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父、気づく

 散歩がてらに暗殺組織を壊滅させたニック。その巨体は今、オーゼンの要望により再びシズンドルの最奥にあった。


「ここに来て何をするつもりなのだ? フレイがいなければ暗号化とやらは解けないのだろう?」


『ちょっと試したいことがあってな。ほれ、この前と同じ場所に我を置くのだ』


「構わんが……」


 オーゼンにそう言われ、ニックは前回来た時と同じ場所にオーゼンを置く。そうしてしばらく待つと……


『生体認証を確認しました』


「ぬおっ!? 何だ今のは!?」


『ふむ、どうやら上手くいったようだな』


「オーゼン? 一体どういうことだ?」


 突然聞き覚えのない無機質な声が響いたことで驚いたニックが、目の前に置かれたメダリオンに首を傾げて問いかける。


『ムーナ嬢の話では貴様の娘はどういう理屈かこの施設に正規の手段で登録できたということだったからな。であればと思って記録しておいた魔力波形を再現してみたのだが、どうやら上手くいったようだ』


 全く架空の情報を作り上げて認証を回避するのは流石のオーゼンでも無理だったが、既に認証を終えている人物の魔力波形を真似る程度は造作も無い。


これがこっそりと情報を盗み取るというのならまだ苦労もしただろうが、今回は事前にニックに頼むことで堂々とそれを調べる機会もあったので尚更だ。


『もし魔力波形のみではなく完全な生体情報が必要ということなら諦めて引き返したが、やはり最初の登録時以外はこの程度か。その詰めの甘さに助けられ……いや、それともひょっとして、ある程度誰でも情報が閲覧できるように、あえてそういう仕様にしたのか?』


「難しいことはよくわからんが、とにかく上手くいったのならなによりだ。ということは、これでお主が知りたかった情報は得られるのか?


『それは今からだ。少し待て……………………むぅ?』


「どうした?」


『いや、どうもムーナ嬢から聞いていた話と違うというか……』


 ニックに問われ、オーゼンが戸惑いの声をあげる。フレイの魔力波形を使うことで確かに正規登録者として内部に入り込むことはできたのだが、肝心の暗号化を解除するのはフレイの一般ユーザー権限では不可能だったのだ。


『どういうことだ? まさか本当に直接触れなければ駄目というわけでもないとは思うが……』


「よくわからんが、それなら箱の方に行ってみるか?」


『うむ、頼む』


 肯定するオーゼンの返事に、ニックはオーゼンを手に銀色の箱が並ぶ場所へと移動する。そこで箱の上やら側面やらにオーゼンを押し当ててみるが、オーゼンの反応は芳しくない。


『むぅ、やはり何も起こらんな。というか、何度調べてもここに直接接触してどうこうなどという魔力回路は存在しておらん。これは一体どういうことなのだ?』


「儂に言われてもなぁ」


 悩むオーゼンに、ニックはそう言って困り顔をすることくらいしかできない。


「ムーナが儂等に嘘をついたり見栄を張ったりするということはなかろう。またあれだけはっきり言ったのだから、勘違いということでもあるまい。つまり何処かにアトラガルドの滅亡に関する情報はあるのだろうが……ふむん?」


 ふとそこで何かを思いついたように、ニックがオーゼンを手に歩き出す。そうして向かった先は、ほとんど調べていなかった大量の書架のある部屋だ。


『どうしたのだ? ここにあるのは娯楽書の類いばかりだぞ?』


「儂には読めぬが、そうらしいな。だがムーナが一番長く滞在していたのはおそらくここだ。であれば……そう、たとえば表題と中身が違うなどということはないか?」


『……それは気づかなかったな。というか、何故気づけなかったのか! 我としたことが迂闊であった。


 よし貴様よ、適当な本を手に取り、我の指示にあわせてページをめくるのだ!』


 指摘されてみれば、情報を隠す方法としてはあまりに基本的でありがちな手法だ。目の前にぶら下がった明らかな機密情報に釣られて足下を疎かにしてしまった己の愚かさを悔やみつつ、オーゼンがそう言ってニックを急かす。


「わかった。ではいくぞ?」


『む……………………』


 それに従いニックが書架から本を一冊抜き出すと、一定のリズムでページをめくっていく。


「どうだ?」


『これは……普通に料理の本だな』


「そうか。まあ全てが細工された本では隠す意味がないしな。では次は……これはどうだ?」


『ふむ……………………普通の観光案内だな。これはこれで興味を引かれるが』


「そうか。では――」


『待て待て。流石にこれほどの量を片っ端から読むのでは時間がかかりすぎるだろう。最終的にはそうするしかないかも知れぬが、まずは何か目星のようなものがつけられんだろうか?』


「目星……心当たりは一つだけならあるが」


 そう言ってニックが振り返った先にあるのは、テーブルの上に置かれたムーナが読み込んだと思われる本。だがそれを手にするのはどうにも気が進まない。


『……いや、それこそ表題と中身が違うからこそ読み込んでいたのではないか?』


「そうだな。その可能性が高い……高いはずだ。よし、ではいくぞオーゼン!」


 なんとなく気合いを入れ直し、ニックが席に座ってテーブルの上の本のページをめくっていく。それをオーゼンは真剣に読んでいき……


「……どうだ?」


『……………………まあ、うむ、あれだ。何と言うか……我は魔導具故によくわからんが、人間であれば普通なのではないか?』


「……………………そうか」


 何とも言えない口調で言葉を濁すオーゼンに、ニックもまた微妙な表情で口を閉じる。これが本当に表題通りの本であるということは、これをムーナが熟読していたという確認をとっただけになってしまい、いたたまれない空気が場を満たす。


 だがそんな空気を破るように、不意にオーゼンが大きな声をあげる。


『……いや、待て。違う? 勇者が触れることで暗号化が……ああ、そういうことか! おい貴様よ、我をその本のページに押し当てるのだ!』


「うむん? こうか? おおおおお!?」


 言われたとおりにニックがオーゼンをページに押し当てると、途端に元の文字を上書きするように青い光文字が現れていく。


『ふっふっふ、そういうことか! ページ全体に……いや、本そのものに魔力回路が刻まれておる。これならばいちいちページをめくらずとも我ならば一気に情報を読み取れるはずだ。どれどれ………………………………………………』


 そう言ったきり、オーゼンが黙る。それを邪魔しないようにそっと席を立ち時間つぶしに体を動かしてみるニックだったが、四時間ほどみっちり訓練をしたところで未だ沈黙を保つオーゼンに、流石に少し心配になって声をかけてみる。


「オーゼン? ずっと黙っているが、どうかしたのか?」


『……ああ、ニックか。いや………………なあニックよ、今から我が指定する本をこの場に持ってきてはくれぬか?』


「いいぞ」


 どうにも覇気のないオーゼンの声に、しかしニックは何も追求せずに指定された本を持ってテーブルに積み上げていく。そうしてそれを一つ一つオーゼンに触れさせ、合計一〇冊ほどの本を全て読み終わると、テーブルの上に置かれたオーゼンが徐に言葉を発した。


『そうか、そうだったのか……』


「知りたいことは、わかったのか?」


『ああ、わかった。何もかも……何もかもな』


 今にも消えてしまうのではないかというほどに何の力も感じられない声で、オーゼンはゆっくりと己の知り得た真実をニックに語って聞かせた。

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