父、やや驚く
『さて、我の方は今後も貴様と旅をするという新たな目標ができたわけだが、貴様の方はこれからどうするのだ?』
「む、そうだな……」
話題を切り替えてきたオーゼンにそう問われ、ニックはオーゼンをテーブルの上に置いてからしばし考え込む。
「オーゼンの願いが叶ったということであれば、後は娘の助けになることだが……現状ではできることがないな」
ニックが直接魔物や魔族を倒してしまっては、フレイ達の活躍する場を奪うことになってしまい逆効果だ。となると少し前に壊滅させた暗殺者集団に依頼を出した者をどうにかしたいところだが、流石に勇者の暗殺を請け負うほどの一流集団だけに依頼主の情報はどうやっても入手できなかった。
そうなると他にできることは遠くからこっそり娘の姿を見守ることくらいだが、勇者パーティを追放されて一番最初にそれをやった結果酷い目にあったことをニックは忘れていない。
つまり、現状娘の為にニックが積極的にできることは何もなかった。
「とりあえずの方針としては、今まで通り気ままな旅をしながら世界を巡り、勇者の評判を聞いたり『ぼうけんのしょ』の内容を確認したりしつつ、その時できそうなことを適時やっていくくらいであろうか?
状況が変われば何かできることが見つかるかも知れんし、フレイの成長が儂の予想を超えて大きくてこのまま儂に出番が回ってこないのであれば、それこそが一番よいということになるのだろうしな」
『ほぅ、貴様にしては随分と譲歩した常識的な意見だな。我としても十分に賛同できる内容ではあるが、そういうことなら我から一つ提案してもよいだろうか?』
「ん? 何だ?」
『元々勇者……貴様の娘に問題が発覚するまで、我らが向かっていた場所……Yggdrasill Towerで入手した謎の施設の存在するであろう場所を見てみたい。どうだ?』
「ああ、そう言えばそうだったな」
オーゼンに言われて、ニックは自分達が当初そこに向かっていたことを思い出す。
「だが、そこに行ってどうするのだ? もうアトラガルドの情報は得たのだから、意味はないのでは?」
『そんなことはない。先程閲覧した資料には世界樹と地下魔力脈のことは記載されていたが、向かうはずだったその場所の情報は何も記載されていなかったのだ。先の二つが世界再生を担っていたことや、そこに何者かが後付けで手を加えていたことなどから考えると、この場所にも――』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 世界再生とはどういうことだ? アトラガルドの滅亡時に世界から魔力が消えたというのは理解したが、それは自然に回復したのではないのか!?」
いきなり聞いていない情報を提示され、ニックが焦ってそう問いかける。
『ああ、そういえばアトラガルドの滅亡までしか話していなかったな。わかった、今話してやろう』
それによって自分が知り得た情報の途中までしか話していなかったことを思い出したオーゼンは、ニックに向かって話の続き……滅亡後の世界で起きた出来事について語った。
『……とまあ、そんなところだな』
「ほほぅ、精人と獣人は人が生み出しておったのか! それ故自分達を基人族という存在に定義し直し、彼ら二種族を加えて全てを人間としたわけか。なるほどなぁ」
『……我が想定していたより大分軽い反応なのだが、それでいいのか?』
思っていたよりずっと平然と言うニックに、オーゼンが訝しげな声をあげる。だがそんな事を言われてもニックとしては困るだけだ。
「いいのかと言われてもなぁ。そもそも儂とて別に石から生まれたわけではなく、両親によって作られたのだ。要はそれのちょっと凄い奴であろう?」
『それ……いや……そう、なのか?』
「儂に聞き返されても困るのだが……」
微妙な表情でそう返すニックに、オーゼンは激しい混乱を感じる。自分達の利益のために自分達に都合のいい命を作り出すという行為に度し難いほどの傲慢さと強烈な嫌悪感を抱いていたオーゼンだったが、ニックの言葉を聞いたことでむしろ自分が狭量だったのではないかという疑問すら思い浮かんでくる。
「ほれ、あれだ。親が我が子が丈夫になるように栄養をタップリ取るとか、少しでも頭が良くなるように膨らんだ腹に向かって物語を語って聞かせるとか、そういうのの頂点がエルフや獣人を生み出したということなのではないのか?
少しでも賢く、少しでも強く。自分達の生み出す子供が荒れ果てた世界でも幸せに生きられるようにという親の願いが結実したのがエルフの長命や獣人の力強い体なのだと言うのなら、同じ人の親としてその者達には『よく頑張った!』と褒め称えたい気持ちしか浮かばんのだが……それでは駄目なのか?」
『……フッ、ハッハッハ! そうか。神をも恐れぬ所業すら、貴様から見れば親馬鹿と同じか! いや、いいとも。貴様はそれでいいのだ』
ニックの答えに、オーゼンはひたすらに機嫌よく笑う。かつてエルフや獣人を生み出した者達が、ニックのように考えていたかはわからない。だが親が子の幸せを願い優れた体を持って生まれるように努力したのだと信じるならば、そこにあるのはただの親の愛。
(不幸を疑うより、幸せを信じる。そういう貴様の在り方が我を救い……そしてこれからも多くの者を救うのであろうな)
ニックが幸せなだけの人生を送ってきたただの脳天気な男でないことは、この二年の付き合いでオーゼンにはよくわかっている。だからこそ今のニックの心の在り方、考え方がオーゼンには途轍もなく眩しく……そんな男が自分を友と、相棒と呼んでくれることがこれ以上ないほどに誇らしい。
「むぅ、なんとなく馬鹿にされているような気がするのだが……」
『そんなことはない。貴様は本当に凄い男だと改めて思っただけだ。で、どうだ? 未知の施設へと行ってみることに異論はあるか?』
「いや、無い。そういうことなら適当な町まで『鍵』で跳んでから、旅を再開することにしよう」
『うむ! とは言え、せっかく読めるようになったここの情報をこのまま放置するのも勿体ないな。魔力式に直接干渉して内容を読み解ける以上、三日もあればおおよその本は読み終えられそうだが……』
テーブルの上に置いていたオーゼンを鞄の中にしまい込もうとしたニックだったが、なんとなく未練がありそうなオーゼンのその言葉に半分突っ込んでいた手を止め、改めてオーゼンを顔の前に持ってくる。
「ん? その程度であれば全部読んでから出発でもいいのではないか?」
『そうか? 今までと違って絶対に必要というわけでもないのに貴様を待たせるのはやや心苦しいのだが』
「ハッハッハ、何を今更。互いに今は急ぐ理由も無いのだし、三日など待つうちには入らんさ。それにひょっとしたら、何処かにオーゼンのことを歴史に書かなかった理由が残されている可能性だってあるのだぞ?」
『そ、れは……………………』
「なあ、オーゼン。全ての物語が望む結末を迎えるはずもないが、だからといってその可能性まで否定することはない。そもそもお主は既に最悪を想定し、それを乗り越えたのだ。ならば何を恐れることもあるまい?」
『……フッ、言われるまでもない』
己の内に眠る怯懦は、友の言葉が砕いてくれた。ならば今更「本当にお前はただ捨てられただけなのだ」という事実を突きつけられたとしても、もはやオーゼンの心は揺るがない。
『では端から順に読んでいくとするか。おい貴様よ、まずは取り出してきた本を全て元の位置に戻し、その後左上から右下に向かう順番で五冊ずつ本を持ってくるのだ。
ああ、並び順が変わらないように細心の注意を払うのだぞ? どうやら本の収められている場所を指定して内容が続くものがあるようだからな』
「も、元の位置……………………?」
『……まさか、覚えておらぬのか?』
「……………………」
オーゼンの言葉に、ニックは無言でそっと目をそらす。本を抜いた場所自体は空白になっているのだから迷いようがないが、一〇冊の本のどれが何処にあったのかまでは微妙に自信が無い。
『まったく貴様という奴は……やっぱり貴様には我がついておらんと駄目だな』
「ま、そういうことだ。これからもよろしくな」
『約束してしまったからな。面倒をみてやるから、我と本を持って書架の方に行くのだ』
面倒臭そうな口調で言うオーゼンを手に、ニックは本を抱えて書架の方へと移動する。その態度とは裏腹に、オーゼンの声は何処か楽しげに弾んで聞こえた。