父、ぶつかる
「ヒャッハー! コイツは没収だぜぇ!」
「ああっ、そんな!?」
とある町の入り口。まるでコカトリスの鶏冠のように立ち上がる独特の髪型をした細身長身の兵士の声に、商人の男が悲壮な声をあげる。それはこの町ではよくある光景であり、入町のために列を為す者達の誰もがそれに何も言わない。
「お、お願いします! どうか見逃してください! それをなくしては商売が――」
「そんなことは俺の知ったことじゃねぇなぁ! おい兄弟! そっちはどうだ?」
「ヒャッハー! こいつは凄ぇぜ兄弟! 馬車のなかにまでお宝が満載だ!」
自分の足に縋り付く商人を無視して兵士の男が呼べば、同じ髪型をした、だがこちらはやや背が低く小太りの兵士が馬車の中で奇声を上げる。そうして商品の一部を布袋に詰め込むと、馬車を降りて細身の兵士に中身を見せつけた。
「ほれ、見てくれよ兄弟」
「ヒャッハー! こりゃ予想以上だぜぇ! へっへっへ、全部まとめていただきだな」
「ぜ、全部!? お、お金ならばお支払いしますから、何とか商品だけは……」
「そうはいかねぇよ、なあ兄弟?」
「そうだぜ兄弟。俺達が門番の時にやってきた不運を呪うんだなぁ。ま、前の奴はもうここには戻ってこないから、これからはずっと俺達が門番だけどな! ヒャッハッハー!」
「うぅぅ、そんな……」
笑う兵士達の足下に、商人の男が崩れ落ちる。その様子を列に並んだニックもまた静かに見守っていたが……だからといって何も手は出さない。
当然だ。彼らは正規の兵士であり、その職務を邪魔することは違法である。たとえ兵士が職権を利用して商人から荷物を奪ったとしても、それを国家が正義だと断じているならばそれに従うことこそが正しいのだ。何故なら――
「とにかく! この俺、モッヒと!」
「俺様、カーンが門番をやっている限り!」
「「違法な密輸品は一つたりとも町には入れないぜ! ヒャッハー!」」
「ぐぅぅ……門番風情がつけあがりおって! 覚えていろよ!」
笑顔で名乗りを上げた兵士二人に、禁制品を持ち込んで一儲けを企んでいた商人の男が捨て台詞を残して軽くなった馬車に乗り去って行く。その姿が小さくなったところで、兵士達が改めて順番待ちの列に並ぶ者達に声をかけた。
「ヒャッハー! 待たせたなお前等! 今から入町審査を再開するから、一人ずつ順番にこっちに来やがれ!」
「割り込みするような悪い奴は、審査してやらねぇからな! 大人しく並んで順番を待ちやがれ! ヒャッハー!」
その言葉に少しだけ列を乱していた者達がまっすぐに並び直す。当然そこにはニックの姿も含まれ、おおよそ三〇分ほどの時間の後、ニック達はザッコス帝国の端にある町、ショボクレに入ることができた。
『……何と言うか、随分と個性的な兵士達だったな』
「ハッハッハ、元気があるのはいいことではないか。職務には忠実なようであったしな」
一度見たら忘れないような姿をしていた兵士達のことを話しつつ、ニックは大通りを歩いて行く。周囲にはそれなりに人通りもあり、小規模な町としてはなかなかの活気が見て取れる。
「ふーむ。敗戦からまだ半年しか経っていないというのに、町の空気は悪くないな。正直もっと酷いかと思っておったのだが」
『早期に全面降伏したことで人的被害が最小限だったことや、自国の領土を攻められなかったことが功を奏しているのだろうな。とは言え普通ならば多額の賠償金を払うために重税を課されているところだろうが……』
そんなことを話ながら、ニックとオーゼンは周囲を見回す。幾つかある露店や立ち並ぶ商店には贅沢品の類いこそ見られないが、日常的に使う雑貨や食料品などはそれなりの質のものが並んでいる。
「そういう感じでもないな。戦争に負けた国は幾つか回ったことがあるが、皆一様に暗い表情をしていたものだが」
『我の知識としてもそうだな。となるとよほど政治手腕に長けた者がいるのか……世界有数の大国というのは伊達ではないということだろう』
「だなぁ。これなら普通に冒険者としての仕事もできそうだ。ならばまずは宿を……む?」
と、そこでニックの耳に不穏な声が届く。そちらに視線を向ければ、そこでは武装した兵士……こちらはごく普通の髪型だ……とその者に頭を下げる女性、そして足下で泣く子供の姿があった。
「ごめんなさい……ぐずっ」
「申し訳ありません。娘が不注意で……」
「申し訳ないですむか! 偉大なるザッコス帝国の騎士であるこの私に、こんな小汚い子供がぶつかるなど! 我らの姿を見たら端によけて平伏するのが平民の義務であろうが!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「賠償だ! 不敬を許して欲しければ金貨で一〇枚払え!」
「そんな!? そんな大金、とてもお支払いできません!」
「フンッ、ならば罰を与えなければならないな」
男が腰から剣を抜き放ち、ギラつく視線を母に縋り付いて泣く子供に向ける。
「その身を以て罪を償え!」
「お母さん!」
「カレン!」
抱きつく子供と、抱きしめる母。そこに男の凶刃が届く、まさにその時。
「おおっと!」
「ぐはぁぁぁっ!?」
道を歩いていたニックの肩が男の肩にぶつかり、男が冗談のようにクルクルと回転しながら三メートルほど吹き飛んでいく。
「ぐっ、おっ……な、何が……?」
「いやぁ、すまんすまん。ボーッとしていたせいかぶつかってしまった。申し訳ない」
「き、貴様……どういうつもりだ……?」
殺意すら籠もった視線で男がニックを睨み付けるが、見つめられた方のニックは苦笑しながら頭を掻いている。
「重ねて謝罪しよう。儂の体は大きいであろう? 道を歩いているとよく人にぶつかるのだ。ほれ、立てるか?」
「貴様の手など借りん! くそっ、これだから下民風情は……謝罪するというのなら、貴様も誠意を――」
「これでいいか?」
そう言いながら、ニックは無造作に腰の鞄から金貨を一〇枚取り出して男に握らせる。それを確認した男はギョッとした表情で己の手の中とニックの顔を忙しなく何度も確認してしまう。
「き、金貨!? 本物!? 貴様一体……へぶあっ!?」
「おおっとぉ!?」
そんな男に、無造作に振り回されたニックの手が当たる。またもクルクル回った男が衝撃の余りその場にへたり込むと、ニックはそこに近づいて再び男の手に金貨を握らせた。
「いやぁ、すまんすまん。ちょっと腕を回したらぶつけてしまった。これで許してくれ」
「きさ、貴様。こんなことをして……ぽごぉ!?」
男を立ち上がらせようと手を伸ばしたニックだったが、勢い余って男の体を空中に放り投げてしまう。今度は空でクルクルと回った男が派手な音を立てて地面に落下すると、今度もまたニックは頭を掻きながらピクピクと動く男の側へと歩いて行った。
「すまんすまん! つい力を入れすぎてしまったようだ。ほれ、これで許してくれ」
渡されたのは、またも金貨一〇枚。これで合計三〇枚……下級騎士の生涯賃金にも匹敵する額を手にした男は、しかし怯えの籠もった目でニックを見つめる。
「あ、あう、あうぅ……」
「ハッハッハ、安心しろ。次はきちんと立たせてやる。それに……」
ニヤリと笑ったニックが、握っていた拳を開く。するとじゃらじゃらと音を立てて何十枚もの金貨がこぼれ落ち、男の前に積み上がっていく。
「まだまだ謝罪の用意はある。何も心配する必要はないぞ?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
そんなニックを前に、男は手にしていた金貨をニックの顔に投げつける。だが固い金属片が当たった程度でニックが怪我をするはずもない。
「なんだ、いらんのか?」
「お、おぼ、おぼ、覚えてろぉ!」
へっぴり腰で後ずさりし、ようやく立ち上がった男が捨て台詞を残しながら一目散に走り去っていく。
「ふっふ、全部置いていくとは、なかなかに欲の無い男だ」
『いや、あれで心が折れぬ者はそういないと思うぞ?』
不敵に笑うニックに、オーゼンは呆れた声でそう呟いた。