娘、魔族と語らう
「お、魔族の村はっけーん!」
「ほら、はしゃがないのフレイぃ」
「ハッハッハ、フレイ殿はいつも元気いっぱいですな」
比較的安全の確保された道を歩き抜け、遂に真なる魔族領域へと足を踏み入れたフレイ達勇者一行。途中で見つけた道なりに歩いた先に素朴な感じの村を見つけて声を上げるフレイに、呆れ顔のムーナと笑顔のロンが応える。
「……………………」
もっとも、そこにいるのはいつもの面々だけではない。途中で合流した侵攻軍の兵士達が、そんなフレイの姿に冷ややかな視線を送っている。
「それじゃ、アタシが先行して話しかけてみるから、みんな宜しくね」
「無駄だと思いますが……」
「だよなぁ、さっきだって……」
「あははー……あれはまあ、不幸な出会いだったってことで」
いっそ軽蔑すら籠もった視線を向けられて、しかしフレイはばつが悪そうに苦笑してみせる。そうして一人村まで走って行くと、そこにいた何かに明るい声で挨拶をした。
「こんにちはー! 今日はいい天気ですねぇ」
「んだなぁ。この分なら春も遠くなかんべや」
フレイの挨拶に答えたのは、何とものっぺりした顔つきの魔族。一見すると犀人族に似ているがその鼻先に角はなく、また通常は自分の父のように巨体である犀人族に比べ、目の前の魔族はフレイよりもやや小柄な体格をしている。
「……って、何だおめぇ? 何処のどいつだ?」
「これは失礼。アタシはフレイ。一応勇者をやってます」
「フレイどんか。オイは……へぁ、勇者!? ひ、ひぇぇぇぇ!」
フレイが勇者と名乗ったことで、謎の魔族がその場で頭を抱えて蹲る。その様子は明らかに戦う者のそれではなく、どう考えても人間の間で言われているような邪悪な存在には見えない。
「た、助け! 助けてくんろ! オイは何も悪い事はしてねーべや!」
「ああ、大丈夫だからそんなに怖がらないで! 戦うつもりで向かってくるならそりゃ相手になるけど、そうじゃないならとりあえずは何もしないから!」
「とりあえず!? とりあえずってことは、気が変わったらやっぱり殺されるべや!? お助け、お助けぇー!」
「まあ、うん。アンタ達のこと知らないから絶対とは言えないけど、まずは話しましょ? ね? 話せばお互いわかり合えるかも知れないじゃない?」
「…………本当に酷い事しねぇべや?」
「しないしない! ……多分」
「うぅ、今一つ信用しきれねぇべや……」
そっと地面から顔をあげつつ不審そうな目を向けてくる魔族に、フレイは口をへの字にして答える。
「それは仕方ないでしょ、こっちも魔族と話すの大変なんだから。さっき会った黒っぽいゴブリンとか、全然話通じなかったし」
「黒ゴブリン……ああ、あいつらか。ありゃあ話の通じる相手じゃねぇべや。その辺の野良ゴブリンの色違いみたいなもんだで」
「野良ゴブリン!? 何それ、ゴブリンに野良とかあるの?」
「そりゃああるべや。魔王軍に所属してるゴブリンはきっちり統制されてっからオイ達を襲ったりしねぇけんども、そうじゃねぇゴブリンは普通に襲ってくるし、作物とか荒らすでな。見つけたら棒でしばき倒さねばならねーのよ」
「へぇ、そうなんだ。初めて知った……」
気づけば普通に話してくれるようになった魔族の言葉に、フレイは驚きを露わにして答える。世界各地に生息している以外にも魔王軍の先兵として攻めてくることの多いゴブリンがまさか魔族も襲うなど、人間側で知っているものはほぼ皆無だろう。
「その様子じゃ、今度は話が通じるみたいねぇ」
「……………………」
「ひゃぁぁぁぁ!? また増えた!?」
と、そこでフレイを追って村の方へとやってきたムーナが声をかける。その背後ではロンの他に苦々しげな顔で魔族……というよりはフレイを睨んでいる兵士達の姿もあり、新たな人間の登場に魔族が再び悲鳴をあげて地面に蹲ってしまう。
「この人達はアタシの仲間だから、大丈夫よ。あの胸の所に無駄にでっかい脂肪の塊をぶら下げるのがムーナで、厳つい顔をしてるのがロンね。あと鎧を着てる人達は……」
「魔族に名乗る名など無い!」
「…………だ、そうよ。そう言えばアンタ、名前は?」
「お、オイか? オイはノーミン。カバール族のノーミン・カバールだでや」
「ノーミンさんね。さっきも言ったけど、アタシはフレイ。宜しくね」
「お、おぅ……」
笑顔で右手を差し出したフレイに、ノーミンは恐る恐る自分も手を出し短い指で握手を返す。その後はムーナとロンも握手をしたことで、ノーミンは一応の落ち着きを取り戻して近くの石の上に腰を下ろした。
「いやぁ、驚いたべや。人間なんて初めて見たけんど、その中でも一番おっとろしいと言われとった勇者が、まさかこげなお嬢さんとはなぁ」
「そう? まあそうか。アタシだって魔王が実は年下の女の子でした! とかだったらすっごい驚くだろうし」
「せばなぁ。で? 何でフレイどんはオイに話しかけてきたんだべや? こう言ったらなんだけんど、オイはこの村で畑を耕して生活しとるから、フレイどんが知りたいようなことはなーんも知らんで?」
「違う違う! アタシが知りたいのは魔王軍の秘密とかそういう物騒な話じゃなくて、ノーミンさんたち魔族の事よ。どんな物を食べてどんな仕事をして、どんな暮らしをしてるのか。何が好きで何が嫌いで、アタシ達人間のことをどう思ってるのかとか、そういうの」
「はーっ! まったく変わったことを聞きたがるんやねぇ、フレイどんは」
何気ない動作で自分の側に腰を下ろしたフレイに、ノーミンは呆れと感心の入り交じった声をあげる。そしてそんなノーミンの言葉に、フレイは少しだけ真剣な表情で答えた。
「うーん、そうかな? ほら、人間と魔族って戦争してるわけだけど……でもアタシ達、お互いのことをよく知らないじゃない? ノーミンさんだって、今日初めて人間を見たんでしょ?」
「せばなぁ。オイ達は戦い向きじゃないから、魔王軍に入ることもない。なんで人間には会う機会が無かったんだべや。こっちまでは人間も攻めてこなかったしなぁ」
「あはははは……」
暢気にそう言うノーミンに、まさか「今まさに攻めてきてます」とも言えず、フレイは乾いた笑いをこぼし……その表情がすぐに寂しげなものに変わる。
「アタシは勇者だから、今までずっと魔物や魔族と戦ってきたの。仲間を守る為に魔族領域から攻めてきた相手と戦って戦って……それこそ数え切れないほど、アタシは魔族を殺した」
フレイの手が、そっと腰に納められた聖剣の鞘に当てられる。その内側で眠る刀身には染みの一つもついてはいないが、それでも確実に何千、あるいは何万もの魔族と魔物の血を吸っている。
「でも、だからこそ思うの。敵だからと割り切って、諦めて、知らないままに戦い続けるのは駄目なんじゃないかって。
だって、敵をただの障害として排除したら……相手に何の興味も持たず、それこそ道に落ちている石をどかす程度の思いで互いの命を削り合って戦ったりしたら、そんなの何も残らないじゃない。
戦うなら、戦う理由が知りたい。憎むなら憎む理由が知りたい。ただ人間だから、魔族だからで戦うなんて、そんなの不毛すぎるでしょ」
「せばなぁ。確かにそりゃ不毛だべや……」
語るフレイの隣で、ノーミンがそっとそう呟く。そのつぶらな瞳に何を映しているのかは、フレイ達には知る由も無い。
「……そうだ。これ魔族の人に会ったら絶対聞きたいと思ってたことなんだけどいい?」
「ん? 何だや?」
「魔族って、何で人間と戦ってるの?」
「…………は?」
それはあまりにも意表を突いた問いだった。そして問われてしまうと、ノーミンには当たり前の常識でしか答えられない。
「なんでって……そりゃ、それこそ何千年も昔っから人と魔族は戦ってるべや?」
「それはわかるけど、だからそれが何でなのかなって。ずっと戦争が続いているにしても、何かそれを始めるきっかけはあったはずでしょ?
でも、それが人間の世界の何処を探してもわからないのよ。単に『突然邪悪な魔族が襲ってきた』って情報くらいでね。
それが本当かどうかはともかく、襲うなり襲われるなりするならその理由があるはずでしょ? だから魔族側には開戦の理由はどう伝わってるのかなって思って」
「それは…………」
魔族と人間が戦争をしていることは、朝になると空に太陽が昇ってくるのと同じ。だからこそそれに疑問など抱いたことはないし、何故それが常識なのかと問われれば日々畑を耕して暮らしているようなノーミンには答えようが無い。
「……すまねぇ。オイにもわかんねぇべや」
「そっか。つまり魔族側にしても、明確な理由があって戦ってるわけじゃないってことね。ちなみにだけど、魔族は人間を前にすると襲わずにはいられないみたいなことってないわよね?」
「ない……と思うけんども、その辺は種族によるんじゃねぇべや? 魔族言うてもものすんごい種類がいるべや」
「ふむ、魔族という総体でそういう衝動に冒されてるみたいなことはないってことか。それなら――」
「キャーッ!」
話し込むフレイの耳に、不意に村の中から悲鳴が聞こえる。勇者らしく即座に反応したフレイが顔をあげれば、いつの間にか近くに待機していた兵士達の姿がない。
「ムーナ! ロン!」
「ええ!」
「ハイ!」
「ごめん、ノーミンさん。また後でね!」
「あ、ああ? 何が……!?」
短く仲間と声を掛け合うと、呆気にとられているノーミンをそのままにフレイは村の中心へと走って行った。