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父、情報交換する

「ところで、ニックは私達に鍵を渡した後はどうしてたのぉ?」


「む? ああ、言われてみれば何も話していなかったか」


 ふと思いついたようにムーナに言われ、ニックは改めてそう思い至る。一週間共に過ごしていたとはいえムーナは連日王侯貴族との折衝に跳び回っており、ロンもまたどうにかしてフレイを目覚めさせることができないかと色々調べ回ったりしていたため、ゆっくりと話す機会がなかったのだ。


「話すのは構わんが、それなりに時間がかかるぞ? 今日はもういいのか?」


「ええ、予定してた会談は全部終わってるわぁ。それにこの調子じゃ、迂闊に外は出歩けないしねぇ」


 不快そうな感じを隠すこともなく、そう言ってムーナが宿の外に視線を向ける。それなりに高級な宿の二階だけあって町の喧噪は大分遠いが、それでも宿の周囲にいる人々……フレイを「人間の裏切り者」「腰抜け勇者」などと罵る者達の声が全く聞こえないというわけではない。


「苦労をかけるな」


「仕方ないわよぉ。あんな奴らにどうにかされたりはしないけど、逆にどうにかしたらそれはそれで問題になっちゃうものねぇ」


 ニックが勇者の父であることはほとんど知られていないため、出かけても特に絡まれることはない。ロンもまた竜人の見た目があるためちょっと不満がある程度の一般人が食ってかかってくることなどない。


 だがムーナは女性であり、細い腕や足はとても肉弾戦に長けているようには見えない。そのため町に出るとそれなりの頻度で絡まれてしまうのだ。


 もっとも、ムーナとて白金級冒険者であり勇者パーティの一人。素の筋力なら確かに大人の男に抑え込まれることもあるだろうが、身体強化の魔法を使えば鉄級冒険者程度なら十分にあしらえる能力があるし、魔法を使っていいのであればそれこそ人の一人や二人簡単に吹き飛ばすことができる。


「兵士や冒険者などの実際に魔族と交戦した経験のある者ほどフレイ殿の言葉に批判的であるというのは厄介ですな。違法とまでは言えないため、取り締まりに積極的でないのは……」


「仕方あるまい。彼らとて心を持つ人なのだ。そういう考え方をしていても何とも言えぬよ」


 勇者を批判するだけで逮捕されたりすることはない。それでも普通は度が過ぎれば衛兵に諫められたりするのだが、今はそれも少なくなっている。


 無論それを城にいるキレーナやジョバンノ王に伝えれば相応の対処はしてくれるだろうが……不満を持つ民衆を権力で押さえつけたりすれば、どうなるのかは火を見るより明らかだ。


 ちなみに、フレイがここに……町の宿に泊まっているのも同じような理由からで、城や秘境などの手が届かない場所に避難すれば「逃げている」という印象を与えてしまうため、町の高級宿がギリギリの妥協点だというのがニック達の共通見解であった。


「ということだから、時間はタップリあるわぁ。どうせなら夕食もここに持ってきてみんなで食べながら話しましょうかぁ」


「あ、では拙僧が」


 ムーナの提案に素早くロンが部屋を出て行く。程なくして夕食の準備が整い、三人はそれを口に運びながら互いの冒険譚を語っていく。


 といっても、ムーナ達の話す内容は『ぼうけんのしょ』で大雑把にはわかっていたので、基本的にはその補足や詳細になる。それに対してニックの語る内容はあまりにも奇想天外であり、一つ一つを耳にする度ムーナとロンは驚愕と呆れを強く感じさせられる。


「お祭の企画で魔導潜より深く潜るとか、相変わらず何もかもがおかしいわぁ」


「目覚めた魔竜王を討伐したのみならず、その下に眠っていた更なる遺跡すら攻略されるとは……流石はニック殿ですな」


「いやぁ、儂の場合は何もかもたまたまだからな。お主達のように目的を持って動いているわけではない分、そういうこともあったというだけのことだ」


『改めて言葉にしてみると、やはり貴様の「厄介ごとを呼び込む力」は異常だな。何をどうすればたかだか一年二年でここまでの事件に次々と巻き込まれるのだ?』


「本当よねぇ。しかもそれを全部笑って乗り切ってるのがあり得ないわぁ」


「ははは、そう褒めるな」


『絶対褒めてはいないと思うぞ』


「ま、大体わかったわぁ。にしても、ニックもあの海底遺跡に行ってたのねぇ」


「海底遺跡? ああ、あの魔導船が止めてあった場所か? 確か……」


『緊急時情報保全施設、海底基地シズンドルだな』


「そう、それだ。ではあそこに魔導船を置きっぱなしにしてあるのは、やはり戻るためか?」


「そうよぉ。まあ緊急招集がかかってたのにかなりの期間気づかなくて、今更魔導潜で戻るのは時間がかかりすぎるからって言うのもあったけどねぇ。


 でも、そう。あそこに辿り着いていたなら、オーゼンの目的は達成されたのねぇ」


『ん? どういうことだ?』


「え? あそこにアトラガルドの歴史があったでしょぉ?」


『何……だと!?』


 不思議そうに首を傾げるムーナの言葉に、オーゼンが驚愕の声をあげる。それはニックにしても同じで、表情の無い相棒の代わりにその目を大きく見開いて驚きを露わにする。


「まさか気づかなかったのぉ? オーゼンは当然古代文字を読めるのよねぇ?」


『無論だ。我にとってはあの文字こそ日常のものだからな……だが一体何処にその情報が眠っていたのだ? 我とて全てを調べられたわけではないが、その手の重要そうな情報は全く見つけられなかったのだぞ?』


 ニックを待たせてシズンドルの調査を行っていたオーゼンだったが、簡単に調べられる範囲には施設の維持管理に関する情報ばかりで、この施設が保全しているはずの情報は全く存在しなかった。


 ならばと目をつけたのはあの謎の金属の箱に眠る情報だったのだが、そちらは強力な暗号化がなされており、滞在時間の大半を費やしたにも関わらず断片的な単語がいくつか拾えた程度で、意味のある文章までは最後まで辿り着けずにいた。


『まさかお主、あの情報記録媒体の暗号化を解いたのか!? 一体どうやって……』


「情報記録媒体って、随分回りくどい表現ねぇ。まあでも、確かに解いたわよぉ。フレイが触ったらサーッと内容が書き換わったものぉ」


『それは……どういうことだ?』


「あの施設全体が、勇者に反応して稼働する仕組みになってみたいよぉ。あー、でもそうねぇ。そういう意味ではニックやオーゼンが調べてもわからなかったっていうのも当然だわぁ」


『勇者……個人認証か? いや、しかし一番最初の勇者の登場は、確か一五〇〇年くらい前であろう? なのに何故一万年前のアトラガルドの建物に当時存在すらしていなかった勇者が登録されているのだ? まさかあの施設が一五〇〇年前に建設されたとはとても思えんのだが』


「その謎は私も興味があるけど、今のところは不明ねぇ。そういうのも含めて状況が落ち着いたらまた調べたいところだわぁ。


 ちなみにだけれどぉ、今すぐ知りたいということであればアトラガルドがどうやって滅んだのかとか、説明するわよぉ。どうするぅ?」


 器用にパスタをフォークに巻き付けながら、テーブルの中央に置かれたオーゼンにムーナが意味深な視線を送る。だがオーゼンはしばしの沈黙の後、その提案を否定した。


『いや、遠慮しておこう。あの施設に確実にあるという情報が得られたのであれば十分だ』


「いいのか? 結局の所誰かの残した情報に違いはないのだから、ここでムーナに聞いても大差ないと思うが」


 その決断に、ニックが声をかける。だがそれでもオーゼンの決断は変わらない。


『いいのだ。確かに貴様の言うことは一理あるが、それでもやはり最初は自分で得られた情報を解析したい。それに……これは決してムーナ殿を侮辱するわけではないのだが、お主が得た情報の中に更なる情報が隠されていたり、わかりづらい表現で意図的に真実が隠されているなどの可能性もある。


 ならばこそ最初は先入観なしでそれに触れたいのだ』


「そう。わかったわぁ」


 オーゼンの決断を、ムーナは特に何かを気にする様子もなく受け入れ、静かにワインを一口飲む。


『それにしても、あれの暗号化が勇者が触れることで解けるとは……一体どういう仕組みなのだろうな』


 オーゼンの思い描いている金属の記録媒体は、外部からの接触で作動するような機構は備わっていなかった。権限を持つ者が端末を操作して情報を引き出すというのならばわかるが、少なくとも物理的な接触でどうにかなるとは思えず、その仕組みが見当も付かない。


「そうねぇ。謎の仕組みよねぇ」


 対してムーナの思い描いているのは、当然ながら紙の本である。ページの表面に不可視状態で組み込まれた魔法式に勇者だけが持つ何らかの力が反応しているのだろうとは予測できるが、それが如何なるものであるのかはムーナにはわからない。いつか調べてみたいとは思っているが、それよりもまず全ての本を読むことの方が優先順位が高い。


「ま、わかったことがあればまた情報交換すればいいわぁ。でもその前に……」


「まずは無粋な来客を片付けねばならんな」


 ニックとムーナがニヤリと笑って視線を合わせると、次の瞬間部屋の窓を叩き割って、黒い影がフレイに向かって一直線に突っ込んできた。

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