父、暇を持て余す
本日は活動報告を更新しております。来る11/22に発売になる「威圧感◎ 戦闘系チート持ちの成り上がらない村人スローライフ」の3巻の情報を公開しておりますので、是非目を通していただけると嬉しいです。
メイドとの熱い時間(お湯的な意味で)を堪能したニック。その後は遂にお茶を入れてもらったり、饗される料理に舌鼓を打ったりと久しぶりの豪勢な生活を満喫していたが……明けて翌日の朝。
「飽きた!」
『流石に早すぎであろう!? そういうのはせめて三日程度はここで過ごしてから言うべきではないか?』
「そうは言うがなオーゼン。いくら広いとはいえ部屋から出られない生活など退屈で仕方が無いではないか。体を鍛えるにしてもあまり派手にやるとまた衛兵が飛んできそうだしな」
一日目にして既に時間を持て余していたニックは、夕食をとりにハニトラが部屋を出たところで軽く体を動かした。だがそれはあくまでニック基準での「軽く」だったため、ドタバタと暴れるような音に何事かと警備兵がやってきたのだ。
『まったく。あのように情けなく頭を下げるのであれば、もう少し加減をすればいいものを……』
「城なのだからもうちょっと丈夫というか、あのくらいはいけると思ったのだが……まあ過ぎたことはいいではないか。それよりもこれからだ。どうやって時間を潰せばいいものか」
『いっそまたあのメイドと戯れればよいではないか。アレはアレで大概だと思うが、貴様がすることのなかでは一番穏当だと思うぞ?』
「それも悪いとは言わぬが、そればかりというのもなぁ。あの娘にも仕事があるであろうし」
昨日の夕食後は乞われて色々な話をしたが、話し終わった後のハニトラは忙しそうに動き回っていた。「ニック様をもてなすことこそ最上位の仕事です」と言ってはいたし、実際それでサボっているなどと怒られることはなかったようだが、かといって話した分だけ他の仕事が減るわけではないので忙しいのは当然だ。
ちなみに、今はハニトラはいない。時折思い出したように行う色仕掛けの全てをニックに軽くあしらわれた結果、「ちょっと相談してきます」と言い残して食べ終えた朝食を片付けてから戻ってきていないのだ。
「ふーむ。せめて本でもあればまだ時間も潰せるのだが……」
『本!? 貴様が本を読むのか!?』
ニックの漏らした呟きに、オーゼンが驚愕の声をあげる。そのあまりの驚きっぷりにニックはやや憮然とした表情をするが、すぐに気を取り直して答える。
「当然だろう! 儂の旅路は未知の連続であったが、それでも先人の築き上げた既知を元にすればこそ、経験則からの推測もできるのだ。知識の重要性を理解せぬ者が前人未踏の地で活動などできるものか」
『うぅ、言っていることは至極真っ当であり当然なのだが、本……貴様が本を……』
金属の体が歪まない代わりに、オーゼンは声を悶えさせる。それなりの時を共に過ごし、決してニックの頭が悪いわけではなく、むしろ思慮深い一面もあるときちんと理解はしているが、それでも普段の言動から本を読むニックの姿は受け入れがたい。
「まったく何だと言うのだ。いや、しかし存外に悪くない思いつきだな。ハニトラが戻ってきたら城の蔵書を借りられぬか聞いてみるか……ん?」
なかなかの思いつきにしたり顔で頷くニックの耳に、不意に部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「誰だ?」
「私です、ガドーです。ニック殿、今は大丈夫ですかな?」
「おお、ガドー殿か!」
名乗りを受けてニックが扉をあけると、そこにはガドーが立っていた。そのまま部屋に招き、最初の時のように互いにテーブルにつく。なお今回は部屋を出る前にハニトラが残してくれたティーポットが予備のカップと一緒にあったので、ニックが手ずから振る舞っている。
「これはまた、随分と手慣れておりますな」
「わはは。娘がいると色々とできるようになるものだ」
「そうですか? 私の所は息子なので何とも……っと、それはともかく。どうですニック殿、城での生活は?」
「うむ。悪くはないが、ちょいと時間を持て余し気味だな。せめてこの部屋を出られればいいのだが」
何気ないニックの言葉に、ガドーが紅茶を一口飲んでから渋い顔で答える。
「申し訳ありません。城の警備上、流石にニック殿を単独で自由に歩かせるわけには……何か要望があれば今お聞きしますが?」
「そうだな、ならば本を……いや、違うな。何処か体を動かせる場所はないだろうか?」
さっきの思いつきを話そうとして、ニックは直前で要望を変えた。メイドでは無理でも、相応の地位があるであろうガドーならば自分を連れ出せるのではと考えたからだ。
「体を動かせる場所、ですか……城の兵達が使う訓練場で良ければお連れできますが、どうです?」
「それはありがたい! 是非とも頼む!」
「ははは。わかりました。では早速行きますか? 部屋付きのメイドには私の方から言伝しておきますので」
「おお、気が利くな! では、よろしく頼む」
ガドーに礼を言うと、待ちきれないとばかりにニックがすぐに席を立つ。それを見て苦笑いしたガドーもまた席を立ち、二人は並んで城の廊下を歩き始めた。
「ところでガドー殿。陛下との謁見はまだ時間がかかるのだろうか?」
「そうですな。ニック殿が来るであろう時期を予想して、そこで都合がつけられるようにほかの仕事を前倒しになされたので、今は陛下も大分忙しいかと」
「そ、そうか。それではやむを得ぬな」
本来ニックが来ると想定していた二週間後の予定を空けるために詰まった仕事をこなしていると言われれば、ニックにはそれ以上何も言えない。まあそもそも国王の予定にニックが口を挟むことなどできはしないのだが。
『ふっ。やはりあの時馬車で移動するべきだったのだ。あのような乱暴な手段で駆け抜けるなど……駆け抜け……うぅぅ、違うぞ。我はあんな速度で移動するようには造られていないのだ……』
(落ち着けオーゼン。悪かったから……)
「……ので、おそらくは数日中には……ニック殿?」
「あ、ああ! すまぬ、ちょっとボーッとしてしまっていた」
「はは。流石のニック殿も、城という慣れぬ環境では心労を感じるということですかな? ではもう一度。
流石に陛下のご予定を何度もずらすのは難しいのですが、それでもニック殿がいらしている以上先延ばしにする意味もありませんので、おそらく数日中には正式な謁見の日程がお伝えできると思います……さ、その角を曲がったところです」
嫌な顔ひとつせず同じ事を繰り返してくれたガドーが、そう言って少し先の曲がり角を指し示す。程なくしてそこにたどり着けば、ニックの目の前には空を仰ぐ広々とした空間とそこで鍛錬に励む兵士達の姿があった。
「素晴らしい活気だな」
「ここにいるのは全員城詰めの兵士ですからな。優れた成果を出せば下級とはいえ騎士に取り立てられることもありますし、町の衛兵とはやる気が違いますぞ」
ガドーの言葉は決して町の治安を守る兵士達を下に見たものではないが、それでもここにいるのは選ばれたエリートであることは間違いない。ならばこそ更に上を目指そうと懸命に努力するのは当然のことだ。
「ん? おお、ガドー殿ではありませんか! そちらの方は?」
そんなガドーの姿を見とがめ、一人の男が二人の元に歩み寄ってきた。四〇代程度のガッシリとした体つきをしており、肩の部分にほかの兵士とは違って赤い線が入った鎧を着込んでいる。
「リダッツ殿か。紹介しよう、こちらはニック殿。我らと姫様を助けてくださった冒険者だ。
ニック殿。こちらはリダッツ。三つある王国軍の第一隊隊長であり、王国最強の名を持つ騎士です」
「最強! それはまた心躍る肩書きだな。初めまして。儂はニック……あー、ニックという者です」
「ガッハッハ! 騎士だからと畏まる必要はありませんぞ! 姫様の恩人ともなればもっと普通に接して……んん?」
差し出したニックの手を掴もうとしたリダッツが、不意に眉根を寄せてニックに顔を近づける。
「貴殿、何処かで会ったことがあるような…………ああっ!?」
しばし考え込んだリダッツが、突然大きな声をあげる。否が応でも周囲の注目が集まったなか、リダッツはニックを指さし声をあげた。
「貴様、ニック! 勇者の父、ニック・ジュバンではないか!」





