えるか」


『うむ。目的の座標まではまだ多少あるが、今となっては急ぐ理由もないからな。貴様の気が済むというのであればしばらくここで仕事をし続けてもよいと思うぞ』


 この町に滞在している間であれば、何かあった時即座に対応できる。そんなニックの気持ちを慮った言葉を投げかけるオーゼンにそっと手を添えて感謝の気持ちを表しつつ、ニックはショボクレの町の冒険者ギルドへと足を運んだ。


「ふーむ、とりあえずはこの辺か」


 朝ということもあり賑わいを見せる冒険者ギルドの内部で、ニックは適当な依頼を二、三見繕って受付の列に並ぶ。そうして順番が来てギルドカードを提示したところで、受付嬢がニックの全く予想していなかった言葉を口にした。


「ニックさんに指名依頼が入っております」


「指名依頼? 儂にか?」


「はい。確認しましたが、間違いなく貴方にです。依頼内容に関しては依頼者の方が直接会って話したいとのことですので、まずはその方にお会いいただければと思うのですが、どうでしょう?」


「ふむ……わかった、会おう」


 受付嬢の言葉に、ニックはそう言って頷く。初めて来た国で心当たりのない指名依頼とくれば警戒心を刺激されるが、だからといって依頼者も依頼内容も聞かずに断るほどの理由にはならない。


「ありがとうございます。では先方にもそうお伝えしますので、明日以降にまたこちらに顔を出していただいて宜しいでしょうか?」


「構わんぞ。どうせ今受けた依頼の報告もあるしな」


「わかりました。では宜しくお願い致します」


 丁寧に一礼する受付嬢に笑顔で応え、ニックは今受けた通常依頼をこなしつつその日一日を過ごし、そして翌日。再び冒険者ギルドにやってきたニックがギルドの奥にある防音などのしっかりした個室へと通されると、そこには魔導鎧に身を包んだ一人の男が先客として席に座っていた。


「よくぞ来てくださいました。貴殿が鉄級冒険者のニック殿で間違いありませんか?」


「うむ。そう言う貴殿はどちら様であろうか?」


 立ち上がり、丁寧な口調でそう言う男にニックもまた問い返す。


「これは失礼。私はザッコス帝国の上級騎士である、シラベルトと申します。さ、まずはおかけください」


「では失礼して」


 席を勧められ、ニックがすぐ側の椅子に腰を下ろす。そうしてシラベルトもまた椅子に座り直したところを見計らうと、今度はニックから先に口を開いた。


「それで? 帝国の騎士殿が、儂のような冒険者にどのような依頼を?」


「それは……っと、その前に。ニック殿はこの国のことをどの程度ご存じでしょうか?」


「どの程度と言われると、一般的に知られている程度だろうか? 世界に戦争を売って負けたこと、それを機に治政にやや変化があり、民の暮らしがよくなったらしいということ……ああ、後は風の噂(・・・)でこの辺りを治めている領主はやや手癖が悪いという話も耳にしたな」


 せっかくの機会ということもありあえて微妙な話題に触れてみたニックに対し、シラベルトと名乗った騎士は苦笑いを浮かべてみせる。


「なるほど、そこまでよくおわかりいただけているなら、前提の説明は必要なさそうですね。実は今回の依頼は、その手癖の悪い貴族……ユリアナ・レーズベルト女子爵の捕縛をニック殿にご助力いただきたいのです」


「貴族の捕縛!? それはまた穏やかではないが……何故そんな依頼を一介の冒険者である儂に?」


「ははは、ご冗談を。ニック殿……いえ、あえてこう呼ばせていただきますが、ジュバン卿におかれましては既に何名もの貴族の捕縛に関わっておいでではありませんか」


「む……」


 まるで先程の意趣返しのように薄く笑って言うシラベルトに、ニックが言葉を詰まらせる。


「知っておったのか。まあ別に隠しているわけではないのだから知られていても不思議ではないが」


「ええ。私もまた上からの指示でこちらに来ておりますので、そのくらいは常識として弁えさせていただいております。話を続けても?」


「ああ、頼む」


「では……このレーズベルト女子爵なのですが、彼女には見目麗しい女性に目が無いという悪癖がありまして、様々な……時には強引な手段を使ってでもそういう女性を集めておりました。


 ただ為政者としてはかなり有能だったため、以前のザッコス帝国ではその程度(・・・・)のことは問題にならず、政変後も即座にすげ替えることのできない厄介な存在でした。


 ですがこの度、彼女が他国を追われた大貴族を屋敷に匿ったことで、レーズベルト家を廃することで生まれる混乱よりも大きな災いを帝国に生み出すという皇帝陛下の判断により、レーズベルト女子爵を捕縛する命が我々に下されました」


「ふむん。それはわかったが、では何故そこに儂が必要なのだ? 普通に国内の問題なのだから、そのままシラベルト殿達で女子爵を捕らえれば解決ではないか?」


「そうですね。本来ならばそうなのですが……」


 当然の疑問に首を捻るニックに、しかしシラベルトは渋い顔をする。


「実はレーズベルト女子爵が匿った貴族というのが、とんでもない大物でして。その人物が持つ多数の国の貴族達への影響力と一国にも匹敵すると言われる莫大な財、それらを活用することで勇者様の宣言により各国に帰国する途中だった兵士をレーズベルト領に集めているのです。その数……およそ一万」


「一万!? それはまた……凄いな。というか、そこまで兵を集めたとなると……」


「はい。おそらくは反乱を……敗戦によって『骨抜き』になった帝国上層部、ひいては皇帝陛下を武力で押さえ込もうとしているのではないかと」


「……………………」


 シラベルトのその言葉に、ニックは思わず言葉を失う。話の規模の大きさもそうだが、何よりここに来てまた人間同士の大きな争いが起きるとなれば、せっかく平和のために奔走している勇者(むすめ)の活動にどんな影響が出るかわかったものではないからだ。


「それほどの軍勢となると、正面からぶつかるというのは非常に困難です。ただでさえ他国との戦争を引き起こしたことで信用を失った帝国が、魔族との戦争の本格化を前に今度は内乱で国を真っ二つに割るなどしたら、今度こそザッコス帝国という国はこの世界の地図から消えてしまうことでしょう。


 かといって、それほどの大軍を相手にどうにかする手段などありません。何せ反乱軍(・・・)もまたほぼ全員が魔導鎧を身につけておりますので」


「そうか。魔導鎧によって質が底上げされてしまった以上、物を言うのは数ということか」


「しかも、向こうは魔族領域へ出ていた兵士達……基本的には各国の精鋭が多いですから、鎧抜きの質だって劣っていませんしね。私の立場でこんなことを言うべきではないのでしょうが、仮に通常の方法で制圧を試みた場合、帝国の兵力だけでは勝利はおぼつかないでしょう。


 だからこそ貴方なのです。かつて二式魔導鎧を相手に勝利をおさめた貴方であれば、この大軍に立ち向かう大きな力となってくれるはず! どうか我らに力をお貸し下さい、ジュバン卿」


 そう言うと、シラベルトはテーブルに額を打ち付けるような勢いで深々とニックに頭を下げた。

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