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王選の記章、名乗りをあげる

『――とまあ、そんなところだ』


「……………………」


 オーゼンが語るのは、栄華を極め、もはや一つの世界となった偉大な国のあまりにもあっけない終焉。その真相を聞かされて、ニックはしばし言葉を失う。


 だが、いつまでも黙っているわけにはいかない。何よりも目の前にいる相棒のため、ニックは何とか口を開き言語化できない感情をひねり出そうと努力する。


「あー、その、なんだ。意外というか、予想外の最後であったな。だが戦争などでないというのなら終わり方としては悪くない……いや、決してそれがよかったなどということではないのだが……」


『ふふ、無理に言葉にせずともよい。それと貴様は一つ勘違いしているぞ?』


「勘違い? 何をだ?」


『貴様は我がアトラガルドが滅んだ要因に衝撃を受けていると思ったようだが、そうではない。


 どれほどの英知を蓄え神の如き力を振るおうとも、人は所詮人でしかない。人の傲慢が国を終わらせるのは歴史上枚挙に暇が無いほどに繰り返されてきたことであり、偉大なるアトラガルドも例外にはなれなかったという、ただそれだけのことだからな』


「むぅ、そうか。では一体何にあれほど衝撃を受けていたのだ?」


『……無いのだ』


「……無い? 何がだ?」


 声を震わせそう呟いたオーゼンに、ニックはオウム返しに問う。


『我の……王選のメダリオンや百練の迷宮、王位継承に関わるそれらの情報が、歴史の何処にも書かれていないのだ!』


「それは……何故だ? 秘匿されていたとかか?」


『そんなわけなかろう!』


 王位継承に関わる儀式であれば、一般には知らされていないということもあるだろう。そう思ったニックの言葉に、しかしオーゼンは大声を上げて否定する。


『王選の儀式は世界中に点在する百練の迷宮を巡ることで候補者が直接民と触れ合い、支持を集めることもまた重要な目的なのだ。秘密にできるような規模の旅ではないし、そもそも秘密にしては意味がない。それこそ数十年に一度の大祭のようなものであり、催される年は世界中が沸き立ったものだったのだ』


「そうなのか? であれば確かに不思議ではあるが……」


 それほど大規模な催しであったというのであれば、確かに全く記録に無いというのは不自然だ。とは言えその理由などわかりようもないニックが首を傾げている間に、オーゼンが言葉を続けていく。


『……正確には、貴様に持ってきてもらった本の中に、一つだけそれに触れるものがあった。だがそれにしても「かつてはそういう儀式があった」という風に軽く触れているだけで、詳しい情報は何処にも記載されていなかった。


 つまり……つまりだ。この歴史書が作成された時点で、「王を選定する儀式」は既に過去のものであったということだ。


 だが、それすらもどうでもいい。アトラガルドが真に偉大であるが故に、他のどんな国よりも大きく長く続いたことで、途中で統治形態が変わったというのであればそれもまた納得できるし、その結果我が必要無くなったというのであれば……そう言ってくれれば、我は受け入れられたのだ……』


「オーゼン……」


 あまりにも切ないオーゼンの声。涙を流せない体であるが故に、何よりも悲しみの込められたその言葉に、ニックは知らぬ間に拳を握りしめる。


『だが、我は何も知らなかった。いつも通りに役目を終えて、次代の王を選定するべく「百練の迷宮」にて眠りについて……それきりだ。


 ははは、何がアトラガルドの至宝だ。まるで遊び飽きた玩具の如く、必要無くなったところで放置されるとはな。我は……我はその程度の存在だったのだ』


「そんなことは――」


『ならば何故! 何故我は貴様と出会ったあの場所で、何も知らずにずっと一人でいたのだ!? 我が今までどれだけの王候補者に関わったと思っている!? せめて報告くらいは……ねぎらいの言葉一つくらいはあってもよいではないか!


 捨て置かれ、忘れられ、何も知らずに待ち続ける……幾ら何でもそれはあんまりではないか……………………こんなことなら、心など……魂など無い方が――』


「オーゼン!」


 心の全てを絞り出すようなオーゼンの声。その言葉を最後まで言わせるものかとニックは大声でそれを遮り、テーブルの上に置かれたオーゼンを掴む。


『ニックよ……我はアトラガルドの至宝などではなかった。そうあれと生み出されはしたが、今の我は用済みになったただの塵であったのだ……』


「ふざけるな!」


 とことん弱気な言葉を繰り返すオーゼンの体を、ニックの怒鳴り声が震わせる。いつもとは違う本気の力がオーゼンの体をギッチリと締め上げ、その眼差しは真正面からオーゼンを見つめている。


「なあオーゼン。儂とお主が初めて会った時のことを覚えているか?」


『何だ突然。無論覚えているが……』


「あの日お主を連れ出したのは、お主が儂にそうしてくれと頼んだから……お主に心があったからこそ、儂はお主を外に出し、共に旅を続けてきたのだ。


 たとえお主が何の力も持たぬ金属片であったとしても、それは変わらぬ。逆にお主が決まった受け答えをするだけの高度な魔導具であったなら、きっと今頃は魔法の鞄(ストレージバッグ)の奥底で眠っていたことだろう。


 その違いがわかるか?」


『それは……我の価値はこうして会話ができることのみだということか?』


「そうではない! というか、流石に己を卑下しすぎだ、馬鹿者め」


 弱々しい声を出すオーゼンに、ニックは思わず苦笑してしまう。そのまま手にしていたオーゼンを己の額に押し上げると、ニックはそっと目を閉じて言葉を続ける。


「かつてのアトラガルド王にとって、お主は単に優秀な魔導具というだけであったのだろう。だが儂にとってお主は心を持つ友なのだ。


 この二年足らず、儂とお主はずっと一緒だった。行く先々で巻き込まれた様々な事件を協力して解決したり、下らぬ事を言い合っては笑い合って過ごしてきた。


 辛いことや悲しいこともあった。だが楽しいこと、嬉しいことはそれより遙かに多くあった。そしてそのなかでも一番の幸運は、お主と出会えたことだと儂は断言できる。


 王選のメダリオンとしてのお主の役目は、確かに知らぬ間に終わっていたのだろう。だが今のお主はオーゼンだ。忘れられた遺物などではない。確かにここに存在する、唯一無二の儂の相棒なのだ!」


『ニック……………………』


 友の言葉に、オーゼンの金属の体を温かいものが満たしていく。溢れそうな感情を何と名付ければいいのかわからず、そのもどかしさが体を震わせる。


 そんなオーゼンの気持ちを知ってか知らずか、ニックは不意にオーゼンを自分の額から話して顔の前に持ってくると、ニヤリと笑って新たに話を切り出した。


「さて、ではオーゼンよ。これにてお主と交わした約束……アトラガルドの滅亡の謎を知りたいという願いは叶えたと言っていいな?」


『む? そ、そうだな。そうだが……』


「ということは、お主の旅はこれで終わりということだが……ここまで付き合ったのだ、今度は儂の願いをお主が叶えてくれてもいいとは思わぬか?」


『……いいだろう。貴様は我に何を願う? 我が力の適う限り、どんな願いも聞き届けてみせよう』


「ほぅ、それは大きくでたな! だがいいのか? その大言、後悔することになるかも知れんぞ?」


『馬鹿を言え! 偉大なるアト…………いや、我が、そのような後悔などするものか! ほれ、さっさと言うのだ!』


「では言うぞ! 儂の願いは……これから先も儂の旅に付き合ってもらうことだ! しかも、それだけではないぞ? 仮に旅が終わったとしてもその後は儂の家でのんびりしたり、儂の元を離れて儂の仲間やいずれ生まれるであろう孫などの旅に付き合わせたり、何なら儂が死んだ後でもその束縛は続くぞ? お主が終わりを望むその時まで、ずっとずっと世界を巡り旅をし続けることになるのだ!


 どうだ、今更嫌だと言ってももう撤回はできんぞ?」


『……フッ。ハッハッハ! ハーッハッハッハッハ!!!』


 軽快な笑い声が、遺跡の中に一際大きく響く。鬱々としていた空気を吹き飛ばすかのようなその声は何処までも軽い。


『何と欲張りな願いであることか! たった二年の代償に、我の未来をどれほど差し出せと要求するつもりなのだ!


 ああ、いいとも! いいだろう! どうせ貴様のような危なっかしい男から目を離すことなどできるはずもないのだ! 我が身が健在である限り我は貴様と共にあり、我が魂が望む限り我は世界を見て回ろう!


 我はオーゼン! かつて偉大なるアトラガルドにおいて王の選別者であったもの! そして今は人を友とし人と共に歩む、一介の魔導具なり!』


 高らかな宣言に合わせて、ニックがオーゼンを握っていた手を天に向かって伸ばす。友の大きな手の中で歴史書を見下ろすオーゼンの体は、いつもよりも少しだけキラキラと輝いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい回でした
[一言] アトラガルドの中でも結構昔の魔導具だったのねオーゼン… 性能高いからもっと後に作られたかと邪推してたけど万能な性能は一点物だったからなのかな?
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