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娘、希う

「えっと……言えばいいの? 今から話すアタシの言葉を、世界中の全ての人にそのまま届けて! できる?」


『オーダーを確認しました。円滑に魔力波を送信するため、できるだけ周囲に障害物の無い開けた場所で正鍵本体を高く掲げてください』


「掲げるって……こんな感じ? うわっ!?」


 フレイが片手剣である聖剣の柄を両手で掴んで高く掲げると、その刀身から光の柱が立ち上り空の彼方へと吸い込まれていく。それと同時に自分の中の何かが少しずつ減っていくのを感じるが、今はそんなことは気にしていられない。


『メインフレームへの接続完了。管理者権限により下位端末へのオーダーを発令。地下魔力脈よりLife of Integration Network Energyを抽出、各端末へと供給開始。Faith Bookの精神感応機構を最大稼働し、その波長をYggdrasill Towerにて増幅、拡散することで一時的に有効範囲を世界へと拡大します。実行まで五……四……三……二……一……「世界は貴方の手の中にユー・ハブ・コントロール」』


「…………え? これもう繋がってるの?」


「おおっ、頭に直接フレイ殿の声が……耳からも聞こえるので若干混乱しそうですが」


「大丈夫みたいだから、さっさと話しなさぁい」


 フレイの声に、ロンとムーナがそんな反応を示す。目の前の兵士達もギョッとした視線をフレイに向けていたこともあり、ならばとフレイは一度大きく深呼吸をしてから話し始めた。


「えーっと、皆さん初めまして……いや、初めましてじゃない人もいるんだろうけど、そういうのは今は置いておくとして。アタシは勇者。四代目勇者のフレイ・ジュバンです」





「何だこれ? 勇者様の声!?」


「頭の中に直接声が響いてくるとか、気持ちわるっ!」


「お前等静かにしろよ! いや、うるさくても聞こえるっぽいけど……」





「アタシ達は今、魔族領域に来ています。そしてアタシのすぐ側には、普通に話のできる、人を襲ったりしない魔族がいます。それはきっと皆さんにとって……特に今まで魔族と直接戦ったことのある人にとっては、信じられないことだと思います。


 でも、本当です。これは勇者の名にかけて約束します」





「人を襲わない魔族? そんなのいるのか?」


「魔族領域って確か世界の三分の一くらいあるんだろ? なら残りを三分割した俺達の住んでる場所より広いんだから、そりゃ色んな奴がいるんじゃないか?」


「騙されるな! 善良な魔族などいるはずがない! こんな妄言を人の頭に強制的に流すなんて、今代勇者は人間の裏切り者だ!」





「では、何故今までそういう人を襲わない魔族がアタシ達に前に現れなかったのかと言えば、簡単です。魔族領域と人間の世界を隔てる巨大な森。そこをわざわざ抜けてくるのは、こっちの世界を攻めようとする魔族だけだったからです。だからアタシ達はずっと魔族と敵対してました。


 そりゃあそうよね。ジッと家に引き籠もっていて、時々やってくるのは強盗だけってなったら、誰だって『外からやってくるのは悪い奴ばっかりだ!』って思っちゃうもの。実際アタシも自分でここに来るまでそれに気づけませんでした」





「なるほど、言われてみればそうか。世界の三分の一を支配する大国、頭を落としてしまえば全ての生き残りが暴走して襲いかかってくると思ったからこそ魔王の封じ込めに賛成していたが……そういうことなら交渉の余地はあるのか?」


「この言葉だけでそう判断するのは早計かと。ですが一考の余地はあるかと思われます」


「うむ。今後の魔族領域での調査結果次第ではあるが、そちらの可能性も想定して準備をしておかねばな」





「ですが今、アタシ達は岐路に立たされています。かつて人の世界に攻め込んできた魔族がそうであったように、今魔族領域に攻め込んでいるのは魔族が絶対の悪、わかり合う余地の無い敵だと定めた人間の兵士だけなんです。


 もしこのまま彼らが無抵抗な魔族を殺害し続ければ、アタシ達にとっての魔族が魔族にとってのアタシ達になります。外からやってくるのは自分達を殺すだけの存在……そう思われてしまったら、アタシ達が魔族と手を取り合う未来はきっとずっと遠くなってしまう。


 アタシはそれが我慢できません。だって、それぞれの領域で平和に暮らしている人達同士は普通にわかり合える存在なのに、側までやってくるのは自分達を殺そうとする相手だけなんて、そんなの寂しすぎるじゃない! そんなのは嫌! そんな世界は嫌! そんなのはアタシの……勇者の目指す『平和な世界』じゃない!」





「何なんだこのガキは? 今代勇者は若い娘だって話だったが、こんな糞みたいな理想論で俺達に危ない橋を渡らせようってのか?」


「ははっ。若いウチはそういう理想に燃えるもんだけど、大人になりゃ現実の落としどころがわかってくるからなぁ。誰か勇者サマにそういうのを教える奴はいなかったのかよ?」


「……でも、そんな世界が実現したらいいなって思いません?」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。くだらないこと言ってる暇があるなら、もっとしっかり訓練に励め!


 次の魔導鎧の支給、お前も対象なんだろ? 死にたくなけりゃこんな与太話を真に受けないことだ。『仲良くしましょー!』ってすり寄ってくる奴の首をはねるなんざゴブリン狩りより楽だからな」





「アタシの言葉には、きっと色んな人が色んな思いを抱いていると思います。賛同してくれる人、馬鹿にする人、怒る人、失望する人。色んな人がいて色んな意見があって、それはいいと思います。


 でも今、この瞬間何も知らずに魔族を虐殺する行為だけは、何としても止めて欲しいんです。


 互いを知って、それでもわかり合えない相手とならば戦えばいいし、その時はアタシが誰よりも先頭で戦います。全ての魔族とわかり合えなんて言いません。人間同士だって戦争したりするんだから、戦わなきゃいけない魔族がいることもちゃんと理解してます。


 それでも、今だけ……せめて今だけは、どうか剣を引いてください。と言ってもきっと今現在戦っている人達には通じないと思うので……ちょっとズルい話をしようと思います」





「……空気変わった?」


「勇者様、何を言うつもりなんだ?」





「アタシの話を聞いたことで、色んな国の王様が魔族に対する方針を検討し始めたと思います。つまりこの段階で、全部の国が『魔族は殲滅せよ』だったのが変わったのだと思ってください。


 なのに、いいの? 王様とか皇帝陛下とかの判断を仰がずに現場で勝手に戦って、それで取り返しが付かないほど関係をこじらせちゃったら、アンタ達責任取れるの? せめて一回は集合地点に戻って上からの判断を仰ぐべきじゃない?


 ああ、聞いてなかったとか知らなかったとかは通らないわよ? だってこれ、世界中の全ての人に声が届いてるらしいから。


 いいのかなー? 高度な政治的判断が必要なこの場面で、現場の小隊長とかが独断で戦って大丈夫なのかなー? 軍人が独自の判断って、出世の道が立たれるどころか軍法会議にかけられたりするんじゃない?」





「た、隊長! 自分達はどうすれば……」


「……………………戻るぞ」


「いいんですか? あんな小娘の言葉に――」


「俺だって気に入らん。気に入らんが……陛下のご意向を確認する必要は確かにある……来年は孫が産まれるしな」


「それはおめでとうございます……減俸とか辛いですもんね」





「…………そして、それでも剣をひけない、本当に魔族が憎くて憎くて我慢できない人。そういう人がもし今も戦っているなら。


 ごめんなさい。アタシにはそんな貴方に、何と言っていいかわからないわ。勇者として旅をしている間に、魔物や魔族に大切な人を傷つけられた人は何人も見てきた。自分の力が及ばなくて死んでしまった人もいたし、その度に自分の無力さを噛みしめて、そうした魔族や魔物を強く恨んだりもした。


 でも、アタシ自身は大切な人を亡くしたことはないの。だから当事者の気持ちがどれほど強いかなんて、想像できるとすら言えない。きっとアタシなんかが想像する何倍も何十倍も、比較にならないくらい辛いんだろうから」





「そうだ! 魔物は、魔族は敵だ! 皆殺しにされて当然の邪悪な存在なんだ! 選ばれた存在として誰からも好かれ、愛され、守られて生きてきたお前なんかに俺の復讐を止める権利があるはずがない! だから――」





「だからお願いします。どうかアタシの頼みを聞いて下さい。憎しみを、これ以上広げないでください。


 理不尽で身勝手なお願いです。貴方の気持ちを踏みにじる酷いことなのかも知れません。


 でも、お願いします。どうか我慢してください。一〇年、一〇〇年先の人々に笑顔でいてもらうために、今を生きる貴方の思いを、どうか抑えて下さい。


 復讐の機会を奪ったアタシを恨んでください。そんなアタシに復讐しに来てください。アタシは逃げも隠れもせず、それを正面から受け止めます。それがアタシに……二〇歳にもならない小娘のアタシにできる、精一杯のことです。


 だからお願いします。どうか未来に希望を繋がせて下さい。それがアタシの、四代目勇者フレイ・ジュバンのたった一つの願いです」





「……………………っ」


「フレイ!?」


 聖剣から光が失われ、フレイの体がフラリとその場に倒れていく。それを支えようと慌ててムーナが駆け出そうとしたが、一歩踏み出したところでその足が止まる。


「……よく頑張ったな、フレイ」


 血の気の失せた真っ白な顔色ながらも、何処かやりきった感のある満足げな表情。意識を失い無言で倒れ伏すフレイの体を、ニックの大きな手が優しく抱き留めていた。

※はみ出しお父さん 聖剣スカイプ


何故聖剣がこう呼ばれるようになったかというと、実は初代勇者が最初の挨拶を途中キャンセルしたうえ、その後一度も聖剣の機能を使わなかった(初めて現れた魔王という圧倒的な個を前に絶望していた人類にとって勇者は正しく救世主であり、最初からずっと全人類の勇気と希望を一身に背負っていた)ため、戦いが終わった後に聖剣の事を聞かれた時に「なんだっけ? すかい……ぷ?」と適当に答えてしまったためである。

なので二代目以降のきちんと挨拶を聞いた勇者……当然フレイも(あれ、これスカイプじゃなくない?)と思いはしたが、二代目は偉大すぎる初代勇者が何らかの意図があってそう名付けたのだと判断し、三代目は前の二人がそう呼んでいたから、そして四代目のフレイは細かいことは気にしないということでスカイプと呼び続けている。


なお正鍵Sky Princessに出せる指示は別に世界に呼びかけること限定ではなく、国を丸ごと吹き飛ばせるYggdrasill Cannonや地脈の魔力を注入して地上の味方全てを強力な戦士に変えるBillion Legion Beastersなどの様々な機能があるのだが、初代勇者が呼びかけ機能のところまででチュートリアルをスキップ(『以後表示しない』設定込)してしまったためにその存在が知られることはない。

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― 新着の感想 ―
[一言] SkypeとLINEが繋がった…だと!?
[良い点] 初代のせいで兵器がメッセージアプリと化したのは良かったのか悪かったのか.....。
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